セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




6..Ranger


3人より先に、神奈川へ向かう2人の男性の姿があった。東京と神奈川をつなぐ橋を、金髪の髪をなびかせて歩く青年と少年は、黎たちと同じ赤紫色の眼を持っていた。背の高い青年は、切れ長の目で足元で絶命している特兵を睨み付ける。彼の前を歩く年端も行かない少年は無邪気に特兵の死体を蹴っ飛ばしながら歩く。楽しそうに前を歩く少年に青年は声を飛ばした。

「三継、あんまり前に行くんじゃない。他に特兵がいるかもしれないだろ?」
「いたとしても俺と一弥兄ちゃんがいれば瞬殺だもんー!」

お互いのことを一弥、三継と呼び合う2人。二人の髪がなびけば、下の方の髪色が見てとれた。
一弥と呼ばれた高身長の青年は片目が隠れるほどの長い前髪と、跳ねた後ろ髪が特徴的だった。長い襟足は金髪ではなく、薄い紫色に染まっている。
一方三継と呼ばれた少年は切りそろえられた前髪と後ろ髪が特徴的だ。一弥とは年が程よく離れていると一目でわかるくらいには顔立ちがはっきりしていると言える。そして彼の髪の毛もまた、内側に黄緑のカラーが入っていた。
話ながら橋を渡る2人には、彼らが殺した特兵が絶命の寸前に呼んだ増援によって、対岸側から銃が突き付けられていた。それにいち早く気が付いたのは先頭を歩いていた三継だった。

「人間も懲りないよねー一体何人犠牲にしたら学ぶんだろう?」
「懲りないさ。だから死ぬんだ」

特兵が一斉に打ち出した弾丸は三継に着弾する前に、彼が生み出した風によって勢いを殺される。唯の鉛玉と化した銃弾は重力に逆らえず、そのまま下へと鈍い音を立てて落下した。動揺しない特兵に舌打ちをし、三継は両腕を前に出した。

「…切り刻まれて死んじゃえよ、クソ人間」

誰にも聞こえないようにそう呟いて、彼は思いっきり両手の中指をでこぴんの要領で弾いた。
巻き起こる竜巻、舞い上がる特兵の身体。巻き上げられ竜巻の中でもみくちゃにされる彼らは、隊服もろとも切り刻まれていく。そこに追い打ちをかけたのは一弥だった。ふ、と軽く息を竜巻に向かって吐く。息に乗せられた毒は今なお勢いを衰えさせない竜巻に吸い込まれて、暴風だったものを忽ち毒の竜巻へと変貌させていく。
暴風が止んだ時、そこに立って入られたのは金髪の男性2人だけだった。特兵が集まっていた場所には屍が散乱し、変な方向に曲がってしまった関節や変色した皮膚、遺体の口から噴き出ている泡がこの場でなにがあったのかを物語っていた。
兄は持っていたペットボトルの水を補給する。弟は右手をぷらぷらさせて血を巡らせていく。一弥が一口分、そのまま水を飲み込めば忌々しそうにその死体を睨みつけた。

「ったく、なんでこうなるってわかってて向かってくるんだ」
「さぁ?勝てると思ってるんじゃない?」

ケラケラと笑いながら容赦なく死体を踏んで歩く三継。それとは対照的に死体を避けるようにして歩く一弥。性格の差なのだろうか、歩き方の差は歴然だった。
そして三継の鼻を激臭が襲った。ツンとする毒の匂い。人やの能力の効果が切れたのだろうか、露骨に顔を顰めて見せた。それに気がついたのか空気中に漂う毒を懸念したのか、紫の青年は自分の唇を噛む。つ、と垂れる血液をそっと指で拭えば、先行する腹違いの弟を自分の元へと呼びつける。兄に呼ばれただけで嬉々として近寄る三継に口を開けろ、と言えば、開いた口に自分の血がついた指を入れた。状況を理解した彼は、そのまま彼の血液を舐める。

「もー、兄ちゃん主語がないよ」
「お前は理解能力が高いから言わなくてもわかるだろ?」
「まぁそうだけどさぁ」

少年の鼻から激臭による痛みが引いていく。相変わらず兄ちゃんの能力はすげーな、と思いながら、三継は変わらず兄を守るように先行していく。
橋を渡り終え、真っ先に目に付いたのは普通の営みをする人間の姿だった。一色の髪の毛が珍しいのか、三継は辺りを見回した。それに引き換え一弥はあまり目立ちたくないのか、先行する弟の手を引いて人目につかない方へ行こうとする。

「三継、ちょっとこっち」
「えっなんで」
「人間しかいないのに俺たちが行ったら通報されるだろ?俺たちは賞金首だ、狙われてるの忘れんな」
「あっ……そうだね、忘れてた……」
「…あの、」

突然2人にかけられた声。あまりにも突然のことで、2人は臨戦態勢をとる。いつでも能力を発動できるように。
2人に声をかけたのは長めの茶髪を左耳の後ろでお団子にしてまとめた女性だった。上の方で丁寧に編み込まれていて、手の器用さがうかがえる。黄色の目で2人をじっと見る女性は2人に警戒を解くように言う。何をするでもない意思を表明し、それを確認した2人は臨戦態勢を解いた。

「怪しい者じゃないんですけど、あの……お二人共、色害ですよね…?」
「まぁ、そうなるな」
「やっぱバレちゃうかぁ…」
「ここは人間が多い区画ですし、見つかったら即通報されますから…私についてきてもらえませんか…?」
「人間が色害を匿ったら即死刑じゃないの?」

三継がちょっとまって、と言いたげに質問をする。思い出されるのは東京府でもニュースになった北の集落での死刑場転移事件。あれは人間が色害と結婚し、尚且つそれを黙っていたということが特兵に暴露たせいでの死刑。そしてそれを間近で見ていた処刑された2人の娘が能力を暴走させ、死刑場ごと転移させてしまったという事件のことだった。
家族が殺される前の事件だったため、一弥も三継もその事件は鮮明に覚えていた。空間転移、それも場所ごと移動させるような色害がいるんだ、と2人して驚いていたからだった。
人間の中でも色害と有効的に接しようと歩み寄ってくる人はいる。だがそうして歩み寄ってきた人間の大半は他大多数の人間から「離反者」として忌み嫌われ、そして処刑されていく。
申し訳ないよね、と言いたげに一弥を見る三継。しかし女性から返ってきた言葉はそんな心配など無用なものだった。安心してくださいとでも言うように控えめに笑う。

「そこは心配しないでください。私も色害ですから」





兄弟が招かれたのは鷹津区の中でも比較的人間の少ない区画だった。子供が多数外で幸せそうに遊んでいる姿を見て、一弥は懐かしそうに目を細めた。三継は逆に思い出したくない思い出があるのか、顔を背ける。
彼女に連れられて到着したのは、大きな屋敷だった。外観は和風で旅館のような趣もある、一般に金持ちが住んでそうという感想を抱きそうな、大きなお屋敷。しかし2人はそんなイメージは抱かなかった。いや抱けなかったといった方がいいのだろうか。その屋敷の庭には、小さい少年少女が沢山いたからだ。庭自体にも小さいながらに数個の遊具が設置されていて、それはさながら、幼稚園と何ら変わらなかった。

「ここは…」
「個人経営の孤児院です。私は友人のツテで、ここのお手伝いをさせていただいているんです」
「家でっか…照莉の家と張るんじゃない?」
「…かもな」

女性の姿を見た子供たちが一斉に足元へと駆け寄ってくる。おかえりー!おかえり!と笑顔で走ってくる子供たち一人一人に、ただいま、と笑顔で答える女性は、子供が好きなんだろうと一目でわかるほど柔らかな笑顔をしていた。
そして二人を孤児院の通用口へ通すと、女性は空き部屋へ案内する。

「ちょっとだけ待っててくださいね」

そして女性は奥へと消えていく。一弥と三継は空き部屋の窓から外で遊ぶ孤児たちを見てはため息をついた。特に三継は表情に顕著に出ていて、一弥を心配させた。
俯く三継。握られた拳に力が入っていくのを兄は見逃さなかった。自分たちから平穏を奪った人間が許せないのだろう。孤児であったとしても窓から見えるのは人間の子供。照莉家が壊滅した人間と直接の関わりがなくても憎いのは当然だった。

「俺も、あんな風に同年代の子たちと遊びたかった」
「三継……」
「なんで人間はあんな風に遊べるのに、俺たちは遊べないの?俺たちが、一体何をしたっていうんだよ」
「…だから俺たちは特兵を殺してる。今はそれで我慢しよう」

語気が強くなる弟を宥めようと、優しく声をかける一弥。そこへ、扉をノックする音が部屋に響いた。どうぞ、と声をかける兄。その声を聞いてドアを開けたのは先ほどの女性と派手な赤色の髪をした、まだ若そうな女性だった。そして自分たちをここまで案内してくれた女性の眼は、黄色ではなく自分たちと同じ赤紫色になっていた。

「ようこそ、白樫孤児院へ。院長の伏倉鼎と申します。こちらはお手伝いの金城咲那さん」
「自己紹介してませんでしたよね、金城です。自由に呼んでください」
「…照莉一弥です。こっちは弟の三継」
「三継です、よろしくね咲那さん、鼎院長!」
「ここにいる人々は色害の皆さんには寛容です。ここには色研の施設があり、そちらの方へ行けば行くほど色害に過敏になっていますから、それだけは忘れないようにしてくださいね」
「あ、ありがとうございます…」

紹介された女性―咲那はにっこりと二人に微笑む。院長である鼎は色害である二人を目の前にして、特に敵対心も出さずにほんわかとしている。三継は咲那を見て、咲那さんかー!と嬉しそうだ。
簡単な自己紹介を終えたものの、それでも自分たちに優しくしてくれる鼎に多少の動揺を隠せない一弥。その様子を見た咲那がクスリと笑う。そして二人に近づいて、こっそりと耳打ちをした。ここで自分が働けているのも鼎さんのおかげだということ、ここの区画に住む人間は友好的だということ。
ここまで伝えた咲那は、ただ一つだけ念を押すように二人に伝える。

「ここに住む人たちが友好的なのは、私が人助けのためにしか能力を使わないからです。ですからどうか、お二方もあまり能力を使わないでください」
「…わかった」
「はーい!」
「お二人のお部屋はここになりますから、ゆっくりしてくださいね。出るときは一声おかけくださいな」

それでは、と言って二人は部屋を出る。一弥も三継もしばらくまともに休めていなかったのだろう、部屋にあるソファに並んで座れば、そのまま伸びをして瞳を閉じる。数分後そのまま寝てしまった弟を愛しそうな目で見つめた兄は、自分たちの憎しみを鎮める場所を院長の話に出た、色研の研究所にしようと思考を巡らせていた。

色害たちが各々行動している中で、東京で敗れて帰ってきた特兵もまた、色害を殲滅するために行動を開始していた。
負傷して帰ってきた瀬十と香椎。死んだ何名かの特兵。瀬十には始末書が課せられ、香椎は「自らを売った色害」としての特権で、自分に与えられた部屋でゲームに明け暮れる。しかし2人に共通していたのは、あの3人を必ず殺すという意思だった。
新の暴走によって吹き飛ばされた瀬十はいくつかの骨が折れていたし、黎との戦闘で樹に身体を強打したせいで香椎の骨もいくつか折れていた。色研の施した手術により、2人はすでに動けるまでに回復していたが、それでも傷の後遺症は重いものだった。
香椎も瀬十もしばらくの安静を言い渡され、休養中は監視が付くようになったのだ。二人の腕にはバングルが嵌められ、本部外に出ることでアラートが鳴るようになっていた。そこまでする必要があるのか、と瀬十は思いながら、課せられた始末書を書いていた手を止める。そしてそれに対応するように、ずっと止まずに鳴り続けていたキーボードのタイプ音が止む。

「ふう……やっと終わりか…これを提出して、あとは香椎のところに顔出しに行かないとか」

始末書をホチキスで止めて、席から立ち上がる。このタイミングで扉がノックされた。面倒だなと思いながら声をあげた瀬十が開いた扉から見たのは、自分と同じ青いマントを靡かせる、地方特兵だった頃の自分の部下だった。

「間宮…仁勝……」
「おう木枯、久しぶりだな」

間宮と呼ばれたその男性は瀬十より全体的に大柄な人物だ。年齢も瀬十より上に見える。
赤い髪の毛は無造作に束ねられており、口には煙草を咥えて、煙を燻らせる。瀬十を見た仁勝は煙草を咥えたまま無邪気に笑った。煙草が嫌いなのか、部屋中に充満する煙を見て顔をしかめる、そんな自分の元上司を見て、部下は背中を叩いた。


「俺の前で煙草を吸うなと言ったはずだ」
「そーんな昔のこと忘れちまったよ。つか、お前、黄色のマント似合わねえな」
「………茶化すために来たのか」

そう、黎たちとの戦闘で投げ捨てたマントは新の能力暴走で焼けてしまっていた。そこで新しく渡されたのが本部勤務だということを証明する、黄色のマントだった。今まで青のマントだった瀬十自身も違和感しかなかったため、茶化されたことに対して機嫌を損ねたのだろう。明らかに瀬十の顔が変わる。

「違う違う、そんな不機嫌になんなって。色研から呼び出しだとよ」
「色研から?」

そう、と返事をし、鍵によくついているようなタグを瀬十に渡す。色研の中にあるスフィア研究室は厳重な警備がされており、数個しかないタグで出入りが逐一記録される。タグには指紋認証機能も付いており、誰が持っているかすぐに分かるようになっている。研究室に入るときはタグに内蔵されたチップで入る、といった仕組みだ。
瀬十が受け取れば、タグの表面に浮かんでいた「jm1121」の文字が消え、その代わりに「sk91」の文字が浮かび上がる。これは仁勝から瀬十に所有者が移ったことを示すものだ。

「分かった、始末書を出したら向かう」
「おー、俺も早く戻んねーと部下が心配だしな。そろそろ戻るわ」
「ああ、ぜひともそうしろ」

踵を返して上司に背を向ける。めんどくさそうに手をひらひらと振りながら仁勝は扉の奥へと消えていった。瀬十は渡されたタグを握り、特兵の会議室へ向かった。





瀬十にタグが渡されたとき、香椎は一足早く色研に足を踏み入れていた。ペロペロキャンディを口いっぱいに頬張りながら、周りから聞こえる阿鼻叫喚には興味も示さずに目的地まで歩いていく。
真っ白い壁、煌々と照らす蛍光灯、白衣の研究者たち。近未来的な研究所内だが、防音加工がされているはずの各部屋からは絶え間無く悲鳴が上がり続けていた。スフィア生成の為に生きたまま眼を抉り出されたり、そのまま体の神経が生きているのに薬物が投与されたりする、そんな異常な空間。
その中でも異彩を放つ白黒ツートンの少女は、色研本部の一番奥の部屋を蹴り開けた。響く重低音。廊下に直結しているせいで、研究所全域に音が反響する。蹴り開けた本人は気にする素振りなど見せず、扉を開け放ち、中にいる青年の名を面倒そうに呼んだ。

「やあ香椎、元気にしてる?」
「舞原ァ、突然呼び出しておいて何?ボクになんの用があんの?」
「うんうん元気そうだね、良かった良かった」
「用事をさっさと言え。今ボクは不機嫌なの」

部屋の中は偉い人がいかにもいそうな、そんな部屋。会社のトップなどが偉そうに座ってふんぞり返っている姿が容易に想像できる椅子、学校の校長室にあるような木でできた机。
そしてその机の上に座っていたのは、胡散臭い笑顔を振りまく銀髪の青年。眼鏡をかけており、その表情が本心のものなのかは香椎ではわからなかった。いや、分かろうともしていないのだが。
あからさまに不機嫌になった香椎を見て慌てた舞原と言われた青年は、自分の右目付近をトントンと叩く。

「眼の調子、どうよ」
「どーもこーもねえよ。喧嘩吹っ掛けたのにクソ兄貴には負けたし」
「ふーん…義眼の中のスフィア、変えてみる?」

それは香椎にとって思ってもいない申し出だった。現に舞原―この青年、舞原翔は色研の幹部で、実際香椎の義眼の手術をした張本人だった。だが、現にスフィアを埋めても黎に勝てなかったのが少女の心奥に突っかかっているのだろう。疑いの目で銀髪の青年を見る。下から睨め上げるような威圧的な眼差しにふざけたように後退りしながら、舞原は彼女に表情が悟られないようにこう提案する。

「今のスフィアから別のに変えれば、君はもっと強くなれると思うよ」

提案したときの翔の顔は、狂気に歪んでいた。





仁勝が特兵専用のルートで神奈川に戻っている間、彼の顔色を変えたのは2人の色害による特兵部隊壊滅の知らせだった。端末に表示されるポップアップ、そして瀕死の特兵が送ってきたのは賞金首になっている、とある色害が、冷めた表情で能力を使っている姿。
まだ半分以上残っている煙草の火を消し、苛立った声で部下の特兵に命令を飛ばす。
そして神奈川に厳戒態勢が敷かれたのは、照莉兄弟が神奈川に入って数時間後のことだった。

そしてこれは、黎たち4人が団欒している時の出来事である。


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