ルキアが現世から尸魂界へ戻ってきたのは、ちょうど十三番隊が昼休憩のときだった。
 上司である浮竹に簡単な報告を済ませたルキアは、小振りの紙袋を持って義兄と幼馴染みのいる六番隊へ向かう。十三番隊が昼休憩なら、予定に変更か何かがない限り、おそらく六番隊も昼休憩中のはずだ。
 義兄と幼馴染みが隊舎にいることを願って、ルキアは足を速めた。





「お、ルキアじゃねえか! 何だ、戻ってたのかよ!」
「おお、恋次! 久しぶりだな。つい先程戻ってきたのだ」

 六番隊隊舎の門の前で、ルキアはバッタリ恋次と出くわした。その後ろには、六番隊隊士である理吉の姿もある。木刀を持っている様子からして、どうやら二人は昼食を終えたところらしく、今から稽古にでも向かうつもりだったのだろう。

「で、隊長に何か用でもあんのか?」
「いや……用、というほどのことでもない」
「? 何だよ」
「その、兄様にはいつもお世話になっているから、たまにはお土産でも……と」

 頬をほのかに赤く染め、ルキアは恋次から顔をそらした。自分や一護、その他大勢の前では見せない姿を、この幼馴染みは義兄になら簡単に見せる。それが少し悔しくて、恋次は複雑そうな表情を浮かべるが、逆に決して義兄の前では見せない姿を自分たちも知っているのだから、おあいこということにしておこう。そう考え、恋次はひとり頷いた。

「隊長なら、執務室にいると思うぜ」
「そ、そうか」
「じゃ、俺たちは稽古に行って来るからよ。またな、ルキア」

 歩き出した恋次の後ろで、理吉が「さよなら、ルキアさん」と頭を下げた。ルキアは慌てて二人を呼び止める。

「待て、恋次! 理吉殿も!」
「あ?」
「?」

 不思議そうに振り返った二人に、ルキアは「もしよければ、だが」と前置きをしてから、告げる。

「お土産は兄様以外の分もあるのだ。二人も、どうだ?」
「俺たちのことは気にすんなって」
「そうですよ、ルキアさん。朽木隊長と二人きりのチャンスですよ」

 何となくその言い方が気に入らず、恋次は理吉の頭に拳を落とした。「いったあ!」と、左手で頭を押さえてうずくまる理吉を見下ろし、恋次はフンと鼻を鳴らす。

「もとから兄様にだけ差し上げるつもりではなかったのだ。気にしているわけではない」
「……ホントにいいのか?」
「うむ! もちろん理吉殿も」
「いてて……なんか俺まで、すみません」
「じゃ、今日の稽古は明日に回すか」

 その言葉が合図だったかのように、三人は隊舎内へと足を踏み入れた。執務室へ向かう途中、理吉が木刀を置きに行くため二人と別れるが、すぐに追いついてきた。執務室へ着くと、恋次が声をかけて一番に入室する。

「失礼します。隊長、ルキアが現世の土産…………あ」
「どうした、恋次」

 三歩ほど進んだところで、ピタリと恋次の足が止まった。ルキアと理吉は顔を見合わせ、続いて入室する。そして、部屋の中の光景に目を見開いた。

「俺、初めて見たぜ」
「私もだ」
「……俺もです」

 ――あの朽木白哉が、執務室で居眠りをしている姿なんて。

「なんつーか、見ちゃいけねえもんを見た気分だな」
「うわあ……まさか朽木隊長の寝顔を見られる日が来るなんて……俺、想像もしてませんでしたよ」
「俺もだっての」
「しかし、私たちが入室しても気づかれぬとは……よほどお疲れだったのだろう」

 三人は蚊の鳴くような声でヒソヒソと話しながら、そろりそろりと眠る白哉に近づく。もっとよく寝顔を見るためだ。こんな機会は、きっと二度とない。
 三人は白哉を起こさないように、ある程度まで近づくと足を止めた。白哉は両腕を頭の下に敷くようにして寝ており、その形のいい唇からは小さく寝息がこぼれている。思っていた以上に、眠りは深いようだ。

「隊長、寝顔は穏やかっつーか……幼いっつーか……」
「睫毛長いですよね、朽木隊長」
「そうだ、何かかけるものを……」

 ルキアがあたりをきょろきょろと見渡していると、恋次がどこからか毛布を持ってきた。それをルキアに手渡し、小さな声で「かけてやれよ」と、薄く笑う。緊張でわずかに震えながら、そっと義兄の肩に毛布をかけることに成功したルキアは、安心したように微笑んだ。

「……ん……」
「「「!」」」

 直後、白哉が小さく呻いた。三人は驚いて飛び上がりそうになるも、何とか踏みとどまる。

「そ、そろそろ行くか」
「そうですね……」
「……うむ」

 白哉が目を覚ます前に、三人はそっと執務室を後にした。





 それから少しして、白哉の目がゆっくりと開いた。眩しそうに目を細め、上体を起こす。瞬きを繰り返しながら壁にかけてある時計に目をやれば、最後に時計を確認した時刻から優に一刻は過ぎていた。

「……! 私としたことが……」

 まさか執務室で居眠りをしてしまうとは……と、白哉は自己嫌悪に陥った。いくら睡眠が足りていなかったとはいえ、居眠りなど言語道断。こぼれてしまいそうになるため息を飲み込み、額に右手を当てたところで、ずるりと肩から重みが落ちたことに気づいた。

「毛布?」

 落ちた毛布を拾い上げて確認すると、それは六番隊の隊舎に備えられているものだった。
 いったい誰が。いや、誰であろうと同じことだ。自分が執務室で居眠りをしている姿を見られたことに、変わりはない。

「……」

 自業自得なのだが、白哉は誇り(またの名をプライド)がひどく傷つくのを感じた。己の情けなさに打ちひしがれながら毛布を畳み、机の隅に置こうとする。
 そこで、見覚えのない紙袋が白哉の目に入った。訝しげに眉を寄せながらも、白哉は丁寧に袋を開いて中身を覗いた。

「何だ、これは」

 中には、見慣れぬ物がいくつも入っていた。適当にひとつ取り出したそれは、白哉も何度か目にしたことがある飲料水だった。

「確か……“缶じゅうす”だったか」

 開け口の見つからないこれの、飲み方は知らないが。
 しかし、誰のものであるか、白哉には思い当たる節がなかった。
 これが現世の物であることは知っている。誰から誰に対する物かはわからないが、土産なのだろう。ならば、誰かしらが取りに戻ってくるはずだ。
 白哉はそこまで考えると、缶ジュースを紙袋に戻し、さっさと執務を再開した。
 この紙袋が義妹の物であり、自分に向けられた土産であることを白哉が知るのは、それからしばらくしてからのことだった。




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