9..Odium どよめく兵士達。それも当然の反応だった。 なぜなら自分が一番非力だと3人に信じ込ませなければ死んでしまうのだから。 自分が生き残るために思考を巡らせる特兵達だが、残念なことにその努力は新が放った言葉で無に帰した。 「とりあえず、さっき言葉を発したやつは殺そう。人間そう簡単に思考を変えることなんてできないのに、あんなに早く手のひら返すような人間は信用ならないから」 「わかった」 「ちょっ……………!?」 言うが早いか、能力の展開が早いか。 色害に取り入ろうとしたのかそれとも本心だったのかそれすらも分からないまま、兵士のうち先ほど言葉を発した3人が凍りついた。 黎の足から漂う冷気は的確に兵士の元にたどり着き、足から全身をつたっていく。確実に息の根を止めるために空気は遮断され、苦しむ顔が氷に映し出される。 思ってもいなかった新の発言と、それを待っていたかのように表情には出ないにしろ、一瞬で能力を発現した黎に何も言えないまま、浩太はただ、目の前で人が死ぬという事実を眺め見ることしか出来なかった。 座らせている特兵からは嘆き悲しむ慟哭の声と、太刀打ちできないことを知っているからこその嘆きと、殺してやる、と言った憎しみの声。特に一番最後に関しては、突然同胞が死んだのだから当たり前の反応だった。 そしてその憎しみの声は3人にしっかり届いていた。黎は下から睨みあげる特兵の側に歩み寄り、さも可笑しそうに笑う。 「憎いよな、俺らが。同胞が目の前でなす術もなく殺されてさ、憎くないわけがないよな」 周囲が音を立てながら凍っていく。 氷は地を這って無限に広がっていく。 それは黎自身の憎しみを広げていくかのようで、止まらない。止まる気配を見せない。 「同じ気持ちなんだよこっちは。仲間を殺されたんだ、仲間を殺したお前らが憎い。憎くて憎くて殺したくてたまらない、今もだ」 「はい、ストップ」 「…………っっ!!??」 我を忘れかけた彼を止めたのは新だった。フードを思いっきり引っ張る。 思いがけない喉への衝撃に嗚咽を漏らしてその場に蹲る黎を心配する素振りすら見せず、今度は彼が特兵たちの元へ歩み寄る。 「あんまり刺激しないでくれないかな、みんな殺すことになっちゃうからさ」 「しっ、………おま、ぉぇっ」 緊迫した空気が張り詰める中でも普段のペースを乱さない新と、苛立ちと憎しみを加速させる黎を見て心底ヒヤヒヤしている浩太。 先ほど黎が行った行為は、黎の気持ちを考えれば仕方が無い、などと自分に言い聞かせながら辺りを見回す。 争いが終わった関所は不気味な程にしん、としており、今自分たちがいる場所以外からは全く音が聞こえない。月明かりがほのかに窓から差し、眠るには絶好の環境だった。 そう、眠るには絶好の環境だったのである。 ガタン、と無音だった部屋に響き渡る一層大きい音。 部屋にいる全員が音の発生箇所を見つめる。それは特兵がまとめて座らされている場所の、一番後ろだった。 脊髄反射か、飛び跳ねる少年。口からは若干の涎を垂らし、とろんとした目であたりを見回している。 寝ぼけ眼をこすり視界を鮮明にした彼は、視線がすべて自分に向いている理由がわからないようだった。 指先まで隠れそうな長い袖に、首元までしめた軍服。そして異色だったのは、真っ白な髪にサファイアのような真っ青な目。 止まらないあくびを何回も繰り返しながら、彼は口を開いた。 「誰が死ぬか決まったの?」 「聖!お前…………!!!」 「あはは、やだなぁどうせ戦ってりゃ死ぬんだから」 特兵の中では不謹慎な話題のはずだが、それを軽々と口走る彼。近くの特兵にたしなめられるがお構い無しだ。 周囲が切羽詰まった表情で「死にたくない」という空気を醸し出している一方、聖と呼ばれた白髪の少年はそれを嘲笑うかのように鼻で笑った。 「はっ、いい大人がいつまで生に執着してんの?軍人なんて死ぬのが早いか遅いか、それだけでしょ?」 「聖!!!!」 「あの人たちが早死させてくれるって言ってんだからとっとと死んじまえって」 「…………!!!!」 悪態をついていた彼を、我慢の限界だとでも言うように周りの特兵が取り囲む。そこから聞こえてきたのは、言葉にするのも嫌になるほどの罵詈雑言だった。しかし当の本人はそれすらも軽く流し、なおも挑発を続けていく。 突然の特兵による仲間割れに呆然とする3人。しばらく黙っていたが、その静寂を破ったのは黎だった。 「あいつ、面白いじゃん」 「奇遇、同じこと思ってた」 「なんだ二人とも?俺も面白そうだなって思った」 「弱いか強いかわかんねーけど、いい?」 「………いいんじゃない?ついてこれなかったら置いていくだけでしょ」 「ひっど………」 一瞬で部屋の内部が凍りつく。少年に集中していた意識はその一瞬で3人に向いた。白い息を吐きながら、じわりじわりと特兵の足を絡めとり凍りつかせていく。 足から伝わる冷気に身体を震わせながら、数人の特兵が「なぜ」と呟く。寒さからか口を閉じることはできず、歯がガチガチと当たる音が耳障りなほど響いた。 そしてその音が全て無くなる頃には、眠くなってしまったのか今まで以上にあくびを繰り返す白髪の少年以外の人間は、物言わぬただの肉塊に成り果てていた。 「あ、終わった?やっぱり色害って強いねー」 思い切り身体を伸ばしながら、聖と呼ばれていた彼は徐に周辺に転がる死体に手を伸ばす。そう、先程まで仲間だった人間の死体に向けて。 腕を一振りし、袖の中からメスを取り出すと彼は躊躇なくその場で死体の解剖を始めたのだ。 流れる血が自身の軍服を汚していくが、本人は気にもとめない様子でそのまま続けていく。 目の前で行われる人体解剖に思わず目を逸らした3人。内蔵や血管が引きずり出される音が無音の関所に響く。 浩太が「俺もう無理………」と呟き青ざめた頃、特兵の少年は口を開いた。 「ふぅん、色害って言っても能力で使われる物質は自然現象のものと同じなんだー」 それなら僕でも治せるなー、と一言呟いてから彼は3人を見た。黎、浩太、新を順番に見ながら怪訝な表情をする。 そして鼻で笑いながらこう口にした。 「たった3人で人間に楯突こうっての?普通に考えて無謀すぎるでしょ」 「殺されてえのかクソガキ……………」 「僕は別に好きで特兵やってる訳じゃないから恨むよ?それに」 黎に割り込まれながらも自分のスタンスを崩さない聖。一つ言葉を区切って新に目配せをする。新は新で、彼が何を言いたいのか分かったようだった。 「特兵の内通者…………僕達は特兵の外面しか知らないから、彼を仲間にすることで組織の内情を知れる」 「そーゆーこと。ちなみにそれだけじゃないよ」 袖をまくって軍服のボタンを外していく。その体型にそぐわぬ大きい軍服の下からでてきたのは、これまた体型にそぐわぬほど大きいショルダーバッグだった。その中に入っていたのは手術に使用するであろうオペ用具の他に、その他多くの医療関係の消費物。包帯、消毒液、薬、テーピングやサポーターが無造作にしまわれている。 「これって………」 「僕は特兵の医療従事者軍のひとりで、ここに招集されただけなんだよね。別に戦いが好きなわけでもないし」 「お前、さっき好きで特兵にいるわけじゃないって言ってたよな。どういう意味だ?」 聖が黎に向き直る。さっきまで人を捌いていたメスを指で器用に回して遊びながら。 特兵になるのに好きも嫌いもないだろう、と言葉を付け足す。 実際、特兵は志願者が多い。 家族を殺されたもの、恋人を殺されたもの、色害に対して憎しみしかないもの。そういった人間がこぞって特兵を志願するためだった。 だからこそ、彼のように色害を目の前にしても無関心でいられる特兵は珍しい存在だった。 特兵内に、「色害を嫌いじゃない人間がいること」自体驚きの原因であるのに、好きで特兵になったわけじゃないと抜かす聖に黎が詰め寄る。一歩踏み出した瞬間、彼はメスで遊んでいた手を止めた。 「だって僕、身近に色害がいたから」 当然のように、殺されちゃったけどねーと付け足す少年。 彼が言うには、血縁に色害がいたという。血縁と言っても、本人に血が流れているわけではなく、彼の叔父にあたる血縁が色害と結婚したという話だった。 彼の叔父が結婚した時、既に聖は通っていた学校に徴兵命令が降り、彼は嫌々学校の命令で特兵となっていた。 そして、定期的に行われる特兵の身辺捜査で、彼の叔父が色害と結婚したことが暴かれ、生まれたばかりだった彼の従兄弟ごとその一家が殺されている、という話だった。 「誰が色害を嫌いとか、そんなの他人には関係ないのにそれをまるまる押し付けられた、ってわけ」 ヘラヘラと笑っているが、開かれた彼の瞳は笑ってはいない。蒼い瞳が冷たく肉塊と成り果てた特兵を捉える。こいつらは死んでよかった、とでもいうような、鋭く冷たい視線だった。 新は色害には具現しないその宝石のように美しい瞳に、一瞬悪寒を覚え身震いする。 「別に色害に誰かを殺されたわけでもないしさ。逆に従兄弟殺されてんの、こっちは」 「え、それってつまり、結局のところ人間の味方にはつきたくない…ってこと?」 「そゆこと!」 途中で会話に入ってきた浩太に向けて笑顔を見せる聖。 それでも怪訝な顔をする黎に向け、彼を仲間にすることは利点しかない、と軽い説得をしたのは新だった。 なにか不振な点があれば、すぐに殺せるから、と。 [しおり/戻る] |