セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




2..Rampage


外では日は暮れ、すでに夕方になろうとしていた。
ずっと暗い中はしごを登っていた彼らは、全員地上が近づくにつれ明るくなる視界に目を細める。小さな隙間から漏れる光を目印にはしごの1番上までたどり着けば、上の蓋を音を立てないようにずらして開けた。そこは浩太の家から程よく離れた場所にある雑木林の中で、多くの木が生い茂る中、目を凝らせば浩太の家が見えるという現状最適なスポットだった。
ごくわずかに冷気を展開し、周りに人がいないことを確認してから全員で地上に上がる。そして浩太の家を確認した。

「あーー俺の家……」
「一人暮らしでほんとよかったな」
「というかまって、あれって……色害じゃ?」

幼馴染である彼らは全員が同じ18歳である。
新はここに捨てられ、その時拾ってもらった大人の好意でそこに居候をしている。しかし、浩太と黎はお世辞にも区とは言えない、所謂集落のような場所で一人暮らしをしていた。
黎は家出したあとに、縁のあったある研究者の計らいで。
浩太は両親が独り立ちできるようにと考えてくれたものだ。
そんな浩太の家はもう家と呼べるような形を残してはいなかった。鉄の骨組みは変な形にひしゃげ、ところどころ焼けて黒くなっているのが見てわかる。家の大部分は燃えていたが、黎と浩太の2人は以前特兵と交戦した時に炎のスフィアの存在を知っている。だからだろうか、そんなに驚くような素振りはなかった。
ただ彼ら視線を奪っていたのは、家のど真ん中だけが何かに押し潰されたように、綺麗にプレスされたような跡。そしてその家の前には背の低い子供と、背の高いすらっとした大人が特兵が指揮を執っていた。

「ま、て…あれは………」
「ねぇちょっと、黎、」
「………うそでしょ…」

長い袖の服で手を隠し、そのまま飴を舐める子供の髪の毛は、特兵にはあるまじき白と黒のツートーン。そしてその色には全員見覚えがあった。
白黒のツートーンはどう考えても椎葉家の血のものだからである。
家庭で出来損ないと言われ続けた黎。彼には椎葉家なら代々発現する能力が遺伝しなかった。しかし、後から生まれた妹は、椎葉家で一番の力を持って生まれてきたのだ。そして椎葉家の能力は代々重力操作。それなら浩太の家の破壊の仕方も頷ける。
視線を感じたのか、ツートーンの色害がこちらを見た。表情までは読み取れないが、多分こちらに気がついたのだろう。

「やばい、逃げるぞ!」
「逃げるってどこに?!」
「いいから!走れ!!」

声を荒げさせながら声をかけ、その場から走り出そうとした瞬間、身体に感じる異常な重さ。全員が脂汗が全身から湧き出るのを感じ、沈ませようとする力に耐えながら振り向いた。
そこには袖をだるませながら腕をこちらへ向ける白黒ツートーンの色害。

「椎葉の落ちこぼれが、どこに逃げるって?」
「っ…てめえ……!」
「やだなーそんな他人みたいに。檸って呼んでくれないんだ?」
「誰が…呼ぶかよ……!」

嬉しそうな顔で近寄る子供。檸が手を振ると過重力が解け、全員がその場に倒れこんだ。
ただただ無邪気に、兄のそばできゃっきゃっと笑う妹。兄である黎は心底不快だと言わんばかりに能力を発動する。彼女の足を凍りつかせ、反射的に距離を開けた。
浩太と新も圧が収まったのか、息を整えながらこちらへ向かってくる。彼女はクソガキと言われたのが気に食わなかったのか、音を立てて舐めていた飴を噛み砕いた。
ス、と手を挙げれば特兵がこちらへ向かってくるのが見てとれる。しかしこちらへ向かってきたのは下っ端のような奴らではなく、マントを羽織った特兵。
こちらの姿を確認し、普通の人間じゃないと分かったのか、彼は剣を抜いた。

「色害か。悪いが、死んでもらう」
「瀬十、お前はこっちのなんか弱そうなやつ2人ね。こっち邪魔したらお前も殺すから」
「浩太、新、そっちは頼んだ。俺はこいつとやる」
「わかった……死ぬなよ」

お互いに相手を確認する。まだ東京から出てすらいないのに死ぬわけにはいかないと、兄は妹に向き合った。当の本人は重圧で足の氷を砕いて拘束を解いて余裕の表情だ。そんな彼女を見た黎も、隙を逃すまいと能力を展開していく。
着込んでいるにも拘らず冷えているのだろうか、吐く息は白く、頻繁に両手のひらを握ったりしている。
檸は新しい棒つき飴を取り出し、口にくわえた。歯で挟み、落ちないように固定した檸の顔は狂気に歪んでいた。

「椎葉の名前はボクだけでいい。というわけでとっとと死んでよお兄ちゃん!」
「うるせぇクソガキ!お前が死ね!」

ほぼ同じタイミングで相手に向かってお互い飛び出す。懐に飛び込んで能力を展開しようと肉弾戦に持ち込もうとすれば、相手も分かったのか嬉々として飛び込んでくる。蹴りを受け流し、拳は横に避けて、お互いに擦り傷程度の傷を保っていく。そして我慢の時間が続き、先に痺れを切らして不完全な体勢のまま能力を開放したのは檸の方だった。
ベコベコベコ、と土の沈む音が連鎖する。さっきまで立っていた場所がどんどんと沈んでいくこの現状に異常を感じながらも、黎は攻撃に転じることができずにいた。

「流石は椎葉家の落ちこぼれって感じ、氷の力っていっても、あんたが持ってるんじゃ宝の持ち腐れだね!」
「………」

拳での連撃に加え、下半身からの蹴りにプラスという形で重力操作という異能と来れば、こちらとしては体勢を整える他選択肢はない。
予備動作を見て、一撃重い踵落としをわざとクロスした腕で受け、そのまま距離をとった。前にしていた右腕に何かヒビの入った音がしたが、なりふり構ってなんていられないという考えからの行動だった。

「いっ、で……!」
「それが当たるならこれも当たるよね!ほらっ死んでよ!」

こちらへ突っ込んでくる檸の足が一瞬ふらついたのを、彼は見逃さなかった。さっきから能力を連発している檸の身体には、すでに能力によるデメリットが起き始めていたのだ。
痛む右腕も使い、両腕をそのまま前に出して大氷壁を檸の後ろへ、そして踏ん張りが利かないように地面に着地しようとした足元の地面を凍らせる。

「ひゃっ!?」

爪先から着地した檸は案の定氷の上で踏ん張れず、そのまま前のめりになって黎の元へと突っ込んでくる。それも、不安定なまま。
彼はその下へ潜り込み、その土手っ腹へ躊躇なくアッパーを入れた。
呻く檸、口からは耐えきれず唾液と血反吐を吐き、軽い体は宙へ浮く。浮いたその小さい体へ追撃をせんと、容赦なく背中へエルボーを入れた。反撃を恐れ、間髪入れずに距離を置くために後ろへと下がる。

「ゲホッ……何してくれんのクソ兄貴………」
「まだ戦えんだろ、立てよクソガキ」

腕に力を込めて起き上がろうとする檸の両腕をがっちりと凍らせるものの、痛覚がもう機能してないのだろう。彼女は凍ってしまった腕を引き剥がそうとヤケになる。ただ、痛覚が機能してないということは、五感もそれほど機能できてないということを示していた。
決めるなら今しかない。

「っ、あ、あ"ぁっ、!!」
「寝てろ」

バキィ、と何かが砕け散る音と一緒に聞こえるのは力んだ声。能力任せに氷の拘束を解いたその瞬間に生まれた隙。
能力で凍らせた左足。右足を軸にして繰り出したその蹴りは檸の横腹を捉えた。拘束を自分で解いてすぐ、そして勢いに乗せた蹴りをとっさの反応でかわすことができず、兄より一回り小さな体はそのまま真っ直ぐすっ飛んだ。幾つかの木の枝をその勢いのまま折り、最後はでかい木の幹に背中を強打する。

「っあ"……!!」

痛覚がないとはいえ、衝撃は相当のもののはずだ。呻き声を上げ、妹はそのまま崩れ落ちた。





黎と檸が戦闘を重ねている間、他の3人も戦闘を続けていた。
瀬十は剣を抜き、2人との距離を測る。黎とは違い、まだ能力展開していない二人を警戒して、攻撃に転じることができずにいたのだ。浩太は指を鳴らし、空気を震えさせる。新は新で姿勢を低くし、両手を後ろへ構えた。

「僕が近接に持ち込む。浩太は遠距離よろしく」
「おっけ、任せて」

炎を掌で圧縮し、勢いをつけて瀬十の方へと走っていく新。瀬十は焦ることもせず、剣を構え直し、迎撃態勢をとった。ストレートを締めてそのまま軽く連続で拳を繰り出すが、すべて刀身でいなされる。新は軽くバックステップで距離を開けるが、瀬十はそれを見抜き、そのまま距離を詰めて剣での突きを繰り出す。切っ先が新の頬や手を掠っては血を滴らせた。頬から流れる血を指で拭い、能力を発動させる。両手に炎を纏い、流れる血をそのまま炎に与えれば、爆発的な炎が両手を包み、新の周囲に陽炎を生み出した。能力を見た瀬十が剣を構え直すその間、浩太は髪の毛を発光させ、雷の調節をしながら瀬十を観察し続ける。

「へぇ、流石は特兵ってだけあるね。強い」
「色害に褒められても全く嬉しくないな、とっとと死ね」
「勘弁してよ、死ぬのはそっちだって」

瀬十も新もお互いの攻撃により徐々に体力を消耗していたが、優勢なのは瀬十の方だった。鋭い眼光が見据えるのは新の重心移動と息継ぎ。動きを予測されて出される攻撃は寸分の狂いなく、繰り出される剣による斬撃は確実に新をいたぶっていく。
そして瀬十は新の動きに気を付けながら、浩太の動向にも気を配っていた。目の端で見るのは浩太の髪の具合。先ほどからバチバチと輝く浩太の髪と周囲を気にし、いつでも動けるように神経を尖らせている。そしてそれは浩太も新も気が付いており、彼らはむやみやたらに攻撃を繰り出せる状況ではなくなっていた。

(間合いが取れない…一発、隙が出れば雷落とせるのに…!!)
「…チームプレイすらできないのか。無様なものだな」
「…っ!!?」
「新!!!!」

瀬十が口を開き、新が目を見開いたときには全てが終わっていた。突きに特化したレイピアのような剣の切っ先が、新の肩口を貫く。瀬十がレイピアをひねるように手首をかえせば、肉が抉れる感覚と激痛に新は悲鳴に近い声をあげた。

「あ…あ”あ”あ”っ…!!!」
「悲鳴は人間と一緒か。不快極まりないな」

ズル、と勢いよく突き刺さった剣を引き抜く。新の肩からはとめどなく血が溢れ、地面を真っ赤に濡らした。新は激痛と腕を這う熱に耐えながら薄く呼吸をするので精一杯のようで、その場から身動きが取れずそのまましゃがみ込む。

「死ね」
「やめろっ!!!!」

新の心臓に狙いを定め、今まさに貫こうとした瀬十を止めたのは空から降ってきた雷だった。怒りに身を任せ雷を連続して降らせる浩太の髪は金色に輝き、指先からはバチバチと電気が迸っている。さすがに雷を剣でいなすわけにもいかず、瀬十は舌打ちをしながら数歩下がることを余儀なくされた。

「下がれよ人間、下がらないなら、今ここでお前を、殺す」
「色害に殺すと言われるとはな、貴様に出来るのか?」

鼻で浩太を嘲笑う。安い挑発ではあるが、それでも彼の怒りを買うのには十分だった。
数本前に出て新の前に立つ浩太。能力の展開で壊死し、変色し始めた手を気にする素振りもなしに手に雷の力を溜めてゆく。反対に瀬十はタイミングを計ろうと剣を構える。爆発的な熱意が臨戦態勢の二人を襲ったのはその時だった。
瀬十は体の前部分に、浩太は背中に強い衝撃を感じながら吹っ飛ばされる。焼けて溶けてしまった服を見ながら鼻につく鉄と焦げ臭い匂いに、浩太は呆然と能力の暴発者を見ることしか、瀬十は衝撃で折れてしまった剣を見ながら目を見開くことしかできなかった。


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