初めまして王子様




霧野先輩は可愛いと言われ、持て囃されるのを嫌う。元々女の子のように整った端正な顔立ちと、女子の如くに綺麗にのばされた桃色の髪が相まって、女子どころか男子までもが霧野先輩にただならぬ感情を抱いていた。一部だけど。

「霧野先輩は、髪染めてるんですか?」

二人きりの部室。鍵当番の霧野先輩と部活日誌の当番の私は、必然的に部活後に二人で残る事になる。霧野先輩は私の斜め前の席で、幾つか鍵を束ねてる輪に指を入れ、退屈そうにクルクルと鍵束を振り回していた。時々、椅子のズレる音もする。それはきっと、霧野先輩が貧乏揺すりをしているからだろう。

「なんだよいきなり」

「いや、今ふと気になったので」

「あー……、染めてないよ。」

「あれ、そうなんですか」

「ああ」

会話終了。チーン。また部室に気まずい空気が流れる。霧野先輩は気にしてないっぽいけど、私はそうもいかない。こういう雰囲気は苦手なのだ。

どうにかして会話を作ろうとして、私は失敗してしまった。あれ程水鳥先輩から忠告されていたのに、私は一体何を聞いてたんだと呆れてしまう。そう、言ってしまったのだ。私は、霧野先輩に。タブー、を。

「霧野先輩、女の子みたいに綺麗ですから、羨ましいです」

数秒前の自分を殴りたい。切実に。

「……は?」

「いや、だから……、あ…」

「……今、なんて言った?」

「いやこれは、あのですね、」

「な ん て 言 っ た ?」

「……女の子みたいに、綺麗だなー…なんて」

「………ふーん」

やばいやばいやばいやばいやばい!冷や汗が止まらない。怖くて顔は上げられないし、何より霧野先輩からの視線がチクチク刺さる。かなり不機嫌だ。私のせいだけど。

「空野、顔上げろ」

「え」

「早く」

「でも、」

「いいから」

渋々といったように、私は恐る恐る顔を上げる。次の瞬間、目の前がピンクに染まった。は、え?

「……俺が女だったら、」

ゆっくりと離れていくピンクを名残惜しそうに眺めて、私は呆然と霧野先輩の端正な顔を見つめた。何が起こったかさっぱりわからない。

「同じ女にこんな事しない……ましてや、好きでもない奴に、キスなんかしない」

顔中が熱くなるのがわかった。熱が集中して、上手く言葉を発せられない。したり顔で私を見つめる霧野先輩に、何とも言えないむず痒い感情が込み上げた。

「わかった?」

私は霧野先輩の問い掛けに、狂ったようにして首を縦に振る事しか出来なかった。勿論、顔は赤いままで。



―――
2012****.
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