セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




5..Strategy


3人の治療が終わり、ひとときの談笑から1日が経った。4人で雑魚寝することになり、ごろごろしているうちに寝落ちてしまったのだろう。思いっきり蹴られて一番最初に目を覚ましたのは蘭だった。小さな呻き声を発し、蹴られた脇腹を抑えながらむくり、と起き上がる。若干の苛立ちを覚えて足の方を見れば、犯人は金髪の青年だった。

「いっだ……こうちゃんか…」

れーちゃんだったら叩き起こしたのに、と舌打ちをしつつ、腕時計で時間を確認する。時計の針は12を刺していた。外も明るく日が昇り、その光は家の中に窓を通して煌々と降り注いでいる。
軽くあくびをしてそのまま立ち上がれば、まだ寝ている3人の為に何か作ろうとしてキッチンに立った。

蘭がキッチンに立って10分後、部屋の中に充満する匂いで3人は目を覚ますことになる。全員目を覚ましたのはほぼ同じタイミングだが、その中でも一番行動を起こすのが早かったのは黎だった。言葉にならない叫び声をあげながら、蘭の手から料理道具一式を奪い取る。驚いて動けなくなった彼女を新が反射的に取り押さえる。

「おあああああああああああああああ!!?!??!?」
「えっちょっと!?なに?!」
「あっぶね…俺の家の食い物全部ダメにする気かよババア…」
「殴るよ」
「まぁまぁ…ご飯は俺と黎で作るから、蘭さんは待ってて」
「俺も待ってる〜〜〜〜アッ目玉焼きは半熟でね〜〜〜!」
「ちゃっかりしてんな、死ね」

それくらいいいじゃーんと不貞腐れる浩太と、寝相の件から連続していて尚更不機嫌になった蘭をとりあえず別の部屋に追いやり、2人はキッチンで飯の準備を始める。必要な事柄しか話さず、テキパキと支度を進める2人のその空気を破ったのは黎の方だった。その醤油取って、と言われて渡す際、彼は口を開く。

「で、どう?一緒に来る気、無い?」

沈黙。しかし彼の瞳が揺らいだのを、黎の眼は見逃がさなかった。新の持つフライパンの中で野菜が踊り、換気扇を付けているにも拘らず醤油の匂いが黎の鼻をくすぐる。作り終わったのかフライパンを五徳の上に置き、皿を人数分並べれば目玉焼きと野菜炒めを器用に、そして最低限綺麗に見えるように盛り付けていく。最後の一皿に炒め物を盛りつけ終えて、一息ついた新は、黎を見据えて観念したように笑った。

「行かないって言っても、無理やり手を引っ張られる未来が見えてるよ」
「っはは、よくわかってんじゃん」

つられて笑う氷の少年。戦闘が嫌いな新をどうやって説き伏せようか考えていたが、その必要はなくなった。言い負かせられる自信がなかったのか、軽くうつむいてふ、と安堵のため息をつく。そして下を向いていた彼の視界に移ったのは、差し出された自分より白い手。

「これから頼むよ、黎」
「こっちこそ」

パン、と手を合わせる2人。お互いに顔を合わせれば何かくすぐったそうに顔を緩める。浩太含め黎と新は幼馴染と言ってもいい関係だ。今更よろしくと言ってくすぐったくないわけもないのだが。
お互いが何か恥ずかしい気持ちになっていれば、扉の向こうからは何故か悲鳴のような声が聞こえる。女性にしては低い声だから、悲鳴の主は浩太だろうと二人は思った。めんどくさいなとでも言いたげに大きなため息を一つ黎がすれば、まあまあと言いたげに背中を新がポンポンと叩く。

「あいつらは何してんだよ…」
「ふざけ合ってるんじゃない?ご飯持ってこ」
「ほんと、人の家だからって好き勝手しやがって…」

頭を抱えながら、新に促され彼も皿を持つ。黎が箸入れを持ったために、2人して両手がふさがる。仕方がないというように足で2人が待つ部屋のドアをガンガンと蹴れば、それを聞きつけたのか中からドアが開く。そして男子2人が部屋の中で見たのは、その部屋の中で突っ伏して倒れている浩太の姿だった。
蘭はというとおなかすいたーと呑気に言いながら、新の持っている皿の中で一番盛り付けが綺麗なものを取ってから黎の持つ箸入れの中から女性向けの箸を選び、一人先に飯にありつこうとしていた。

「ちょっちょっちょ、なにしたんだよ」
「何って…寝てるときに蹴られたからそのお返し」
「……浩太―?生きてるー?」
「い、…いきて、る…」

部屋にある小さいテーブルに残り3人分の皿を置いて、2人は浩太をいじる。浩太の寝癖の悪さは3人の中でも断トツで、黎は蘭に少しばかり同情した。が、それを本人に伝えたら何をされるか分かったものではないため、口には出さないが。
何をされたかわからないが、浩太が起き上がった時に蘭はご飯をすべて平らげており、容器を下げようと立ったところだった。食事中の蘭と新が彼女を見上げる。

「ごちそうさま〜〜〜じゃああたしは帰るわ」
「ん、帰れ帰れ」
「あんたたちが呼んだんでしょ〜?まったく、怪我すんのも程々にしなさいよ」
「ありがとう、蘭さん」
「いえいえ〜〜〜〜そいじゃね」

飯を作った時に既にまとめてあたのだろう。医療器具が詰まったカバンを手に担ぎながら、器用に煙草をふかす。玄関のドアを開け、振り向き様に手を振って、彼女は見えなくなった。

「あー食った食った!ごちそうさまー!」
「ったく、お前はいいよな食うだけで……」
「え?浩太が後片付けしてくれるんじゃないの?」
「えっ」

蘭が姿を消してから30分後、3人はようやく遅い朝ご飯を済ませた。浩太にさらりと洗い物を押し付けた新は、そのまま黎にも促して浩太の皿に自分たちのものを重ねさせる。えーまじかーとうなだれる浩太に早くしろ、と喝を入れる黎を見て微笑む彼。それは平和そのものだったが、ふと表情を引き締めて氷の少年に向き直った。そしてこう口にする。

「これからどうする?」

体勢を崩しながら座っていた少年は、充電器に差していた自分の端末を手に取り、東京のマップを画面に示した。ホログラムの設定をし、拡大したマップを見て、黎は頭を抱えて唸った。

「このあいだの戦闘で俺たちは特兵に完全に顔が割れたし、尚且つ反乱分子と思われてる。あいつらを撤退にまで追い込んでるんだからな」
「まぁそうだよね、向こうは多分血眼になって僕らを探して殺そうとするだろうし……」
「俺たちのこの読みが合ってれば、多分地方特兵が先立って俺たちを潰しに来るはずだ。本部より圧倒的に近いし、地方とはいえ幹部は本部のやつと力は変わんねーだろ。だから……」

ホログラムの設定を変え、指で書き込みができるようにした彼がマークをつけたのは、神奈川へ降りるルートだった。澁谷からほど近い場所にある世田ヶ谷、今は礫山と呼ばれ街の姿を残してはいないその場所にマークを付けて、黎は新を見る。炎の少年はまぁそれが妥当だろうと言うように頷いた。

「それを俺らも真正面から迎え撃つ」
「馬鹿みたいだけど、それしかもう方法はないよねぇ…検問も厳しくなってるだろうし」
「なになに、何の話―?」

皿を片付け終わった浩太が二人の間から顔を出す。今まではなしていた作戦を彼に話せば、彼はまた戦闘か〜と項垂れた。元々浩太も新も戦闘は好きではないが、新は覚悟を決めているようだった。その分浩太はいまだに最低限の戦闘で行ければいいと思っているようで、それが黎を苛々させた。あからさまに不機嫌になった黎に気が付かない浩太は、そういえば、と自分の来ているアウターのポケットから数本の試験管を取り出して見せた。試験管には全てコルクの栓で蓋がしてあり、中の液体は緑色に濁っている。

「そうそう、これ。蘭さんが気休めにでも持って行けって」
「なんだこれ…薬か?」
「見るからに効きそうな…色だね…」
「薬草何種類か調合してあるから、風邪とかの時は飲め、傷の時は塗れ、って」

部屋を物色してちょうどいいサイズの鞄を見つければ、そのサイドポケットの部分に試験管を嵌め込む。二人にも同じ大きさの鞄を投げ渡せば、同じような場所に試験管を嵌め込んだ。

「とりあえず澁谷の検問は苦労せずに抜けたいから、明日の深夜、行動に移すぞ」
「おっけ、それまで各自で準備って感じでいい?」
「いいんじゃない?俺は端末修理したいし!」
「っていうかそれならお前ら自分の鞄使えよ」
「いいじゃん大量に持ってんだから」

わいわいとにぎやかになる部屋。夕方過ぎになって、やっと浩太は実家へ、新は自分の家へと帰路についた。黎は静かになった家の自分のベットに寝っ転がり、これからの旅に向けて体力を蓄えるかのように、静かに目を閉じた。


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