ぱりらぱら




今日は朝から雨のせいか、空気も大分湿っていてジワジワした嫌な雰囲気を醸し出していた。それに女子は目くじらを立て、執拗に鏡やら櫛やらを取り出して髪をセットし直したり、休み時間の度にトイレに立て篭もって鏡の独占を始めたり。雨の日はみんな殺気立っている……というのは言い過ぎかも知れないが、まあ、とにかく穏やかではない。思い通りに髪が纏まらなければ目を吊り上げて鏡を睨むし、酷ければ癇癪を起こす者もいた。そんな女子にも負けず劣らず、今目の前でシャーペンの芯を出したり入れたりを繰り返している神童は、鬱陶しそうに髪を耳に掛けた。

「大丈夫か?」
「え、何がだ」
「髪。随分気にしてるから」
「ああ……」

思わず声を掛けると神童は苦笑を漏らし、「雨の湿気で髪が広がってしまうんだ。」と困ったように目尻を下げた。神童の髪はふわふわしていて、触り心地も大分いい。小さい頃はよく神童の髪を弄っていたものだ。「それに元からくせっ毛なせいで、必要以上にごわごわなるし」普段より大分柔らかくなり広がった髪を抑え、神童は続けた。俺はそれに「ふうん」と気の抜けた返事をし、神童の髪を凝視する。神童は気にしたそぶりはなく、何事も無かったかのようにまた机に広げてあった問題集に手を付け始めた。俺もそれに倣い、自分の問題集に目を向ける。げ、俺の嫌いな証明じゃん。ため息を一つついて、次のページに手を掛けた。

カリカリと字を書く音が二人きりの部屋に響く。しばらく口を閉ざしていたが、俺はすっかり問題集に飽きてしまい自分の髪を弄り始めた。女々しいとは自分でも思うがしょうがない。何しろ、顔を少し下に下げただけで、自分の薄いピンクの髪が目の端にちらつくのだから。気にするなと言うのが無理な話だ。毛先を弄りながら、少しごわついた髪を見つめる。あ、枝毛発見。確か枝毛って、裂くと益々酷くなるんだっけ?わかんね。左右に別れたそれを見て、頭を捻らせる。母さんが風呂上がりに髪を乾かさず寝ようとした俺に、「髪が傷むでしょう!?ちゃんと乾かしなさい!」と言っていたのをふと思い出した。俺はほんの少し気になって、未だ集中力を切らさず問題集と睨めっこをしている神童に声を掛ける。

「あのさ神童」
「なんだ」
「神童ってさ、風呂出た後に髪乾かすか?」
「髪?」
「ああ」
「一応な。シーツが濡れてしまうし、寝る時に気持ち悪いから」
「へー、偉いな」
「霧野は違うのか?」

不思議そうに尋ねる神童に苦笑を返し、「いっつもめんどくさくて自然乾燥。だから髪が傷むんだな」と答えた。未だ右手に摘まれていた髪を降る。すると神童は羨ましそうに目を細め、「その割には、随分と纏まってるじゃないか」と笑った。

「そうか?」
「ああ。何もしてなくてそれだろ?羨ましいよ」
「あー…俺髪の量少ないから、その分湿気で広がる量も少ないんだろうな」
「なんだそれ」

神童が可笑しそうに笑みを零す。何にツボったのか、腹を抱えて目に涙を溜めて声高らかに笑い出した。ちょ、大丈夫か。

「霧野は面白いな」

ただ単に神童の笑いのツボがおかしいだけだと思うのは俺だけなのだろうか。



20120323.title 逆睫

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