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くらすめいと








「兵藤くん、明日体育祭の打ち上げあるんだけど、明日の夕方…
「あーオレいいや」
「あそう、残念」

携帯に目を落としたままそう言えばフラットにそれだけ言って去っていく男子生徒
しばらくしてそいつの元に何人かが寄って行ってなにやらナイショバナシをしはじめた
恐らく、幹事のやつらがあいつにオレの面倒を押し付けたんだろう

クク、オレも嫌われたもんだな!

そいつの名前はみょうじなまえ
なにやら女みたいな顔してるが、泣いたところも怒ったところも見たことない、
オレのちょっかいにもへこたれない大した奴だ
まあ、奴の父親が帝愛の傘下の銀行のお偉いさんだからな、刃向かわないのが利口だってことを奴も知ってるんだろう
そういうなり行きも気に入らなくて、オレは今日もちょっかい出しちゃうんだな
オレは自分の席で本を読んでるなまえに近づいた

「なあみょうじ」
「なに」
「そう警戒すんなよ、遊びの誘いなんだから!」
「誘い…?」

目だけでオレを見ていたなまえがようやく顔を上げて驚いたように聞き返す
クク…怪しいって思ってんの、丸わかり!

「そうさ、明日の夜だ」
「…」
「いいだろ、オレとお前の仲じゃん?」
「…明日は打ち上げに行く予定だから、他の日にしてくれない」
「ダメダメ!明日じゃないと…!
打ち上げなんか文化祭のあともやるだろ?」
「…」
「じゃ、明日の7時に駅前でな!クク」

思えば、我ながら幼稚なやり方だ
でもなまえにとりあえずちょっかい出すのが面白くて辞められないんだな、これが

ほら、なまえの周りに集まってきた、ゴミどもが
あいつら、オレがなまえにつっかかるようになった途端なまえに近づかなくなった奴らだ
火の粉が掛かるのがそんなに嫌かね!
そのくせ、こういう時だけ心配づらしてなまえに群れる
オレがいうのもなんだが、なまえが好きなのか、嫌いなのか、理解不能!意味不明!
あいつそこんとこわかってんのかな、相変わらず声のトーンは変わらない
けど、柔らかく笑ってる
うーん、いいね!
でもオレはもっと他に見たい顔があるから、
まだ笑ってもらわなくていいや





かくして、次の日の夕方、オレは足取りも軽く駅へ向かった
あいつはきっと来てる
なんだかんだ言っても…いや、あいつは逆に何も言わないが、
どっちにしろ、オレの命令に背くことはないだろう

オレが7時に駅前に着くと、なまえは既にいて、オレを待っていた
が、オレはなまえの方へは行かず、なまえが見える位置にある喫茶店に入った
もとより今日は本当にあいつと遊ぶつもりで来たわけじゃない
別にあいつとやれカラオケだ、やれ居酒屋だ、とか高校生らしいデートをしたところでなにも面白くない
あいつはいじめるに限るな

しばらくして、なまえが携帯を取り出した
時間をすぎてもなかなか現れないオレに電話をかけるのかとおもいきや、どうやらなまえに電話がかかって来たらしい
ちょっとうつむき気味だが笑ってるのがわかる
多分クラスのやつらからだろう
面白いことになってきた
これでなまえがオレを見限ってやつらのところへ行けばオレがすかさず駅前へ行ってあいつに非難の電話をかける
あいつは青くなってトンボ帰りだ
しかしなかなかやつは動かない
そして少し談笑し、ついに電話を切ってしまった
なんだよ、面白くない

もう長針が6を過ぎてだいぶたつ
多分一時間たっても動かないだろうあいつにオレは電話をかけてみることにした

『…はい』
「みょうじ?オレだよ、兵藤」
『兵藤…?』
「オレ今日ちょっといきなり用事できてさあ」
『…嘘だろ、それ』
「は…?」

一瞬、面喰らってなまえの方を見るが、普通に俯いてオレと電話している

『早く来いよ。』
「いや、だからあ…」
『…俺お前のこと待ってんだけど』
「だから悪いって!今度埋め合わせはするからさあ」
『…あそう』

何時もと変わらない声色でそう言った
電話を切ってからも観察を続けた
だってあいつ電話切ってもそこからなかなか動かなかったから





「よ、みょうじ」
「…はよ」
「土曜は悪かったな!どうしても席外せなくてさあー」
「ふーん」

やつはいつも通りフラット
いつもと違うのはやつの周りでうろうろしてるやつらだった
なにやら変な目配せをしたり、オレをこっそり睨んだりと大忙しだ
そのくせに、しっかりご機嫌取りだけは忘れない
仕事人だよな、つくづく!

「兵藤くん、打ち上げにこれなくて残念だったなー」
「ほんとほんと、兵藤くんがいないと締まらないよなあ!」
「なあみょうじ、今度の土曜埋め合わせるよ、どう?」
「どう、って…」

なまえはオレが周りのやつガン無視の上、想定外の誘いに戸惑っているようだった
まあ無理もないけど、こいつが困ってるのが面白くてつい笑いをこぼしてしまう
するとついに苛立ちを隠せなくなったのか、周りのやつらのうちの一人がなまえの腕を引いた
やめろよ、オレがいじめてるみたいじゃん!

「なまえ…」
「…」
「あ、またオレがドタキャンするかもって?ククク、心配?
じゃあ招待するよ、うちに…!」
「え…?」

これには周りの奴らもざわめく
泣く子も黙る兵藤家に招待してほしいんだろうな、しないけど。
奴らに面倒な事態に持ち込まれる前にオレはじゃあそういうことでよろしく、と言って早々に立ち去った
去り際のあいつの顔はとことん困り果て、珍しくなにがなんだかっつーアホ面だった
カカカ!なまえいじめ、やめらんねー!!







「お帰りなさいませ和也様」
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」

わらわらと頭を下げる執事やメイドを通り過ぎる

「お客様ですか?」
「あーうん、学校のね。適当になんか持ってきて」
「かしこまりました。
お客様、ごゆっくりどうぞ」
「はあ…」

なにやら変な動物を見るようにポカンと執事を見ているなまえ
それがまたオレの笑いを誘うわけだが、
まあ確かに冷静になれば、いい大人が高校生にペコペコしてりゃあそういう反応するわな

エントランスを過ぎ、階段を登って自分の部屋の隣…
まあここもオレの部屋だけど。
その辺へ鞄を放り、ソファにどさっとかけて奴にもソファを勧める

「ま、てきとーにくつろいでよ。あ、そこおいといて
さ、好きなだけ飲んで食ってくれ」
「ありがとう。それより、俺に何か用?」
「は?」
「だって、用があるからここに呼んだんだろ?」

オレは早速メイドが持ってきたワインをグラスに開けようとしてそのまま固まってしまった
今度はオレがポカンだ

「ククク、カカカ!そうだな、うん、そうだよな」
「なに、なに笑ってんの」
「いやいやいや!そうじゃないよ、
うーん、難しいな…!」

オレはニヤニヤする口元を手で隠しながら立ち上がって部屋を歩き回る
さすがに「いじめたかっただけって気づかなかった?」とはオレでも言えない!
だからふと特に意味もなく、オレは視界に入ったそれをみょうじの方へ放った

「?…なに、これ」
「驚くなよ…!それはオレが書いた本だ」
「え、お前が?」
「そう。嘘じゃないぜ、読んでみ」
「…」

我ながら、面白い暇つぶしを思いついたもんだ
これでこいつがオレにお世辞を言えばオレはもうこいつはいいや、ってなる
もし最低だ、とかなんとか、本音ぽいことを言えば、もっといじめてほしいってことだよね!
しばらくして、オレはなまえに声をかけた

「どうよ、面白いだろ?」
「…うん、面白い」
「へえ、ほんとに?」
「…ん、面白い」

なまえは本から目を離さず呟く
なに、適当?あれ、それとも熱中してんの?

「…みょうじ」
「…ん…」
「みょうじ、おーい」
「なんだよ、読めって言っただろ」
「え…なに、そんなに面白い…?」
「え?うん。俺は面白いと思うけど」
「本音は?」
「?本音なんだけど」
「…」
「なに、お前が書いたんじゃないの?」

ちょっと疑うような目でこっちを見てくるなまえ
あれ、疑うのはオレの予定だったんだが…

「う〜ん…わからん…お前ってオレのこと好きなの?嫌いなの?」
「は…?」

一瞬、口に出しておいて自分でもはあ?と思ってしまった
みょうじは一層怪訝な顔をする

「なんでそうなるの」
「まいいじゃん!で、どうなの?」

自分でも訳わかんないついでにノリで向かいのソファのなまえの隣にどさっと腰を下ろす
なまえの怪しむ眉間の皺はまだ消えないけどまあいい
なんかちょっとクラブの癖でソファの背に腕を回すとその腕をじろっと見る

「どうって…嫌いじゃないけど」
「え、なんで」
「なんでって…」
「なに…お前ドMなの?」
「はあ…?」

だってこいつ多分ほんとに嫌いなら嫌いって言うだろ
それなのにオレが嫌いじゃないってつまり

「ドMじゃん」
「だから、なんで」
「カカカ!だっていじめっ子が嫌いじゃないんだろ?いじめられっ子なのに」
「別にいじめられっ子とか…」

なまえは本の表紙に目を落とす
なんだ、知らなかった!ドMだったのか!
なんてご機嫌になってくるオレをよそになまえは目を落としたまま話す

「だって、お前が俺のこと嫌いでつっかかってくんのか、そうじゃないのかわかんないのに嫌えないだろ」
「…なにそれ」
「………」

本人もよくわからないと言いたげに一層眉間に皺を寄せて本をオレに押し付ける

「お前こそはっきりしろよ。小学生みたいなことしてないで」
「カカカッ!しかたなくね?オレお前をいじめたくてしょうがないんだもん」
「…じゃあお前こそドSなんじゃん」
「あは、そうかも」
「俺が嫌いならそれでいいから、変な嫌がらせはもうやめろよ」
「それは無理じゃね?」
「なんっ…」

なまえが驚いて目を見開く
あー、うん、その顔いいね!
前から思ってたけどやっぱオレドSだな
オレはソファになまえを押し倒してみた
まあ抵抗されたくなかったから手荒だったかもしれないけど

「だって、ドMが退屈しちゃうだろ」
「兵藤っ…」
「な、隠れドMくん」
「だからっ…俺は違うっ…」
「じゃオレがドSでもいいや、おとなしくいじめられてよ、ククク」
「ふざけんな…!」

オレの下でなまえが暴れるけどオレはその珍しく焦った顔を楽しむ余裕さえある
なるほど、ステキなドMと出会うと人はステキなドSになるわけね!
やみつきになりそうこれ!

「兵藤!」
「別にお前のこと嫌いじゃないよ、むしろ大好きだね!クククッ」
「…なあ、普通に話すだけじゃダメなの」
「なにそれ」
「ちょっかいだすんじゃなくて、普通に友達するんじゃ、ダメなの」

なまえは依然オレに組み敷かれたままで表情も声もいつものフラットなかんじに戻っていた
つまんないので、オレはなまえの胸ぐらを掴んで引っ張って、今度はオレが下になった

「っ!…いっ…兵藤っ!」
「ダメだね。お前はオレ専用のドM。それでいいじゃん」
「っ…い、意味がわからな…」

自分がこんなに近い距離でオレを組み敷く形が恥ずかしいのか、心なしか赤い顔で起き上がろうとするなまえの胸ぐらをまたガクッと引っ張る

「ククク、お前結構クラスの奴らにモテてるみたいだけどさあ、
お前もクラスの奴らのこと、そんなに好きじゃないんだろ?」
「っ!…別に、そんな…」
「だって先週、オレに断られてもやつらんとこ行かなかったじゃん」
「…やっぱり嘘だったんだ」
「あ。あ〜、まあね」

カカカ!と笑いでごまかすオレにいろいろと腹を立てたのか、なまえがぎろ、とオレを睨む
オレとしてはもうちょいいじめてやってもよかったけどオレが下の状態で乱闘になるのはマズイので解放してやる
あーあ、あんなめんどくさいことしないで最初からこうしてりゃ良かった!
ふん、とそっぽを向いて身だしなみを整えるなまえに寝転んだまま再び聞く

「なあみょうじ、オレ嫌い?」

なまえはまたフラットな表情のまま、だから、と振り返る

「好きだよ」

ドMじゃん!



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