エレフセウスがアメジストスを名乗り、各地の奴隷船や市場を襲撃しては、解放したり仲間に引き入れたりしていた頃の話である。
 ある地方の奴隷市場を襲撃した際、奴隷商人が小さな神殿へ逃げ込んだ。逃がすまいとして追いかけ、神殿の扉をこじ開けた。
 商人は中にいた神官に助けを乞うていた。小さな神殿だからか、神官は1人しかいないようだった。深緑のキトンに同じ色のマントを纏った中年の神官に、エレフは仄かに見覚えがあることを思い出した。

 幼い頃、双子の妹と離れ離れにされ、奴隷として風の都へ売られた時だ。都の城壁として石を延々運ばされていたが、突然腕を掴まれ人気のない場所へ連れてこらされて、執拗に痛められたことがあった。装飾の施されたキトンは一目で神官だと分かった。神官の趣向なのか鞭を手にしていて、エレフが嫌がるのを息を荒げて喜んだ。
 その神官が、目の前にいる男だ。多少皺が増え、くたびれているものの見かけは殆ど変わらない。

 いつか殺してやる、と呪う様に誓った男が目の前にいる。商人に縋られて、嘘くさい笑みを浮かべ「落ち着きなさい」と諭している。
 偉そうに。子供を虐めて楽しんでいたような変態が、神の啓示を受けているとでも。祈りをして神の加護が受けられるとでも。

「思っているのか? 変態神官……」

 命乞いをする奴隷商人を切り捨てて、目を丸くしてエレフを見遣る神官の顔に、エレフに気付いたような色は見えなかった。彼が興味を持つのは幼い子供のみで、成長したエレフに着目することも興味を抱く事もないのだろう。
 事切れた商人から離れて、神官は怪訝そうな顔でエレフを見た。何だこの男は、物騒な。とでも言いたげな顔で。

「私の事はお忘れですか。イーリオンでは随分可愛がって貰ったのですがね」
「……覚えが無いな」

 ふん、と鼻を鳴らして一歩後ずさる。危機感を覚え、逃げようとしているらしかった。警戒の中に戸惑いが混ざっている。どうやらエレフのことを思い出したらしかった。否、覚えが無いと誤魔化していたのかもしれない。
 もう会う事は無いだろうと思っていた人物が目の前で再びいなくなろうとしている。復讐するまたとない機会である。元々の目的は既に達成された。新しい目的の為に、エレフは早足で神官に近付き手首を掴んだ。

 瞠目して、動きの止まった神官の目には確かに怯えの色があった。
 数瞬の後に喚きながら暴れ出した神官に剣の切っ先を向けて大人しくさせ、神殿の外で待機しているであろう部下の名を呼ぶ。
 殺されると思っていたらしい神官は手首をエレフに掴まれたまま、固まっていた。

「今すぐお前を殺しても構わない。……が、神官様を殺してしまうなんて罰あたりだよなあ。でも、僕はお前を許さない」

 閣下! とエレフの無事を心配する様な声を上げて、金髪の部下が押し入ってきた。
 転がっている商人の腰元からロープを引っ手繰り、神官を拘束してから部下へ渡す。その場から動こうとしない神官の腰元を強く押して歩けと命令する。何かを悟ったように1つ溜息を零して、神官は重い足取りで歩き出した。


 神官はネストルと名乗った。エレフが訪ねても答えなかった為、シリウスの尋問で得た情報だ。他に得た事と言えば、イ―リオンでエレフに背中を刺され負傷をして、同時に悪行が上司に漏れ、療養との名目で地方へ飛ばされたのだと言うことぐらいだ。
 左遷された神殿に訪れる人は少なく、奴隷もネストルが好む様な年齢の者はいなかった。退屈で平凡な日々を、大人しく過ごしていたところに本日の出来事だった。

 正直なところ、ネストルを捕えたところでどうするつもりなのか、エレフは決めかねていた。
 捕虜として連れたところで、誰と交渉するつもりもない。完全に無計画だった。野宿をするから各自テントを張っている中、両の手首を麻の紐で繋がれた元神官は冥闇の迫る空を見上げていた。満天の星空を見て、何を思っているのかなんて、エレフには考えも付かないし、考えたくもなかった。

 ネストルの為に新たにテントを支給したくないと理由づけて、自分のテントにネストルを呼んだ。
 長い茶髪が首に纏わりついて邪魔なのか、繋がれた両手で首周りを触りながら彼は来た。エレフが覚えていた神官は性的興奮で満ち満ちていたから憔悴したようなネストルが別人のように思えた。









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