10..Thought 「そういえば名前教えてなかったよね?僕は聖久遠。まぁ聖とか久遠とか適当に呼んでよ」 状況が収束してから30分くらい経って、唐突に聖ー"元"特兵の少年が自己紹介を始める。 胡座をかいていた姿勢を崩し、ゆったりと座りながら、ただニッコリと3人見て笑う。その笑顔の裏、彼は特段何も考えていないように見えた。 そんな久遠を見て口を開いたのは黎だった。これには浩太も新も驚いたように顔を見合わせる。 「俺は椎葉黎、こっちの金髪が新瑪浩太、白髪なのが神崎新」 「よろしくな!」 「改めて、よろしくね」 「よろしく〜〜〜〜ねぇ、あんた今椎葉って言った?」 挨拶を交わした後、怪訝な顔で黎をみる久遠。その表情を見て、黎は察さざるをえない。 きっと香椎のことだろう、と。 「ああ、椎葉家の一人だ。お前が言いたいのはわかってるよ、香椎のことだろ?」 「やっぱり知ってるのか。そりゃ当然だよねぇ、だってあんた達澁谷集落であの二人とやりあったんでしょ?」 「あーーーー本部の方でも話題になってんのかあれ…………」 まぁそうだよねー、という感じで頭をかく浩太。新もこれからどうしようか考えているようで、ひっきりなしに頭をひねっている。 黎はそんなことを聞いてきた久遠の真意を汲み取れずにいた。 やり合ったことは事実で、それは特兵も本部も知っている事だった。そんな周知の事実をわざわざ聞くということは、「椎葉家のなにか」に何かがあったからだとしか想像がつかない。しかも椎葉家の中で生き残っているのは二人だけなのだから。 「なんでわざわざそんなこと聞いたんだ?…香椎に、なんかあったのか」 「なんかあったっていうか、最近妙に機嫌がいいんだよねあの人。怖いくらい」 「………なんかあったな」 思い出して肌をこわばらせる久遠と、察する黎。 彼女の機嫌がいい時は、自分に対して何かしらの利益があった時のみだということを、黎は嫌という程知っていた。 嫌な予感を振り払うように首を振り、3人を見る。 「とりあえず、ここでゆっくりしてる時間はない。少し休んだら礫山超えて、神奈川に乗り込むぞ」 黎たちが関所に攻撃を仕掛ける10時間ほど前、孤児院で匿われていた照莉兄弟はいつ研究所に攻撃を仕掛けるかを話し合っていた。 咲那に匿ってもらっている以上、彼女の迷惑になるようなことはしたくない、というのは二人共通の認識だった。しかしそうなってしまうと中々強襲するタイミングも掴めない。 しかも常に特兵が街中を巡回しており、研究所を強襲することになれば、ほぼ確実に騒動になってしまうことは明確だった。 「もうさ、咲那さんに直談判しに行こうよ。それで許可とったらいいんじゃない?」 「馬鹿言え、そんなことしたら彼女の居場所がなくなるだろう…もっとこう、穏便に事を進めたいんだ」 「無理だと思うけどなぁ」 頭をひねって案を練る一弥と、考えることは得意ではないのか、暇だなーと一言呟いて部屋を出る三継。 部屋を出た彼は、窓辺で佇む一人の女性を見つける。 「あれ、咲那さん?」 「三継くん……一弥さんは?一緒じゃないの?」 「やーー……兄さん、ちょっと考え事してるんだよね」 バツの悪そうな表情ではぐらかしたが、彼女は深くは追求せずに、窓の外を見やった。 優しく外で遊ぶ子供たちを見つめる目はいつもの優しい彼女のものだ。しかし、三継は咲那がどこか遠くを見つめていることに気がついていた。 ぼーっと、ただ一点を見つめる彼女。気が気でなくなった少年は、自分が出しゃばっていることを承知で話題を切り出す。 「咲那さん、なんかあった?」 「…なんでそう思う?」 目の焦点を三継に戻した彼女は困った顔をしながら僅かに笑う。それはまるで、バレちゃったかとでも言わんばかりの表情で。そしてその表情は、何かに縋ろうとするものに見えた。 そして彼女は、意を決して彼に頼み込む。 「無理を承知でお願いします。お二人で、殊音ちゃんを…助けていただけませんか」 「殊音ちゃんは、所謂難民色害です。親を殺されて、どこにも行く場所がない子でした」 場所は変わって、三人がいるのは咲那の個室。 三継は兄に、彼女が自分たちに頼み事をしたいと伝えていた。そして運良く行けば、これが色研の研究所を襲撃する手立てになるはずだと。 一弥も同じことを考えていたのだろう、弟の提案を快諾し、現在に至っている。 3人はひとつのテーブルを挟んで、向かい合わせにして座っている。上にはティーポットとカップが人数分置いてあり、こぼれない程度にお茶が注がれている。 「彼女は両親を特兵に殺されてから、自分の能力を当てもなく使って、この近所に行き倒れていたんです。私はあなた達を匿った時と同じように、自分が色害だということを明かして彼女を助けました。ですが…」 「……捕まったのか、特兵に」 問いかける青年の静かな言葉に、静かに頷く彼女。 膝の上に置かれた両手に力が篭ったのを兄弟は見逃さなかった。自分がどれだけ無力だったかを思い出しているのだろう。 少しの間しか関わりがないとはいえ、彼女の性格はふたりとも大方わかっている。優しい性格だからこそ、人を傷つけられない、良くも悪くも人間らしい性格だと。 「……彼女はお尋ね者でした。人を殺したから、なんてそんな大層な理由でもなくて………有名になりたかったわけじゃないのに、有名になってしまった」 「有名な色害って言ったら限られる、しかも名前を聞く限りじゃ女性だろう?」 「えーっと、その、ことねちゃん?の特徴は?」 「………七寺殊音、この名前で分かるかと」 「七寺、って……え、まって転移事件の当事者……!?」 「………へぇ………」 感傷に浸る咲那に、単刀直入に聞いていく一弥。その言葉尻を柔らかくしたのは三継だった。そして彼女は思いもしない、二人ですら知っている名字を口にする。 驚きで表情が変えられない三継と、予期しないタイミングでいいことを聞いたと、そんな表情の一弥。 思考は、交錯する。 [しおり/戻る] |