▼ ゴードン
アリティア城は広い。故に迷うことも致し方ないはずだ。
「ここ、どこなんだろう…」
自分を正当化させつつ地図を見るも、現在地が全く分からない。周りを見れば、色とりどりの花や、青々しい葉をつけた名前の分からない木が、穏やかな風によりさわさわ揺れている。頭上からは暖かな光が差し込み、まるで…中庭かなどう考えても。どこの中庭だろう。
「あれ?」
現実逃避ぎみに風景を眺めていると、視界の端に植物とは違う緑色が映る。なんだか見たことがあるような…。それで目を凝らせば、胡座をかいて木にもたれかかっているゴードン殿だった。すごく驚いた。
「ゴードン殿!」
「…」
呼びかけてみても一向に返事はない。ま、まさか死んでいるのでは。それとも無視をされてるのか私は。どちらの状況にしても嫌だ。
それで恐る恐る近付いてみれば、ゴードン殿は目を閉じていた。加えて「すう…すう…」と規則正しく寝息もたてている。寝ているだけのようだ。
「ゴードン殿、こんな所で寝てると風邪引きますよ」
「んー…」
ゴードン殿の正面に座り込み、一応警告をいれてみる。しかし、返事とはいえない乏しい声が返ってきただけだった。起きる気配はない。ゴードン殿、かなりお疲れだなあ。こんなに近付かれても目を覚まさないなんて、騎士として駄目では…。
「あ、そうだ」
せっかくだし、この先輩騎士の顔でもじっくり観察してみよう。こんな機会もうないだろうし。
「寝顔だとさらに幼く見えるなあ」
少しだけゴードン殿に顔を寄せる。顔が子供っぽいと嘆いているだけあって、彼の寝顔は普段の数倍はあどけなかった。やっぱり年上には見えない。唇は少し開いていて、時々「うーん…」とか「あー…」とか唸る。それに合わせて睫毛も細かく震える。良くない夢でもみているのかもしれない。
悪乗りして頬をつついてみれば、さらに彼の眉間にしわが寄った。少し面白い。
「次はペンで顔に落書きでも…」
「…さ、さすがにそれは止めてほしいかも」
「え?」
懐からペンを取り出そうとしたところで、腕をやんわりと押さえられる。一瞬で頭の中が白くなった。慌てて正面のゴードン殿を見れば、なんと彼の目が開いていた。こちらを見つめる目は、困ったように細められている。えっ、どっ、どういう状況なの。
「い、いつから起きていらっしゃったんですか…?」
とりあえずこれだけは確かめねばならない。祈るようにゴードン殿を見上げれば、彼はばつが悪そうに頬を掻いた。
「えーと、実は、クリスがぼくに近付いてきた時から」
「それって最初から起きてたってことですよね!?」
なんだろう、このご都合主義みたいな展開は。全然起きないなとは思ったけど、まさか本気で狸寝入りだとは思わなかった。というかゴードン殿がそんなことをするなんて、誰が想像できただろうか。真剣に彼の体調を心配した私に謝ってほしい。それで責めるような眼差しを向ければ、彼の眉が申し訳なさそうに下がる。
「ごめん、ちょっとした出来心というか…クリスがどんな反応をするのか気になって」
「私の反応ですか?」
「うん、まあ」
そこで少しだけ言いよどむゴードン殿。
「幼いって言われたり、頬をつつかれたり、顔に落書きされそうになったりで散々だったけど…」
「…その、すみません…こちらも出来心で」
今度は私のほうが申し訳なくなった。どれもこれも、どう考えても先輩騎士にとる行動じゃない。ゴードン殿はさぞ悲しかっただろう。ぼくって後輩から一体どんな目で見られているんだ、と。私は寝たフリに騙されるし、ゴードン殿は後輩にひどい態度をとられるしで、本当になんの利益も生まなかったなあ…。
「…なんか、お互いにどっちもどっちって感じだね」
「…そうですね」
本当になんだったんだろう一連の出来事は。ゴードン殿は苦笑をもらすと、よっこいしょと爺くさい掛け声を出して、おもむろに立ち上がった。私はまだ座ったままだったので、ぼんやりと彼を見上げる。ゴードン殿は困ったように笑い、こちらに手を差し出した。
「ぼくでよければ案内するよ、クリス」
「迷ってることもお見通しですか…」
「クリスのことだから、多分そうなんだろうなって」
「まあ…はい…」
なんだかんだいって、ゴードン殿はやっぱり先輩で年上なんだなと思う。私は小さく肩を竦めると、彼の手をとった。
「ところで私にどんな反応を求めていたんですかね」
「あー…ええと、ひみつ」