第9十刃であるアーロニーロ・アルルエリが朽木ルキアと相打った。認識同期により、その情報がすべての破面たちに伝わったとき、ウルキオラはふと市丸ギンが回廊操作をしていたことを思い出した。

 ――それにボク、悲しい話、嫌いやし。

 そう言ったギンの口角が、ひどく楽しげに歪んでいたのはつい先刻のことだ。きっとこの戦いの結末を知って、またあの意地の悪い笑みを浮かべているであろうことは想像に難くない。
 ギンがわざわざ回廊操作などという一手間をかけたのは、おそらく朽木ルキアとアーロニーロを対峙させ戦わせたかったからなのだと、ウルキオラは察している。その理由まではギン本人に尋ねてみない限りさすがに察することはできないのだが、それはウルキオラにとって興味の欠片もないことだった。市丸ギンの意地の悪い暇つぶし、ただその程度のことだ。
 無論、後始末はしなければならない。アーロニーロと相打った死神は、まだ死んでいないのだから。だが己が出向かなくとも、直にこの死神が息絶えるのは目に見えている。全身を刻まれ、槍に体を貫かれたのだ。もしくは他の十刃が、おそらくはゾマリ・ルルーあたりが止めを指しに行くだろう。自分が向かう必要はない。ウルキオラの頭は冷静に結論を出した。しかし、ウルキオラの足は思考に反し、二人が戦っていた宮へと向かっていた。
 興味などない。理由などない。強いて言えば、ほんの少しの戯れだ。冷たくなった仲間をあの女に突き出してやれば、いったいどれほどの絶望に見舞われるのだろうかと。





 ウルキオラが氷に覆われた宮へ辿り着くと、そこには予想通り、まだわずかに息のある一人の死神が意識を失い倒れていた。アーロニーロも大概詰めが甘い。感情の籠らない冷たい目でルキアを見下ろしながら、ウルキオラは静かに刀を抜いた。

「……」

 刹那、振り下ろそうとしていた刀をぴたりと止めた。背後に感じる気配。霊圧は上手く消しているのだろう、まったくと言っていいほど感じない。ウルキオラはすっと刀を下ろし、ゆっくりと体ごと振り返った。
 少しの距離を空けて、悠然と立っている死覇装と白い羽織が目に入った。白い髪飾りと紗がよく目立つ、端正な顔立ちの死神だった。

「隊長格が侵入して来たか」
「十刃……あれと戦ったのは兄か」
「いや」
「……」
「だが、止めを指すのは俺だ」
「――そうか」

 冷たい光を宿した目が、まっすぐにウルキオラを射る。その一瞬、明確な怒りが垣間見えた。それは瞬間的なもので、すぐに見えなくなってしまったが、目の前の死神が憤っていることをウルキオラに知らせるには、じゅうぶんすぎるほどだった。
 どうやらこの死神は、敵を倒しに来たというよりも、地に伏せている死神を助けに来たらしい。侵入者は数名いるようだが、この死神がこの場にやって来たのは偶然ではないということだ。ウルキオラは刀の柄に手をかける死神の様子を眺めながら、なるほど、と納得した。

「朽木ルキアには兄がいると聞いている。貴様だな」
「……くだらぬ。市丸あたりの情報か」
「いや、藍染様からの情報だ」

 予想外の答えだったのか、少しばかり目を丸くする死神を見て、ウルキオラは続けた。

「崩玉を手に入れた経緯を聞いた。朽木ルキアの内にあった崩玉を取り出したあと、市丸様に用済みを殺すよう命じたが、最後にとんだ邪魔が入ったと、そうおっしゃっていた」
「……」
「掟とやらに縛られている家の操り人形のようだった男が、最後の最後に計画外のことをしてくれたと」
「ほう、知らなかったな。破面に愚痴をこぼすほど、奴の癪に触っていたとは」
「言っておくが、塵(ゴミ)の一人や二人生き永らえようが、我々にとっては何の支障もない」
「虚圏に侵入され、同胞を討ち取られていてもか?」
「ああ、まったくない。藍染様は、ご自分の筋書きから外れた貴様が気に食わないだけだ。この女の生死に興味はない」

 白哉とウルキオラは互いから目をそらさず睨み合う。空気が冷たい。
 ふとウルキオラは、妹だというこの女を殺せば、この死神は絶望の淵に突き落とされるのかと、疑問を抱いた。人間も死神も愚かな感情を、心というものを持っている。一見冷静そうに見えるこの死神にも、先ほど明確な怒りが見えた。ならば、あるのだろう。感情が。心が。

「くだらん。妹などという存在がそんなにも大切か」
「……関係ない。私は敵として貴様を斬るだけだ」

 あくまでルキアのためではなく、敵故に刀を向けるのだと白哉は言った。ウルキオラにはそれが本心だとは思えなかったが、本人がそう言うのならば追求する気はなかった。どんな名目であれ、自分は死神に刀を向け、死神は自分に刀を向けるのだから。
 ただわずかに興味がわいた。関係ないと断言した死神が、もし妹を目の前で殺されたならどんな表情を浮かべるのかと。あの女のように涙を流すのか。怒りと憎しみに染まり狂うのか。どちらでもいいが、この表情のない端正な顔が歪むのであれば、それは少し愉快だ。
 ウルキオラはなぜ自分がこのような考えを持っているのか不思議に思ったが、ここへ向かう直前にあの女に会っていたからだろうと納得した。井上織姫という存在から感情を少しずつ得ていることに、ウルキオラはまだ気づいていない。

「貴様は敵だ。しかしそれ以上に、藍染様の筋書きから外れた塵だ。貴様は俺の手で消す」
「破面ごときが大層な口を利く」
「死んで藍染様に詫びろ」

 その前に妹を殺して、貴様を絶望で染めてやる。口には出さず、ウルキオラは心中で呟いた。そして朽木ルキアの亡骸は女のもとへ、朽木ルキアの兄である亡骸は藍染のもとへ運ぶのだ。おそらく二人は正反対の表情を浮かべるだろうと。




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