セパレート・カラーズ 本編 | ナノ




1..Escape


特兵が戦闘を仕掛けてきてから、早いもので3日が経とうとしていた。
あのとき助けた親子は色害の暮らす過去の首都、東京で元気に暮らしている。子供の方が逃げる際に転んでしまったようだが、大きな怪我ではないようだった。
黎と浩太の2人は特兵が見張っているこの東京からどうやって抜け出すかを、浩太の家を使ってこの3日間ずっと試行錯誤していた。

「基本的に区外に出るところにはすべて関所が建てられてる。特兵がいるって考えたほうが自然だろうな」
「ですよねー…やっぱ夜遅くとかでもダメかな」
「多分。どの時間であれ最低でも5人10人くらいはいるだろ」

やだーー!!と頭を掻く浩太。逆にずっと地図をにらめっこを続ける黎。地図には鉛筆でいくつもマークが付いており、話を聞いていないとわからないほど書き込まれている。
首都が大阪へと移転してしまった今、東京23区は色害の突発的な能力発動などで廃れてしまっていた。異様なまでに緑に覆われてしまった場所や、平地だったはずなのに土砂の盛り上がりによって山のようになってしまった場所。そんな場所がいくつも点在している。

「ね、考えたんだけどさ、礫山あたりってどうかな」
「礫山っていうと…世田ヶ谷か」
「そうそう。帯林だと標的が見えなくて戦闘になったときに面倒だし、焔場は黎がつらいでしょ」
「そうだな……個人的には広煙でもいいんだけど、そこだとお前が標的になるからな」

色害による天変地異が起きてしまった場所は、昔の東京23区の呼び名ではもう呼ばれていない。その場所で起きていることが大きすぎたせいで、その事象の名前で呼ばれるようになっている。そしてその事象が起きている区の再奥には、その事象を引き起こした色害ー仲間が死んでいる、という話。そしてその死体を実験に使用したりするために、そして色害たちが23区から出られないように政府が関所を設け、特兵を置いてこちらを威圧している。
これが今まで彼らが母親世代から聞いてきた話だ。

「じゃあ礫山で決定だな。下が神奈川だから特兵の数がやばそうだけど」
「まぁなんとかなるんじゃね?関所の特兵がなんか持ってそうだし」

見ていた地図の下の部分、世田ヶ谷区に当たる箇所に丸をつける。浩太に地図の拡大版を印刷してもらい、細部のチェックに入る。
道やルートを絞り、場所のチェックに入ろうとして、少年の端末から警告音とともにポップアップが表示された。

「あ、やべっ引っかかった」
「おいバカ伏字で検索かけなかったのか」

ネット経由での情報閲覧は厳しく検閲がしかれている。早い話、色害に人間がやっていることを知られたくないから、また理由はそれにもう一つあった。

首都の場所を色害である彼ら人間に知られたくないからである。
首都のある場所が大阪だということは周知の事実だが、東京で暮らしている色害たちは大阪のどこにあるかを全く知らないのだ。下手をすれば、大阪からまた別の場所へ移っている可能性もゼロではない。
そして、検閲にはレベルがある。誰でも見れるレベル0、12歳以下は見ることができないレベル1、18歳以下は見ることができないレベル2、人間のみ見ることのできるレベル3、軍人や政府の人間が見ることのできるレベル4、そして国家機密であるレベル5だ。色害はレベル2までしか見ることができない。
そして、今彼が調べていたのは礫山の詳細。そしてポップアップには≪閲覧制限:レベル4≫と書かれていた。
端末の情報は全て国家、つまり政府の通信局が統制している。即ち。

「おい、これ通信局にデータ行ったんじゃ…」
「色害がアクセスしましたって?これ特兵すっ飛んでくるやつ……」

浩太の端末から鳴り続ける警告音とポップアップが消えないことを確認した2人は、浩太の雷で端末を破壊する。手際良く、色々書き込んだ地図や何やらを全て小脇に抱え、家から少し離れた地下室へ繋がる地下通路へ逃げ込んだ。薄暗い中、森の中に小さい頃作った秘密基地みたいなもので、かくれんぼが1番うまかった浩太が作ったものだった。
特兵がいつ来てもいいようにカモフラージュとして人工芝や散った葉をばら撒いた2人の後ろには、背の高い青年がいた。



同時刻ー
「color access:name_K.Nime………へぇ、色害ってやっぱりバカなのかなぁ」
「香椎、行くぞ」
「え、やだよ、なんでお前なんかと」
モニターが複数台置かれた薄暗い部屋の中。軍服を着た青年と、モニターの前に陣取り、ロリポップを舐める低身長の子供。
「お前は特別にここにいるんだ、命令に従え」
「は?」
青年の言葉に、子供の語気が強まる。その瞬間、青年は膝をついた。
「僕より弱いくせに指図しないで」
「…この……クソガキ………」
モニターの光によって照らされる子供の髪。それは白と黒のツートーンだった。



一方その頃ー
「っていうかお前、いつの間にこんな改造したんだ」
「俺元々なんか作るの好きだからな!中途半端が嫌でちょっと手伝ってもらったんだ」

カモフラージュを終え、落ちそうになっていた地図その他を抱え直す。耳をすませば地上の方から微かに人の声がした。それは急いで出てき他のが正解だったとでも言うようにそれはどんどん大きくなっていく。
黎はほっと肩の荷を下ろそうとする。しかし、背後に自分たちと以外の人間の気配を察知し、反射的に能力を展開した。
肩に触れようとしていた白くて細い指は冷気に触れられ、凍傷を起こす。

「黎、痛い…」
「…は?え?新!?」
「あれっ新?なんでこんなとこに」

凍ってしまった指先から小さく音がした瞬間、指先の氷が割れて落ちる。かすかに立ち上る陽炎に2人は見覚えがあった。そして、この声にも。
白の髪の毛を跳ねさせ、頭頂部から伸びる二房の赤いメッシュ。そして極め付けは緑と赤紫のオッドアイ。こんな容姿をしているのは新しかいない。2人の幼馴染である。
後者2人が呆気にとられている間、新はヒリヒリする、と言いながら指先を温める。昔は暴発ばかりしていた能力も今ではすっかり使いこなせているようだった。

「っていうか、なんでここに?ってそれ僕が1番聞きたい言葉…僕はアルバム見てただけだよ」
「アルバム……ああ!幼少期の俺らの?」

懐かしそうに浩太が思いふけり、持っていた紙を全て黎に押し付けて新のもとに走っていこうとする。
少年は反射的に能力を展開して浩太の靴裏と地面の間を埋め、動かないように固定してしまう。強制的に動きを止められた浩太は呻きながら前のめりになって止まった。

「へぶっ」
「あのなぁ、俺たちはアルバムを見にここまで来たわけじゃないだろ」
「え、どういうこと?」

体重に耐えられなかったのか、氷がバキ、とやばそうな音を立てて割れる。前のめりになっていた少年はそのまま顔面から地面に崩れ落ちた。顔面を地面に擦ったのか、ごろごろと悶えながら「何すんだよー!」と当事者をを睨みつける。
そんな浩太をすべて華麗にスルーして、転ばせた当事者は抱えていた紙類を全部側にある机に置く。丸めていた大きい紙ーついさっきまでいろいろと書き込んでいた地図を広げた。
何も知らない新は状況が飲み込めない、と言いたげな様子で地図を覗き込んでは頭をかしげる。

「俺たちは人間に反旗を翻す」
「そ、俺と黎でね」
「…えーっと、状況が飲み込めないんだけど…東京から出るってこと?」
「そう」

地図に描かれたルートを指でなぞっていけば、最後にたどり着くのは世田ヶ谷。
礫山、とポツリ新が呟く。
が、それだけですぐに元自分が座っていたであろう椅子に腰掛けてアルバムを開く。

「2人がいなくなっちゃうのは寂しいけど、決めたなら止めないよ」
「えっ?新も来るでしょ?」

てっきり一緒に来ると思っていたのだろう、浩太は擦った顔を明らか気にしながら、猿のような跳躍で新に近づいた。子供のように大きな瞳をキラキラさせて期待に胸を躍らせているのが分かった。しかし現実は無情で、新はアルバムをめくる手を止め微笑んだ。

「僕は東京が好きだし、それについていったところで足手まといになりそうだし、ね」
「俺としては来てもらったほうがありがたいんだけど」

そっか、といいかけた浩太を遮り黎が前に出る。黎と新の2人の能力は氷と焔で、相性としては真反対だ。お互いに補完できるのは都合がいいという理由があった。しかし彼には、新に来て欲しいもう一つの理由があった。
それは特兵が言っていた「色害の抹殺を望んでいる」という言葉に関係した。下手すれば真っ先に狙われるのはここになるのは明確であり、そこに新を置いていき、全ての責任を背負わせるのが嫌だったのだ。

「でも、僕は…」

新の声は、上からの轟音で全てかき消された。何かを破壊するような音、そして粗探しをするような音。浩太が叫び出すか心配だったが、こうなることは予想していたのだろうか、思ったより冷静に音の出処であろう自分の家の方を見つめている。
ただこの音にはところどころおかしかった。何かがひしゃげる音ような、力任せに上から圧しているような、そんな音。そして黎はこの音に俺が聞き覚えがあった。
部屋のドアを反射的に凍らせ、自分の端末に地図や持ってきたもの全てのデータを入れて彼は2人を見ずに言い放つ。

「新、ここ全部燃やせ……何か、くる」
「何かって何…これでいい?」

ドアの氷を溶かしてしまわない程度の炎で紙類全てに火をつける。地下だから酸素使えないよね、と言えば新は自分で唇を切り拭った。指に付いた血を火にくぐらせれば、弱く燃えていた火が勢いよく燃え、紙は残らず炭となり、下に崩れ落ちる。

「うわ俺めっちゃ不憫じゃん…あっ臨時出口こっち」

燃えカスを見ながら、端末を壊したり顔面から転んだりアルバムを含め全部燃やされたりと、さっきからまともな目にあっていない浩太が拗ねる。
彼の指差す方に向かっていくと何もない壁の前に出た。どう考えても壁にしか見えない場所にそのまま浩太が歩いていく。

「こんなのいつ作ったんだよ」
「最初からだよ?まぁ使うことないかなーって思って言ってなかったけど」
「浩太ってさ、バカなのか頭いいのかわからないね」
「それ褒めてないよね!?」

浩太曰く、人間の目の錯覚を利用したものらしい。中は真っ暗で、浩太の能力がなければ何も見えない程だった。
幾つかの角を曲がり、しばらく歩いてはしごにたどり着いた3人は、上から地上の明かりが入る中、それをそのまま登っていった。


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