セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




7..Stranger


23時。日付が変わる1時間前に、3人は世田ヶ谷集落、今は礫山と呼ばれている場所につながる澁谷の関所近くにいた。実際関所からはまだ離れてはいるが、煌々と明るく照らされる辺り一帯を見て、黎は警戒を解けずにいた。肩掛け鞄から小さめの双眼鏡を取り出して、辺りを見回す。
関所の部分にはフェンスが立ち、検問もしっかりとしている。見張りが一定周期で交代しているのが見て取れた。検問所にいる特兵はもれなく武装しており、色害が出て行こうものなら容赦なく殺すといった雰囲気だ。

「なんか、思った以上に緊張感あるな」
「っていうか、警戒がどぎついね」
「……別のところで何かあったのかな」

双眼鏡を回して3人で見る。持ってきた携帯食料を齧りながら、すぐに双眼鏡を新に渡した浩太のほうを見る。興味がないわけではないようだが、特兵の様子を見る以上にすることがあるようだった。
黎が寝て力を温存している間、持っている端末の一つを改造、実名検索で検索システムに引っかからないようにしていたようで、その端末を用いて今いる礫山の関所へハッキングを試みていた。浩太の鞄からはいろいろな機材が露出しており、色とりどりなコードが数本その端末に繋がっている。端末からは絶え間なくポップアップが表示され、パーセンテージのメーターが伸びていた。

「おっま……いつの間に…?」
「え、ここについてからすぐだけど」

話しながらも端末からは目を、キーボードからは手を離さない浩太。尋常じゃないスピードでキーを叩いていけば、ホログラム設定の画面には到底理解しえない単語が羅列されていく。そしてキーを叩き終えた彼は、2人を見てから検問の方、高所にあるライトを見て呟く。

「……あれさえ消えれば、俺らの勝ちだ」

そしてホログラムで表示されていた数多くの画面が一つに集約されたとき、その画面に残ったのは【ok】のボタンだった。
関所の電気系統や情報系統の掌握権を浩太が奪ったことを裏付けるかのように、特兵がざわつき始めるのを新は聞き逃さなかった。そして2人は目に前でハッカーとして活躍した彼を見て、目を見開くことしかできない。

「すっげー…俺お前のこと初めて尊敬した…」
「うん…僕も……」
「2人って割と容赦なく酷いことさらーっと言うよね?」

そんなとこも嫌いじゃないし知ってるけど!と文末を締めながら、携帯端末の方を見やる。青く点滅するランプを確認した彼は、自分の端末に全電子系統の掌握権が移ったことを認識すれば、繋がっていたコードを引っこ抜き、手早くまとめ始める。
携帯端末の方に権利が移ったことで、遠隔でコントロール出来るようになったのだろう。全てのコードを鞄の中にしまい込んでいく。

「普通はやらないんだけどねーやる相手がいないし。まぁでも、今回はやるべきかなって思って」

してやったりと言いたげな顔で2人を見る浩太。つられて黎も新も笑えば、そのままハイタッチを交わす。そしてこれから突入する関所の様子を伺った。
俄然先ほどよりも騒がしくなる特兵。検問にいる特兵が数人で話しているのが見てとれた。出入りが元々ないはずの検問付近では兵士が数多く出入りしており、混乱しているようだ。
自分の手腕で特兵が混乱しているのが若手小さくガッツポーズをした浩太は、端末を手にしながら【ok】の画面を2人に見せ、そのまま小声で告げる。

「このボタンを押したら、数秒後にあそこの電気系統、ネット環境が全部切断される。時間はもって30分くらい…」
「その間に関所を壊滅させるわけだ」
「うん。俺は本部の方に感づかれないようにネット、情報の方を弄るから、兵の方は二人に任せていいかな」
「任せて、僕と黎なら楽勝でしょ」
「おう」
「それじゃあ、行こう」

3人はいつでも能力を展開できるように準備をする。黎は慣らすように指をパキパキと鳴らし、浩太は軽いジャンプを数回繰り返す。新はと言えば、手を何回も落ち着かない様子で握ったり開いたりしていた。これから始まる反逆に多少の心配があるのだろう。
端末を持った少年が画面のボタンを押したと同時に、一斉に関所へ向かって駆け出していく。 異変に気が付いた特兵が関所へ連絡する寸でのところで、黎の展開した氷片が喉へ深く突き刺さった。刺さった部分から徐々に凍傷が広がっていき、兵士が悲鳴を上げる前に喉笛が凍り付く。
そのまま絶命し倒れ込む特兵。ドサ、という音に反応した兵士が何事かと集まってくる場所は、新の展開した炎によって一網打尽にされた。スフィアの発動【リリース】によって炎から逃れた特兵はそのまま新目掛けて剣を振りかざすが、それは氷の少年による回し蹴りで吹き飛ばされる。そして関所内の特兵が異常に気が付き、騒ぎが大きくなってきたところで、バツン、と大きな音を立てて外を照らしていた電気が落ちた。

「雑魚掃除かぁ、めんどくせーけどやるしかねーんだよなあ」
「まあまあ、すぐ終わるよ」

わらわらと入り口から出てくる特兵の数にうんざりしながら、黎が不機嫌そうに呟く。それを宥めた新は手を握り締めて、拳に炎を纏いはじめた。鬼火のように暗闇の中、突然現れた「それ」に一瞬気を取られ足を止めた特兵は、突如として降ってきた雷の標的となっていく。

「じゃ、ここはよろしく!」

走りながら両手で器用に指を鳴らしていく。浩太の髪が断続的に光ったと思えば、彼の周辺にいる兵士がどんどん崩れ落ちていく。身体に細く電気を纏いながら、進行の邪魔になる特兵を容赦なく行動不能にしていく彼は、昨日まで考えていたであろう「争わずに生きる方法」というものを、全く考えていないような顔をしていた。
自分目掛けて振り下ろされる剣の切っ先をあえて避けずにそのまま突っ込んでいく。彼が纏う電流はそのまま金属を通って、剣の持ち主へと一瞬で到達した。呻き声をあげてへたり込む特兵のことを蹴り飛ばして進み、銃を撃ってくる兵士には容赦なく雷を降らせる。

「……チッ」

思った以上に人数がいたのか、中々機材の部屋にたどり着けない浩太。迫りくる特兵を殺しても殺しても目的の場所に行けない彼の顔がどんどん険しくなっていく。しかしその理由は焦っているからではなく、ただただ自分の思い描いているように物事が進まないが故の苛立ちだった。





関所に入って10分くらいが経過しただろうか。広い部屋に出た雷の少年は我慢の限界を迎えていた。
歩けど歩けど特兵としか出会えず、かつ機材の部屋は行方知れず。フラストレーションが溜まった彼はひときわ明るく髪の毛を発光させる。そして両指を鳴らして、溜まったイラつきを爆発させることになる。
変色し始めた両腕を気にすることもせず、指を鳴らしてからそのまま拳を握り締める。指先から迸る電流をそのまま身体中に纏っていく。それは先ほどまでの細い電流とは比べ物にならないくらいの熱量で、その電流の副産物か、髪の毛が立っていく。
兵士は電流のせいで肌がひきつる感覚を覚えていた。人間の目でも認識できるほどの光が
浩太を包んでいる、そんな異様な光景。動かない彼にとどめを刺すまいと、一斉に特兵が動き始めたその瞬間、浩太が握っていた手を開いた。

「地面にへばりついてろ!!」

感情のまま、開かれた浩太の手からほとばしる多量の電流。急に開いた手のひらから行き場を探すようにバチバチと光っては、導体を目指すかのように一直線に特兵の身体へ向かっていった。それこそ脇目も振らずに。
叫び声をあげながら次々と感電していく特兵。断末魔なのかただの叫びかはわからないが、浩太のいる部屋に集まっていた兵士たちは、その身体に流れ込んでくる電流に耐えきれなくなったのか、雪崩れるようにその場へと崩れ落ちていく。
能力解放のデメリットで壊死し、痛み始める腕に力を込める金髪の少年。ここでやられちゃいけないと、手をぐっと握った。騒がしい声が外に集中したのを確認する。

「…二人が引きつけてる間に、ちゃっちゃと片付けよう」

それが俺の仕事だ、と一つ呟いて、ショルダーバッグを担ぎ直す。浩太は通信機器のある部屋の捜索に戻って行った。
扉を一つ一つ開けながら少年がたどり着いたのは、今までの扉とは違う風貌の扉だった。扉に耳を当て中の様子を確認するが、中に人はいないようだった。扉を開けようと取っ手に手をかけてみれば、押しても引いても開かない。首を傾げた彼が見つけたのは、ちょうど視線の先に取り付けられたカードリーダーだった。カードリーダーだけは浩太がハッキングした電気系統とは別物のようで、未だに機能しているのだろうか。ランプは赤く灯っていて、まだ電気系統が生きており、かつそれが扉をロックしているのは見るからにわかる事実だった。

「あーなるほど、そういうタイプ?でもねー電気って時点で俺の得意分野なんだよね」

少量の電気をまとった手のひらをカードリーダーに押し当てる。そのまま目を閉じて集中し、機械の中に電気を通していく。必要以上の電流を流されたリーダーは処理能力の限界を迎え、その全ての機能をオフにせざるを得なくなった。ランプが消え、カチリ、と解錠されたことを知らせる音があちこちで響いたのは、この部屋以外にも幾つかカードリーダーで施錠されていた部屋があったのだろう。
音が聞こえないとはいえ警戒を怠る理由にはならない。様子を伺うように扉を半分だけ開けて中の様子を見る。人の声どころか気配すらしないのを確認し終えれば、緊張の糸が切れたように一つ、ため息をついた。そして鞄の中からハッキング用の機材を出して、目の前で沈黙している機械に接続していく。そして全てつつがなく繋ぎ終えた浩太は関所のネットワークへと本格的に侵入を始め、的確なタイピングで自身にしか理解しえない文字列を形成していった。





外では黎と新が共闘を続けていた。
二人とも自分たちの能力と格闘技を使いながら、周囲に群がってくる特兵を掃除していく。黎は的確に人間の急所を狙って氷片を作り出せば、格闘でよろけた兵士の急所部分に深々と慈悲無く突き刺していく。新はと言えば拳に炎を纏い続けながら、兵士の顔面を殴り飛ばしていた。拳にできた切り傷から滴る血液が彼の能力を底増しし、殴られた特兵の顔は焼け爛れて皮が剥がれるという有様だった。

「はぁ…っ……結構人数多いな…冷えてきた」
「大丈夫?能力の使い過ぎじゃない?」
「……かもな。でもあいつが戻ってくるまで耐えるしかねえだろ」

それもそうだね、と相槌を打つ少年。気合を入れなおしたことを示すかのように、拳部分の炎が勢いよく燃え盛る。能力の使い過ぎで肌の感覚が鈍っている黎にも、暖かさが分かるレベルの燃え盛り方で、その炎は暗闇にすっぽり包まれた外を明るく照らした。数メートル先は目視も危うかったその視線の先は、少年が発動した炎で活動するには余裕の明るさだ。
我らの勝ちだと言いたげな、残った特兵。持っていた剣や銃やナイフに、各々が持っている丸い球体を嵌め込む動作が見て取れた。様々な色をしたそれに、黎は見覚えがあった。片手で握れる大きさの、炎の光に照らされて少しだけきらきら光るそれは。

「おいおい、スフィアじゃねえかあれ」
「スフィア?何それ?」
「俺ら色害の目を抉り取って人間が作ったシロモノだよ……あれ、俺らと同じように異能力使ってくるから気を付けろ」
「抉っ…!?……えげつない事するなあ人間も……」

聞きなれない単語を聞いた新。聞き返せば黎からされる説明。そのものの事実を知って、当の本人は表情を曇らせることしかできない。黎は最近あった廃墟での出来事がいまだに忘れられないのだろうか、それともスフィアに利用された同じ色害を思ってのことか。誰でもわかるほど、憎悪を顔に滲ませた。
スフィアを起動させて迫ってくる特兵。能力は目視できるだけで数種類あるようだった。そしてその中には、重力の能力だろうか。淡く灰色に光る銃が黎の視界に入る。そして次の瞬間、少年はその銃を持った人間に向かって反射的に駆け出していた。新は突然の彼の行動を予測できず、そして当然のように静止することもできず、向かってくる特兵に対し舌打ちをしながら迎撃することを余儀なくされた。

「ちょ…っ、黎!?」

かけられる言葉に反応もせず、黎は能力を展開し拳を硬化させる。そしてそのまま目標の兵士に殴り掛かった。兵士も何もせず死ぬわけにはいかないと、スフィアの力で重力を纏った銃器で応戦するが、発射された銃弾は常時展開している冷気によって少年に着弾する前に凍り、そのまま乾いた音を立てて地面に落ちた。絶望した表情と怯えた声が黎の視覚聴覚に届くがそんなものはどうでもいいと言うように、大きく振り被ってそのまま殴りつける。
地面に打ち付けられる特兵。呻き声をあげて痛みに苦悶する兵士の胸倉を黎は掴んで持ち上げる。下から睨め上げる彼の表情に怯える兵士と、今が好機と二人の周りを取り囲む兵士たち。しかし迫ってくる特兵たちを止めるのには、今の表情、そして黎の一言。この二つで充分だった。

「近づくな。お前らも無残な姿で殺されたいか」


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