※同期設定





 綺麗な手やね。
 ザシュッ……と、鈍い音を立て、虚から斬魄刀を引き抜いたギンは、同じように背後で虚を斬っていた白哉に向けて、そう言った。周囲から完全に虚たちの霊圧が消えたことを確認すると、白哉は斬魄刀を鞘に収め、ギンを振り返った。相変わらずその顔には、真意の読めぬ笑みが張り付いている。

「何が言いたい」
「そのまんまの意味や。ほら、僕と六番隊副隊長さん、同期で同じ副隊長同士やん? せやから、こうして一緒に任務組まれることかてたまにあるし、その度に思うてたんよ」

 確かにギンと白哉は同期であり、同じ副隊長という立場にある。故に組ませやすいのか、ともに任務を遂行することは少なくなかった。もちろん副隊長が組んで出るほどの任務などそう多くはないため、少なくないと言っても、そうそうあるものではないが。
 ギンは、純白の手甲に負けず劣らず白い白哉の手を取り、不躾に眺め回した。

「離せ」
「うん、やっぱり綺麗や」

 不快そうに刻まれた眉間の皺に気づいたからか、ギンは素直にその手を離した。相変わらず、視線は白哉の手へと注がれている。
 白哉には、ギンの言わんとしていることがわからなかった。常に読めない男ではあるが、今日は一段と拍車がかかっているように思う。
 己の手が綺麗などと思ったことは、一度もない。そう賛美する者たちは見た目の話をしているのだろうが、白哉にはどうしても理解できなかった。むしろ、自分の手は汚れている。虚を斬り、時に人をも斬るこの手が、綺麗であるはずがないのだ。それは自分だけでなく、死神なら誰しもに言えることである。

「今、六番隊副隊長さんが考えてること、当てたろか?」
「……」

 楽しそうに口角を上げ、ギンは蛇のような目をいっそう細める。白哉はこの目が嫌いだった。何もかもを見通されているような気がするのだ。

「たぶん六番隊副隊長さんの考えてることと僕の考えてること、おんなじやから」
「ならば、なぜ私の手が綺麗などと戯言を抜かす」
「うーん、何て言うんかなァ。六番隊副隊長さんはちゃうねん」
「何がだ」
「六番隊副隊長さんは僕らみたいに血に濡れても、綺麗なままっていうか、汚れてへんていうか」
「……理解できぬ」

 うん、理解せんでええ。そう言って、クスクス、と、やはり楽しそうにギンは笑った。ようやく彼の視線は白哉の白い手から外れ、瀞霊廷の方向へ向けられた。白哉も同じ方角を見る。

「六番隊副隊長さんは、ずっとそのまんまでおってな」
「兄は先程から……」
「昔も今もこの先も、変わらんと綺麗なままの白哉君でおって」

 遠い過去、まだ互いに幼かった頃の、出会った当初の懐かしい呼び方に、白哉は不意をつかれて目を丸くした。何十年ぶりだろうか、そう呼ばれるのは。そして思い出す。この男と自分が、もうずっと昔からの付き合いだったということに。

「君は、僕や周りの死神とは違う、綺麗なお月さんやねん。虚を斬ろうが人を斬ろうが、その手が汚れることはあらへん。真っ白なまんまや」
「……買い被り過ぎだ。私とて、兄らと変わらぬ」

 ギンは黙って首を振った。
 ギンにとって、白哉は特別だった。汚れを知らない純粋無垢な貴族の少年は、すでに血に濡れていた少年には眩し過ぎた。彼は、あの日から変わらない。醜悪で絶望に満ちた世界を知ってなお、彼自身は世界と相反するかのように純潔を保っている。それが、ギンには眩しくて堪らなかった。
 羨ましいなあ。ギンはこっそり自嘲気味に呟いた。

「……でも、それが白哉君なんやろうね」
「市丸?」
「んー、何でもあらへん! さ、話はこれで終いや。はよ帰りましょ」
「もとはといえば、兄が下らぬ話を始め……っ!? 市丸!」
「ほらほら、そんなトロトロ歩かんと走らな!」

 珍しく慌てた声を出した白哉に気をよくしながら、ギンは勢いよく駆け出した。その右手は、白哉の左手首を掴んでいる。急に腕を掴まれ走り出されては、さすがの白哉も対応が一瞬遅れてしまったようだ。ぐんぐん上がる速度に負けぬよう、普段より大きめの声で制止をかけるが、ギンは聞こえていないフリをしてさらに速度を上げていく。白哉は体制を立て直すと、ギンの手を振り払い、隣に並んだ。

「自分で走れる」
「あら、残念。でもこうやって並んで走ってると、何か昔にやってた鬼ごっこを思い出すわ」
「覚えておらぬ」
「ひどっ! 僕にとってはええ思い出やのに……」
「…………冗談だ」

 そのとき、ふと隣を盗み見たギンの視界に映ったのは、薄く笑う白哉の横顔だった。それがあまりにも綺麗で、思わず足を止めて凝視してしまいそうになる。
 めったに見られない白哉の笑みに、まだまだ世界も捨てたものではないと、そう思う自分は意外と単純なのだろうか。しかし、それも悪くないと思う自分がいて、ギンは少しだけ嬉しそうに笑みをこぼした。




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汚れを知らない君に告ぐ

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