父様は甘いものがお好きだ。屋敷で出される食事は、私や爺様が辛めの味付けであるのに対し、父様は甘めの味付けであるらしい。
 なぜだろうか。私は父様の息子だというのに、甘いものがまったく駄目なのだ。爺様も甘いものがお好きではないが、無理なわけではない。私だけ、なぜであろう。
 この疑問を浮竹にぶつけたところ、彼奴は、

『味覚ってのは、必ずしも遺伝するものじゃないからね。それに、成長すると、味覚に変化が起こることもあるらしいよ。ま、白哉君もそのうち食べられるようになるさ』

 と、言っていた。
 しかし、私は知っている。彼奴はそんなことを言いつつも、私に甘味を与えることを止めぬのだと。まあ、無理矢理渡された甘味は、父様に差し上げるからよいのだが。

「おや。こんなところにいたのか、白哉」
「あ、父様! なぜ出歩いていらっしゃるのですか! 今日は一日安静にしているよう、医者から言われたのでしょう!?」
「少し起き上がって歩くくらいなら平気だよ。心配性だなぁ、白哉は」

 羽織を肩にかけて部屋を出てきた父様は、確かに昨日よりも顔色がよくなっていた。昨日、隊舎から帰って来るなり倒れてしまった父様は、今日一日安静を言い渡されていたのだ。
 父様が倒れた姿を見たときは、心臓が止まる思いをしたというのに。当のご本人はカラカラと笑っているのだから、困ったものだ。

「実は昨日、海燕にいいものをもらってね。お前にも分けてやろうと思ったんだ」
「海燕から……」
「あ、その目は疑ってるだろう? 大丈夫、私が保証するよ」

 ついておいで、と自室へ向けて歩き出した父様を、私は慌てて追いかけた。
 父様の部屋は、私の部屋から、そう離れていない場所にある。ちなみに爺様の部屋も、私と父様の部屋からは遠くない。

「実は、もう準備してあるんだ」

 驚いたことに、父様の部屋には、すでにお茶の用意がされていた。……どれほど安静にしているのが退屈だったのだろう。

「あ、父様はきちんと布団に入ってくださいね」
「行儀が悪いよ?」
「特別です」

 困ったように笑う父様を引っ張って布団に入れ、私はその横に腰を下ろした。
 落ち着いたところで盆の上を確認すると、湯呑みがふたつ、そして饅頭らしきものがこれまたふたつ乗っていた。らしきもの、という曖昧な表現をしたのは、盆の上のそれが、饅頭らしからぬ朱色だったからだ。おそらく、海燕からもらったいいものとは、これのことだろう。

「父様」
「ん?」
「海燕からもらったものとは、この饅頭のことですか」
「よくわかったね」
「それは、まあ……朱いですし」
「珍しいだろう。食べてみるといい」

 そうは言われたものの、なかなか手を伸ばす気にはなれない。
 し、仕方なかろう! 朱いのだぞ、饅頭が!
 元より甘味が好きではない上、このように異様な色をしていては、食べる気が起こらぬのも当然だと思う。だが、父様は笑顔で私が食すのを待っている。……ひ、退けぬ!

「い、頂きます」
「どうぞ」

 おそるおそる饅頭を手に取り、半分に割った。中身は、少し赤みがかってはいるものの、普通のあんこのようだ。それはそれで食欲が失せるが。私はそれをさらに半分に割り、ゆっくりと口に運んだ。

「……?」
「どうだい、白哉」
「甘くない……」

 というより、これはむしろ――

「……辛い」

 そう、饅頭が辛いのだ。まあ辛いとは言っても、あんこのほのかな甘味の後に、ピリリとした辛味が舌を刺激する程度だが。これならば、私にも食すことができる。

「これは……?」
「唐辛子饅頭らしい。生地とあんこに、一味唐辛子が練り込んであるそうだ」
「初めて食べました」
「これなら、白哉も平気かな」

 訊かれて私は頷いた。父様は、よかった、と顔をほころばせ、ご自分もひとつお取りになった。……え、お取りに?

「あの……」
「どうした? ……ああ、おかわりなら別にあるから、心配しなくてもいいよ」
「ち、違います! そうではなくて……父様は甘いものがお好きだったのでは?」
「好きだよ」
「なら、この饅頭は……」

 私の言いたいことを察したのか、父様は「ああ、そういうことか」と、頷いてくださった。

「この程度なら、大抵の人は平気だろうね」
「そうですか……」
「もっとも、私はこれより辛くても平気だけれど」
「え……」

 どういうことだ? 父様は、甘いものがお好きなのではなかったのか?

「これより辛いとは、どれくらい?」
「うーん……まあ、白哉の食事の倍以上は余裕かなあ」
「!?」

 私の食事の倍以上!?
 食せなくはないが、それはさすがに私でも気が乗らなかった。
 おかしな顔でもしていたのだろうか。父様は私を見て、クスクスと楽しそうに笑っていらっしゃる。

「結局父様は、甘いものと辛いもの、どちらがお好きなのですか?」

 気になっていた質問をしたところ、父様は饅頭を半分に割りながら答えた。

「どちらも大好きだよ」
「ど、どちらも……?」
「ああ。ちなみに言えば、苦味も酸味も大好きだな」

 なるほど、私にはまるで理解できないが、父様の舌が非常に器用であることだけはわかった。
 浮竹はああ言っていたが、おそらく私の味覚がここまで変化を起こすことはないだろう。

「では、父様の嫌いなものは何ですか?」
「はは、そんなものあるわけないよ」

 笑って言える、父様がかっこいい。
 私もいつか甘味を克服してみせようと、こっそり心に誓うのだった。




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甘味と辛味

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