村正による斬魄刀反乱事件から、数日が経ったある日の午後。
傷が癒えて間もない白哉は、元柳斎に茶の席へと呼び出されていた。
「……傷が癒えたばかりじゃというのに、呼び出してすまんの」
「問題ない」
茶を点てる元柳斎の手元を何気なしに見つめながら、白哉は何てこともないように答えた。
二人の間に穏やかな沈黙が流れる。茶筅の動く子気味いい音だけが、隊首室に響いていた。
「のう、白哉坊」
「……まだ隊務中だが」
「茶の席じゃろう」
「公私混同はいかがなものか」
「すなわち休憩中じゃ」
白哉の言葉をあっさり流し、元柳斎は言い訳にも聞こえる理由を並べた。押し黙った白哉が不愉快そうな顔をしているわけに気づいていながら。
要は、この呼び方が気に食わないだけなのだ。
本人は至って真面目なのだが、この昔から変わらぬ子供っぽい部分が、元柳斎は存外気に入っていた。
「それにの」
「?」
「今は総隊長ではなく、山本元柳斎重國として、おぬしに申さねばならぬことがある」
茶筅の動く音が止んだ。同時に、白哉の視線も元柳斎の手元から、ゆっくりとその皺だらけの顔へ向けられる。
再び訪れた沈黙は、元柳斎の一言によって破られた。
「すまぬ」
突然の謝罪に、白哉は目を丸くして驚いた。
「響河があのように歪んでしまったのは、すべて儂らの責任じゃ。故に、この件は儂らが解決すべきことであった」
「総隊長……」
「おぬしには苦労をかけた上、辛い目に遭わせてしまったのう」
自分たちのせいで白哉が裏切り者として扱われていたことに、元柳斎の胸は締めつけられるようだった。
その性格上、仲間には言い訳も弁解も述べず、ただただ敵であるかのように振る舞い、動いていたのだろう。
今さら何を後悔し嘆いても仕方のないことだが、白哉にこんな役回りを務めさせてしまったことは、やはりやり切れなかった。
「白哉、すまぬ」
名を呼び、もう一度謝罪を繰り返した元柳斎の声は、総隊長としてのそれではなかった。今、元柳斎の目に映る白哉は六番隊隊長ではなく、ただの親友の孫だった。
「これが、私の受け継いだ務めであり、誇り故」
当然のことをしたまでだと、白哉の瞳は語っていた。
ああ、懐かしい。その桔梗色の瞳が、かつてともに戦った親友の瞳を思い起こさせる。己に誰よりも厳格であった彼の。
「銀嶺も、儂と同じ想いじゃろう」
「……そうであろうか」
「うむ」
とても家族を大切にしていた彼を知っているからこそ、はっきりと言えた。
たとえ白哉に響河のことを任せたといっても、己と同じく、彼もまた孫に申し訳なく思っているに違いない。
「さて、白哉坊。話はこれで終いじゃが、まだ時間はある。茶でも呑んでいくがいい」
「遠慮する。私は隊務に……」
「少しくらい付き合わぬか」
先程までの空気はどこへやら、元柳斎は立ち上がろうとする白哉を目で制し、座るように促す。
「私は隊務が残っている」
「儂もじゃ」
「……」
「そう睨むでない。たまにはよかろうて」
もうしばらくの間は、総隊長と六番隊隊長ではなく、昔のような関係で。
「……総隊長」
「おお、いかんの。今は総隊長ではなく、昔のように呼んでもらいたいものじゃ」
珍しく、呆れたように言った白哉に対し、元柳斎はあっけらかんとそうのたまった。これならば、「許さぬ」程度は言ってよかったかもしれない。そんなことを思いつつも、白哉はその場に腰を下ろすのだった。
「四半刻だけだ……元柳斎殿」
もう何十年も聞いていなかった名で呼ばれ、元柳斎は柔和な表情を浮かべた。
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レトロにはまだ早い