葡萄畑が半分程売られた。更地にする為に根こそぎ倒されていく葡萄の木を眺めていて、使用人親子は呆然と立ち尽くしていた。私は自分と同じように育っていった木々が抜かれていくのが悲しくて泣いた。
 彼は私の手を、お父様のいないところで握りしめてくれた。
 その晩の事だ。父は私を呼び、一度も目を合わさずに、重々しい口調で告げた。

「ロレーヌ。お前の結婚が決まったよ」

 私が嫁がなければならない程、この一族は危ないのだろうか。
 婚礼は明後日なのだという。幾らなんでも急だ。あの女の所為だ。継母とも呼べない。浪費する為だけに嫁いできた金目当ての女の為に、私は愛する彼と愛しい家から離れなければならないのか。
 彼ら親子が住んでいる借家へ走り、彼に助けを求めた。

「一緒に逃げて。私達を知っている人がいない街まで行こう。フランスを出ても良いわ。そこで、二人で暮らすの。お願いよ」
「……この家は良いのかい」
「お爺様もお母様もいないこの家に、いる意味なんて無いわ。お父様だって別人のようだもの」

 縋って懇願すると、彼は目を閉じて逡巡して分かったと、ひとつ頷いた。薄手のローブと、僅かな金だけ持って夜中に家を出た。
 走って門を抜けて、ふと振り返り、生まれてからずっと暮らしてきた屋敷を仰ぎ見た。真夜中で静かなこともあり、なんだかとても寂れているように感じた。少しだけ心苦しさと淋しさを思いつつ、彼に手を引かれるまま森の中を突っ切っていく。

 暫く走り続けて、川辺までやってきた。小舟が一つ岸に繋がれていて、オールもある。彼がロープを解いて、これで移動しようと言って舟に乗る様促した。私は疲弊していた事もあり、少し休めると思ってほっとしていた。
 川に星や月が映っている。水の音も心地よくて、これが逃避行だということを忘れさせてくれたらいいのにと、彼に身を寄せた。
 彼はしっかりと肩を抱いてくれる。この寒さの中を小舟で過ごすには少し薄着過ぎた。火元も無かったが、あの家から逃げて彼と共にいれるのなら小さな代償だ。

 どれ程進んだのか、ここがどこなのか分からないが、不意に彼が何か異変に気付いた。水の流れの音が変わっていると。向こうからもう一隻舟が来ていると言った。暗闇に目を凝らすと、確かに数人の人を乗せているらしい舟の影が見えた。何の旅団なのかわからないが、こちらは見られると後ろめたいことをしている身だ、顔を隠すようにして、舟を端に寄せる。

 擦れ違う瞬間に、向こう側の舟の船頭らしき男がパチン、と指を一つ鳴らした。すると舟は進めるのを止め、こちらに他の男が乗り込んできた。彼が私を庇う様に立ち上がり、大声で何か叫んだ。

「帰りの船賃でしたらご心配なく。既に十分過ぎる程頂いておりますので、けれども彼は、此処でさようなら」

 私が瞠目している間に男は彼に何かしたらしい。彼は何も抵抗せずに担がれ、川へ投げ入れられた。
 彼の名前を叫び、川へ手を伸ばし落ちかけると船頭に扮していた男に抱きかかえられた。男は気味の悪い仮面を付けていた。

「――――残念だったねぇ……」

 仮面の男はその後も何か言っていたが、よく聞こえなかった。何が起こったのかもよく分からない。彼は、彼は、一体どうしたの。川へ、投げられて、その後は。私は、この男は、あの女、



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