朝、目が覚めた白哉の隣に、愛する妻の姿はなかった。まだ覚醒していない頭で、いつの間に起きたのだろう、どこへ行ったのだろう、とぼんやり考えながら、ゆっくりと上体を起こす。ここで妻がいなくなっていることに白哉が焦りを見せないのは、緋真がすぐ近くにいることを確信しているからだ。
 緋真の持つ霊圧は、ほぼ零に近いといっていい。この微量の霊圧に気づき、かつ場所を特定するには、非常に高い霊圧感知能力が必要になる。並大抵の死神には不可能だ。しかし、白哉はその並大抵の死神に当てはまらなかった。彼の霊圧感知能力を持ってすれば、緋真の微量な霊圧だろうとすぐに見つけることができる。たとえ目に見えない場所にいようと、緋真のいる場所がわかるのだ。
 しかし、近くにいるのか遠くにいるのかを判断するのは、主に緋真の気配を感じるか否かだった。霊圧感知能力がなくとも、緋真の気配が白哉に居場所を伝える。それは白哉にしかわからない気配であり、それを感じられるのは白哉だけが持つ一種の能力のようなものでもあった。

「緋真」
「あ、白哉様。おはようございます」
「……おはよう。朝から何をしている」

 私の寝ている間に抜け出してまで、と言外に匂わせながら、白哉は部屋の外で空を見上げていた緋真に問うた。

「雨が止んでいたので」
「そういえば……気づかぬうちに止んでいたな」
「はい。昨日はあんなに大雨だったのに、今朝目が覚めると快晴だったものですから、つい」

 昨日の夕方から降り出した雨は桶をひっくり返したような勢いで、朝までに止まぬのではと二人はそろって心配していた。この肌寒い季節に雨が降っては緋真が体調を崩してしまうのでは、と心配したのは白哉。大雨の中、隊舎に出向いて仕事をしなければならない白哉が体調を崩してしまうのでは、と心配したのは緋真。どちらも考えることは同じだった。

「そろそろ部屋に戻った方がいい。外は冷える」
「……すみません、もう少しだけ」
「何かあるのか?」
「虹が、出てるんです」

 緋真が目を細めて見上げる先へ、白哉はすっと視線を動かした。赤から紫までの光の集まりが、白哉の目にも映り込む。純粋に綺麗だと思った。きっと緋真が隣にいるからそう思えたのだ。少し前の自分なら、虹を見たところで何の感想も抱かなかっただろう。
 愛の力はすげえんだぜ、と言っていた昔馴染みの男の腹立たしい得意顔が、白哉の脳裏を一瞬過ぎった。

「虹を見ると、幸せな気持ちになります。見たいときに見ることができないのが残念ですけど……」
「虹は、空気中にある水蒸気に太陽の光が反射すると現れる。雨が上がり、陽が射してきたときに出やすい」
「まあ。知りませんでした」
「……部屋に戻るぞ」

 今度は素直に頷き、緋真は白哉とともに部屋へ戻った。もう少しで朝餉の時間になる。

「今日の朝餉は、いつも以上においしいでしょうね」
「それも虹のおかげか?」
「ふふ、そうです」
「……私は、虹を見るよりも緋真を見ていた方が幸せな気持ちになれるのだが」

 至極当然のことのように白哉は言った。なんという口説き文句だろう。ベタすぎる。だが、白哉に口説き文句などという意識はない。そんなことを意識して言えるほど、器用な男でもキザな男でもないのだ。自分の思ったことを素直に告げただけに過ぎない。
 そんな白哉の言動に、緋真はいつも振り回されっぱなしだった。もちろん今も。だから緋真は同じように、「私だって白哉様を見ていた方が幸せに決まっています」と、赤い顔のまま告げた。なんて幸せな朝だろうか。




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天弓はどこまで続くか

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