セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




3..One_paragraph


気を失った妹の腕を暴れないように氷で拘束し、俵担ぎで肩に担いだ兄は、さっきより騒音を増した場所に向かっていた。ピリピリと肌にくる感覚を浩太のものだと感じ取ったその瞬間、異様な光景を目にすることとなる。

「これ、なんだ…」

その辺り一帯を覆い尽くす陽炎と、不定期に燃え上がる炎。それは10秒も経たないうちに視界から消える。
湧き上がる炎の大きさや強さもまばらだ。そしてその炎は酸素を入れすぎた時のように、綺麗を通り越して気持ちが悪いほど、蒼く輝いていた。
身氷の少年は自分の体から冷や汗にも近い、嫌な脂汗がどっと湧き出るのを感じた。そしてその炎は、確実に今から向かう場所に向かうに従い、熱量が増している。

「っ、まさか、あいつ…!!」

頭の中に浮かんだ雑念を払拭するように、頭を一回大きく振る。冷え切ってしまった体を擦りながら、妹の拘束が解けてしまわないようにもう一度氷で拘束をかけ直せば、何もなければいいと自分に言い聞かせながら二人の元へと向かう足を速めた。





「新!!!落ち着け!!!!」
「あ…あ、あぁ…っ…!!」

溶けてしまった服を脱ぎ捨て、Tシャツ姿になった浩太は大声で暴走者に呼びかける。能力の発動は解除され、壊死した両手には血が通い始める。広がる痛みに苦悶の表情をしながらも、必死に声をかけ続けた。
自分にかけられる声に応えようとするも、自分の能力を自力で抑えることの出来ない新は、ただただ炎を巻き起こし続ける。そしてその炎は、先ほど貫かれた肩口から流れ出る血液によって勢いを増していた。それはもう、誰も中心にいる新に近寄ることが出来ないほどに。

「こういうことがあるから…色害は殺さねばならんのだ…!!!!」
「!?おい!!やめろ!!!!人間が近寄っても…!!!」

折れてしまったレイピアを投げ捨て、軍服の中から瀬十が取り出したのはサバイバルナイフだ。羽織っているマントのような布を剥いで軍服のみになった軍人は、浩太のことを気にもせず、ただただ新の方へと。地面を踏み込み、炎を身に受けながらも対象人物へと近づいていく。
浩太は瀬十の突然の無謀な行為に反応できずにいた。引き留めることもできず、炎の中へ飛び込んでいく軍人を見ることしかできない。

「お前は、殺す!!」
「だ、め…、く、るな、くる、な、っ…!!!!」

暴走した能力は本人に意思と反して、敵意を持った人間に容赦なく襲い掛かる。炎に意識が宿ったのかと疑うくらい、突出しきてきた瀬十の身体を的確に狙っていく。自身の血液を蓄えた炎は熱量を増し、鞭のようにしなっては人間の身体を焼いていく。
燃え盛る炎のせいで薄くなる酸素。炎によって徐々に焼かれていく四肢、焼け焦げていく髪の毛の先端。炎の中に入っていったものの炎の壁に阻まれ新に近寄ることが出来ず、瀬十は我慢の限界が近づいていた。
自分にまとわりつく炎を振り払おうとやみくもに動く彼。そんな行動の代償は、一瞬であれ、周りが見えなくなったことだった。
炎ではなく、熱風が瀬十の身体に襲い掛かる。その一瞬の行動の遅れが仇となり、十分な防御の体制をとれないまま彼は炎の外に吹き飛ばされた。

「ぁ、がっ…!!」

不完全な体勢のまま吹き飛ばされ、受け身をとる暇もなく地面に叩きつけられる瀬十。浩太が彼に声をかけようとしたその瞬間、空気が凍った。
木々は凍り、炎が湧いて出た形を維持して固まる。そして凍らせたのは自然物だけではなかった。氷は地面を這って、容赦なく新本人をも凍らせたのだ。最大出力で新の腕と肩を凍らせ、氷での止血という荒療治のおかげか、炎は次第に収まっていく。
炎で上がり切った温度は突如現れた氷によって急激に下がり、空気が冷えていく。体温が上がり切っていた浩太が吐く息は白く、時折吹く風にさらわれる。霜が立った土を踏むような音を聞き、顔をあげた彼が視界にとらえたのは、一人の子供を俵担ぎで抱えながらこちらに歩いてくる見知った顔だった。

「おい新、お前また暴走したのか」
「う……ん、いった…」
「黎の方は終わったの?担いでる子、妹でしょ」
「終わった。気を失ってるだけだ」

浩太は痛む手を擦り、新は暴走の収まった能力を調節しながら、自業自得とはいえ凍らされてしまった腕を溶かしていく。黎は担いでいた妹を瀬十のほうへ投げ転がした。そして、地面に手をついたままの瀬十に吐き捨てるように言う。

「そいつを回収してとっととここから出ていけ」
「香椎…!?こいつが負けるだと…」

自分の元へ投げ飛ばされた同じ軍所属の子供を見て、瀬十は驚愕したとでも言いたげな表情を浮かべる。黎は自分の妹にかけられた名前を聞いて首を傾げる。
誰だそいつは、とでも言うように。

「……全員俺が殺してやる……特に、貴様は」

よろめきながらも立ち上がった軍人は、能力を暴発させた新をギラリと睨み付けた。そして無線を使い、下っ端の特兵たちを呼びつける。
檸を回収した彼らに肩を貸してもらいながら歩く瀬十は、ふと思い出したように黎たちの方へ向き直った。

「貴様らの名前だけでも聞いておこうか」
「…椎葉。こっちが新瑪、こいつが神崎」
「そうか……貴様らに次はない、覚えておけ」

特兵の集団が集落から撤退するのを確認した三人は疲労からか、全員が全員その場に座り込んだ。黎は手を休めることなく肌を擦り、浩太は手先が壊死した痛みからか、ずっと苦悶の表情を浮かべている。そして新は貧血か、そのまま倒れてしまっていた。
風がそよぎ、全員の肌を撫でた。日は完全に沈み、時間すらわからない。ベッドで寝たいな、とぼそり呟く浩太に、家に来いと提案をする黎。二人で新を叩き起こし、肩を貸して黎への家へ歩いていく。

「ちょっと、もうちょっと優しくしてよ……」
「自業自得だ。ほら行くぞ」

そしてしばらく歩いて家につき、全員は治療もせず、ただ敷いてある布団へ雪崩れるように倒れ込み、深い眠りについた。
そして太陽が空高く昇りきった頃、3人は目を覚ました。全員が全員爆睡していたのだろう、敷いてある布団を無視して3人は雑魚寝という形を取っていた。いや、もしかしたら寝相のせいかもしれないが。

(……今、何時だ…?)

寝起きでピントの合わない目を擦り、手探りであるはずの時計を探す。ぼすぼす、と辺りを叩くように動かした手には、冷たい鉄の感触。そのままつかみ、目の前に持ってくれば、そのまま盤面を覗き込む。時計の針は「11」の数字を指していた。
用済みになった時計を放り投げ、起きあがろうとした黎は右腕に走る激痛に呻き声をあげることになる。その声を聴いた金髪の少年は倒れ込もうとする黎をそっと支えようと、腕を差し出す。

「って……」
「ちょっと黎、俺も痛い」

浩太も浩太で壊死した両腕が完全に治っているわけではないようで、体重を支え切れず、そのまま柔らかく布団に倒れ込む。二つの声はそのまま布団に吸い込まれた。
2人して苦悶の声をあげたのを心配した新は、起き上がり、ポケットに入っていた自分の携帯を取り出して、徐に電話をし始める。痛みでそこまで気が回らなかった黎は、寝返りを打って初めて起き上がっていた新を視界に入れる。視線に気が付いた炎の少年は通話を切り、視線の主に笑顔を向けた。

「ちょっと僕たち傷追いすぎだから、呼んだよ」
「……誰をだよ…」

小さく「あ」と声をあげる浩太。新の笑顔はもっと深くなり、それに比例して黎の顔はどんどん険しくなっていく。そして浩太は悟ったように、そして諦めたかのようにがっくりと肩を落とした。

「蘭さん」




「ちょっとれーちゃん〜〜??また怪我したんだって〜〜??」
黎の家の戸をでかい音を立てて開け放ち、入ってきたのは白衣を着た表情の読み取ることの出来ない女性。長い前髪が両目を覆い隠し、口元でしか彼女の表情は読み取れないだろう。口には煙草を咥え、時折大きく煙をふかす。その行為に浩太が顔をしかめた。

「蘭さん、俺煙草苦手…」
「こうちゃん〜〜〜〜あんたも大きくなったね〜〜!」
「ちょっと人の話聞いてって…!!」

渋い顔のまま蘭に近寄った浩太を気にもせず、まるで弟を構う姉のように容赦無く頭をわしわしと撫でる。
扉を開け放たれ、でかい声で喋られ、しかも家で煙草をふかされた黎はたまったものではないという様子で、抗議しようと口を開く。その瞬間、右腕に激痛が走り、口から出たのは文句ではなく叫び声だった。

「いっでええええええええ何すんだこのクソバ…ギャーーーーッ!!!?」
「そうだね〜〜〜〜〜折れてはないけどこれでこんだけ痛いってことは盛大に骨やってるね?あと誰がババアだって?」

いきなり持ち上げられた痛みに耐えきれずうっすらと涙を浮かべる黎と、ババアと言われたことに機嫌を損ねたのか、その右腕を捻りあげる蘭。笑ってはいるが目は全く笑っておらず、その鋭い眼光は黎を黙らせるには十分だった。
ため息をひとつついて、黎の腕をそのまま離すと、蘭は次に浩太に向かい合った。また一つ悲鳴が上がったが本人は気にするそぶりすら見せない。彼に両腕を見せるように促し、黎よりは丁寧に壊死した部分を観察していく。
血が通って、壊死した部分が紫色になっており、血管が生々しく浮き出ている浩太の両腕、詳しく言えば両腕のひじ下までの全部分を見て女性は顔をしかめることしかできなかった。

「ったく、どんだけ能力使ったの?」
「いや、そこまでじゃないんだけど…力の調節間違えたっていうか……?」

見えるようにため息をつく蘭。浩太の診察を終えた彼女は、顔色の優れない新に向き合う。そしてじっと顔を見て、大丈夫そうだというように頷いた。

「新ちゃんは貧血かな。他に痛いとこある?」
「あ、蘭さんこいつの右肩見てやって」
「ちょっと、浩太…」

自分から言いだしそうにない新に変わって浩太が口を挟む。新はバツが悪そうな顔をし、蘭はその表情で全てを察したのだろうか。何も言わないまま白衣の中からメスを取り出して、新の服の肩口を切る。その間、2秒あっただろうか。見事な手さばきで切られた新の服はそのままただの布と化す。そしてその服の下から見えてきたのは、氷で強制的に止血したことで真っ赤に膿んだ、見るからに痛そうな貫通した大きな傷口だった。

「あ」
「うっわ…ちょっと何これ、処置が雑にもほどがあるでしょ、ちゃんとやんなきゃだめじゃん」
「いや、これやったのは…黎なんだけど……」
「おいやめろババアこっち見んな」
「…れーちゃん、治療最大限に痛くしてあげるから覚悟してね?」

苦笑いしながら黎の名を出す新。蘭が冷ややかな目を彼に向ければ、黎は座りながら冷や汗をかいているようにも見えた。反射的に口から出た禁句であろう罵倒を誤魔化すこともできず、言い訳を言う前に蘭から発せられた言葉。それは最早死刑宣告と一緒だった。彼は勝手にしてくれ、と言わんばかりにがっくりと肩を竦める。

「1番最初に新ちゃんの治療ね、そのあとこうちゃん、最後にれーちゃんってやるから」

襟足の長い髪の毛を束ね、彼女は持っていたメスで自分の腕を縦にすぅ、と切る。薄く切れたところから流れる血を指先へと誘い、用意していた小さいビーカーに垂らしていく。
家に入るときに持っていたカバンには医療器具が一式入っており、それをずらりと出して並べていけば、新以外の二人を隣の部屋へ追いやる。そして彼を寝かせた彼女は薄く笑いながら、メスを構えた。


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