物心ついたときから、私には物欲というものがなかった。それは生まれ育った環境のせいであり、おかげでもある。望まなくとも、何でも手に入る世界に生きていたからだ。
無論、これは幸福なことなのだろう。流魂街に住む者たちに貴族を嫌う者が多いのも、納得のいくことだ。
「で、君は本当に幸せなの?」
斬魄刀とは違う剣を右手に持ち、長身の男は笑って私に問いかけた。
ぽと、ぽと。剣の刃先から、赤い雫が滴り落ちる。奴に斬られた私の血だ。
この男の能力は、非常に厄介なものだった。
「ねぇ、白哉。本当に、幸せだと思ってる?」
男の甘やかすような声が、頭蓋に強く反響する。
止めろ、黙れ。
「幸せだと思うことで、君は――」
「散れ……!」
久方ぶりに声を荒げた。
解号を唱え、一斉に千本桜で奴を襲う。この攻撃に意味がないことはわかっていたが、その声を聞いていたくなかった。
「何だ、そんな顔もできるんだね」
少し苦しそうな今の表情の方が、ポーカーフェイスよりよっぽどいいよ。
そう言って、男は顔を歪めて笑った。ああ、その笑みと声が離れない。
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止まない眩暈