8..Cruelty 「おかしいな。なんでお前ら、重力のスフィア持ってんだ」 色害の能力は遺伝で引き継がれる。そのため、この重力のスフィアの中の目が黎の血縁者、つまり死んだはずの黎の関係者であることは明白だった。 そう、1人を除いて。 胸倉を掴まれて持ち上げられた特兵は苦しそうに顔を歪ませる。そして、苦悶の表情のまま口角を上げ、こう口にした。 「お前は、知らないだろう、我々には、協力者が、いるのだから」 「檸、いや香椎だろ。知ってるよ」 吐き捨てるように、香椎の名前を口にする黎。それは、金輪際関わりたくない妹の名前。 その名前が出てくることを予測していなかったのか、困惑する兵士。その胸倉からそっと手を離した少年は、その体が地面に落ちる前に、そのまま解放された男性の首に手をかける。 男の喉仏に勢いよく当たる黎の手。解放されると油断していたその男は、急所への攻撃を予測することも、当然防ぐこともできず、そのまま唾を吐き嗚咽する。そして自分の首を掴んでいる手から伝わる温度がどんどん下がっていることに気がつけば、顔は引き攣る以外の動作を許さない。 黎の指から伝達される熱は下がり続け、それに比例して兵士の抵抗も大きくなる。周りの兵士が武器を構え、銃器の引き金に指をかけて黎を威圧する。その瞬間だった。 「ギャアアアアッ!!」 首を絞められながら体を持ち上げられていた兵士が、絶叫にも近い叫び声をあげた。抵抗していた四肢は力なく垂れ下がり、もう力が入ることはない。 武器を構えていた他の兵士は突然の仲間の断末魔に驚いたのか、早々に後ろへと退避する。しかし退避したとしてもその距離は数メートル。黎の能力展開の範囲内だった。 少年は忌々しく舌打ちをして、その兵士の首から手を離す。重力には逆らえないまま、その身体は鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。見れば、その兵士の首元には掴まれた形に氷が生成され、そしてその氷で首、そして顎裏を抉られている。流れ続けるべきであろうその血液は、生成されたその氷の温度で流れることを許されず、地面に垂れ落ちる前に凍る。 「お前ら、それで距離を取ったつもりか?笑わせんな」 先ほどより距離を取った兵士数人を見て嘲笑う。そして一歩、その場から踏み出した瞬間、地面が凍る。その冷気は地表を覆い、その場に立っている兵士の足を捕らえた。 黎が戦っている間、新は自分に向かってくる兵士の相手をせざるをえなかった。 意図せず分断された二人。しかしそれは、相反する二人の属性からすれば、戦いやすくなったようなものだった。実際はそんなに左右はされないが、新の炎が強ければ強いほど黎の氷生成に使う体力も精神も比例して多くなってしまう。それは黎の身体にデメリットが出てくるのが、意図せずとも早くなってしまうことを示していた。 (まぁ、氷と炎だし…それはしょうがないんだけどさ) 切り掛かってくる兵士を真正面からストレートで殴り返す。後ろから襲いかかってこようとする特兵にはみぞおちに軽くエルボーを入れて、蹲りそうな男性の腰に回し蹴りを叩き込む。 止血をしていない少年の拳からはポタポタと血が流れ落ちていいはずだが、その血液はすべて炎に吸い込まれており、新の周囲には人間の血しか飛び散っていなかった。 当初からかなり勢いを増した新の両手から立ち上る炎。しかし少年の表情は好ましくない。血が垂れないとはいえ、血液を消耗しているのは確か。少年は自分の身体に起こっている違和感を自覚せざるを得なくなっていく。 激しく痛み始めた頭、酸欠で荒くなる息。新の能力のデメリットである、貧血症状の一つだった。頭痛のせいか、新の表情が苛立っているようなものに変わる。普段温厚な彼からは想像もつかない表情。今この場に黎がいなくて良かったと、彼は心の底から思った。 「もーいい加減、邪魔だよ」 一際大きく炎を大きくし、敵を一掃しようと姿勢を低くしたところで、電気を落としたはずの照明に明かりが灯る。そしてそのタイミングは、黎が今ままさに足を取って動けなくした特兵の心臓に氷片を刺して殺そうとしていたところだった。 なんで、と言いたげな色害の二人と、増援だ!と喜ぶ兵士。しかしそれは、すぐに表情とともに逆転することになる。 特兵がこぞって耳に当てているイヤーカフに意識を向けているのが、二人にもわかった。無線の受信機なのだろうか。 戦意喪失とは言わずとも、こちらを気にしていないことを確認した黎は、新の元への合流する。 二人とも臨戦態勢は崩さないまま、一旦能力の展開を解除する。黎は腕をさすり、新は小声で痛いなぁ、と呟きながら切り傷まみれになった自分の指を見る。 「なんだ、これ」 「さぁ………何かあったんだろうね」 突然の戦闘中断に驚きを隠せない少年たち。少しの時間が経過する。そして二人が目にしたのは膝から崩れ落ちる特兵と、関所の中から出てきた浩太だった。首には何本かのロープを垂らして、拘束準備もバッチリ、といいだけだ。 浩太の腕は能力の使いすぎで紫色に変色し、動かすのがやっとといったところか。それでも彼は笑顔を作り、ぐ、と親指を立てて驚いた様子の少年二人に見せる。 「ごめんごめん、お待たせ」 「遅いぞ。通信系統は?」 「一部を除いて閉鎖済み!」 「…まって、一部って?」 「うん。一応本部から検索かけられてもいいように問題なしって出るように表示してあるし、前もって用意しておいた返信プログラムも組み込んである」 「おま、プロかよ」 「すごいな……」 「もっと褒めてくれたっていいんだよ」 自慢げに話す浩太に、ただただ感心するしかできない二人。そして、三人は戦意を喪失した特兵に向き直る。人数にして十人くらいだろうか。 武器を持つ気力すら出せないのか、ただ呆然と座る特兵たちに、三人が近付いていく。 「悪いね、逃げられて通報されると面倒になるから」 「ごめんねーきつく縛るよ」 「……………」 浩太と新が手際よく兵士の手首を後ろ手に縛っていく。殺されると思っていたのだろう、男たちはどこかホッとしたような表情に見えた。しかしそれは、黎の表情を見るまでの短い時間だった。 一言一言声を掛けていく二人を理解できず、少年は縛られた兵士を平然と見下して睨みつける。その眼光には憎しみしかあらず、特兵たちをまた震え上がらせるには十分すぎる怖さだった。 「なんでわざわざ生かしておくわけ」 「腐っても兵士なんだし、いろいろ聞けるかもしんないじゃん?」 「…調べればいいだろそんなもん」 「まぁまぁ……」 一通りの兵士を縛り終えた二人に不満を漏らす黎。明らかに不機嫌になった彼を新が宥める。 ふと、浩太が端末を取り出して時間を確認する。呼び出されたホログラムのモニターは、日付を超えて0時をまわったところだと示していた。 新が兵士を立たせ、黎が関所の扉を能力で固める。3人の中で1番内部構造を知っているだろう浩太が先導して、人影はすべて建物内に吸い込まれていった。 特兵集団を先導する浩太が真っ先に向かったのは、彼が能力を使って大多数の特兵を葬った広場だった。関所内は浩太が殺した兵士の死体で溢れており、生きている彼らを萎縮させるには充分だった。 黎は不満を特兵にぶつけるように、死んだ彼らを容赦無く蹴って歩く。彼の通った道は、死体が綺麗に左右に避けられ、さながら縁石のある道路のようになっていた。縁石代わりは屍という、普通ではありえない外観ではあるが。 部屋に着いた彼らは、何者かに突き飛ばされるように部屋の中へ転がされる。1番後ろにいる兵士の背中を忌々しいとでも言わんばかりに思いっきり蹴飛ばした黎は、吐き捨てるように驚いた顔をした二人に言う。 「で?こいつらこのままどうする気だよ。まさか生かしておくわけ?」 触りたくもないとでも言うように、兵士を蹴り飛ばした足を地面に擦り付ける。心底嫌だと表情に出ている黎に、浩太は若干下に出て言う。しかしそれは、黎の感情を逆撫でするには充分すぎるものだった。 「もう、戦闘しようって思考じゃないみたいだし…殺す必要はないと思うんだけど」 「それは俺たちがここを占拠したからだろ。今までこいつらが俺たちにどんな仕打ちをしてきた?それを考えれば殺すのが妥当だろうが………なんでお前はそんなに人間を庇えるんだよ!!!」 「黎の話は過去のものだろ!?そんなに過去にすがりついてちゃ何も変わんない…!この人たちを殺すってことは、人間が俺らにしてたようなことを俺たちもするってことなんだよ!?」 「じゃあなんでお前は俺についてきた!!!!」 「………っ…!!」 白熱する言い合い。そして浩太は、黎の質問に口を噤んだ。二人ともお互いに対する怒りで周りが見えていないのか、新のことはすっかり放置だ。 新も新でしょうがないな、と首を振り、止める素振りなく兵士たちの方へと向かっていく。怯えていた彼らを宥めるように、ゆったりと笑いかければ、しゃがんで特兵と目を合わせた。 「あの言い争い、よかったら聞いててよ。僕たち色害がどんな風に思っているのかを、さ」 「………」 落ち着きを取り戻した特兵たちは、縛られたままじっと二人を見つめる。武器はすでに三人によって取り上げられており、彼らに戦を仕掛ける術はない。 自分たちが殺されるか否かの言い争いだが、兵士たちの意識はそれよりも、さっき新の言った何気ない一言により、色害の人間に対する思考ー黎と浩太の人間に対する思考に向いていた。 「なんでお前は俺についてきたんだよ。色害である俺らが差別されないようにするためじゃねえのかよ」 「俺は………人間と色害が…共存できればいいなって…思って」 「……デキた脳みそだな、お前……ああ、お前の親の片方が人間だっけか、だから共存できると思ってんの?バカみてぇな理想だな」 黎が鼻で笑い、言い終えた直後だった。鈍い音とともに、彼の体が蹌踉めく。一歩踏み出した浩太が、感情のあまり黎を殴ったせいだった。 繰り出されたストレートは的確に黎の頬を捉え、狙った場所に寸分たがわずヒットする。 殴り終わってなお、握り締めた手を開くことのできない浩太。怒りのせいで今にも泣き出しそうな顔をしながら、大声で叫んだ。 「俺の両親のこと馬鹿にすんな!!!!それに俺の持ってる理想は馬鹿みたいな理想じゃない、きっと、手を取って、共存できるはずなんだ……!!」 「………っ………それは……お前が恵まれてるから言える言葉だ!!!!」 殴られた頬を押さえながら黎は浩太を見て叫ぶ。その表情は浩太とは違い、憎悪に染まっていた。怒り狂いながら浩太に近寄った彼は、そのまま両手で浩太の胸ぐらを掴んで迫る。 流石にやばいと思ったのか、新はちら、と兵士たちを見る。逃げ出そうという気はないのを確認してから、2人に近づいていく。 「お前は家族に恵まれた!!!!人間とのハーフのくせに、家族全員で東京に越してきたんだからな!!!!」 「っの……!!!またそうやって、」 「だけどな、俺らは違うんだ!!!お前みたいに恵まれて育ってきたわけじゃねぇんだよ!!!」 「ちょっと2人とも、そろそろやめなって」 黎はそのまま浩太を突き飛ばした。ふら、と蹌踉めいた彼は、一歩後ろに出した足で倒れないように体を支える。新が間に割って入ったことで、今にも衝突しそうな雰囲気は多少なりとも緩和されたが、それでもギスギスした空気に変わりはなかった。 頬を殴られたことで口内を切ったのだろうか。黎が口から血を吐く。端についてしまった血をグローブの甲の方で拭えば、吐き捨てるように言った。 「色害なんて、あいつらが勝手につけた名前だ、結局蔑称なんだよ。俺はこの蔑称を俺たちに言ってくるような人間なんかと共存するなんて真っ平ごめんだね。俺たちだって人間だ」 「…………それは………」 「…だから特兵は殺す、こいつらの意識は金輪際変わらないだろうからな」 「待って待って…2人の言い分はわかった、だったら半分殺して半分生かそうよ」 二人の仲を取り持とうとする新が容赦なく案を提出する。その言葉を聞いた特兵たちは、冗談じゃないと言いたげに、焦燥の表情で口を開いた。 「お2人の言いたいことは理解しました。私たちはずっと、色害……いえ、あなた達のように二色以上の髪色を持った人間のことを、災害の当事者としてきました」 「ですがそれは間違いであると、今の言葉を聞いて思ったんです」 「どうか…どうか、私たちにチャンスをくださいませんか」 は?と言いたげな黎と、少し嬉しそうな顔をする浩太。しかし一番怪訝な顔をしたのは新だった。改心するのが早すぎると、そう思ったからだった。言葉だけ、上辺だけなら誰でも繕える。新はそのことを、嫌というほど知っていた。 「武装解除もしたし、もう解放してもいいんじゃない?」 「さっきまで俺たちを殺す気だったくせにか?馬鹿馬鹿しい。殺す方が手っ取り早いだろ」 「ごめん浩太。正直、今ので君たち…特兵たちへの信用度は最低に下がった。だから、」 言って、新は左手を握り締めた。そして、先ほど特兵に話しかけた時のように、笑顔でこう言い放った。 「この中で1番非力な人だけ生かして、その人以外は殺すことにしようと思う」 [しおり/戻る] |