そっと優しく掬い上げて、触れる。
最奥に沈めた、擦り切れた感情。
時折思い出したように取り出しては、やがて持て余し、投げ打って再び深く沈める。
その繰り返し。
もう何度も、何度でも。

なんて、愚かな。・・・などと、誰に言われずとも、

「我の事じゃ・・・一番よく分かっておるわ・・・」





選んだ答えは、唯一つ。

『いつまでも、側にいる』

何があっても。
彼女が他の誰かを選んだと、・・・しても。







革張りのカウチに背を預け、ぼんやりとルーファスは天井を仰いだ。
柔らかな陽が降り注ぐテラス。はらり、と長い髪が革の上を滑って流れる。
そうやって思い出すのは、春のような彼女の笑顔ばかりで。
強引に奪ってしまえば良かったのだろうか、例えば結婚を告げられた、花弁の降る夜に?

答えのない問いは出口を見つけられずに、繰り返し、繰り返して、想いはいつも巡るだけ。
玩具であれば、捨てられる、のに。
こんな、古くて、既に壊れたもの。

なのに・・・どうしていつまでも捨てきれないのだろう、たかが、擦り切れた想い、ひとつを。



【揺らめく愛の残骸】-Side R-



その感傷にも似た感情に、
(いつまでも固執しているのは、我の方・・・か)





   ※   ※   ※





振り子のようにゆらゆら、ゆらゆら、揺れる。・・・揺れていた。そんな頃があった。
それも遠い昔の話。


時計の針は、止まった。
揺れ動く感情も、早まる鼓動も、一緒に止まった。





あれから幾つの時が流れたのかしら。
ティーカップを持ち上げ、紅茶をひとくち啜りながら、シェリルは考える。

変わらない彼を見ていると、ほんの数ヶ月前の事のように思えてくる、のに。
周囲を見渡せば、子供たちの声。確実に時間は流れている。
私を攫って、連れて逃げて欲しいと願うほどに強く、恋をしていた時があった。
・・・なんて、愚かな。なんて、誰かに言われなくても、

「若かったんだわ、私」


カップを両手で抱えて、溜息。
空気の読めない幼馴染みは、人の感情を切り捨てるのも得意で。心の動きなど、読みはしない。
道具のように人を扱える一面に、大切なのは情報と言い切る冷徹さに、その行動原理から生まれる振る舞いに苛立つ事の方が多い日常だけれども。

いつも側にあるはずの姿が見えない時、不意に思い出す。
揺れるのをやめた、感情を。
全てを日常に溶かして、溶かして、消してしまったはずなのに。


それはまるでティーカップの底で、溶けきらずに沈殿する砂糖のようで。

口に含むと、少しだけ、甘く、
(・・・甘過ぎて、却って苦いわね)



【揺らめく愛の残骸】-Side S-



振り切るようにシェリルはティーカップの中身を飲み干すと、空になったカップを置いて、席を立った。

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