「ぶんかさい?」
「そっ、文化祭」

 一護の口から発せられた聞き慣れぬ単語に、ルキアはポカンと間の抜けた顔をした。

「その文化祭とは、いったい何なのだ?」
「てめえ……学校での説明、全然聞いてなかったろ」

 ハアッ、と面倒臭そうなため息をつきつつも、一護は丁寧かつ省略的に文化祭の説明をルキアにしてやる。
 説明が終わった後の彼女の瞳は、キラキラと輝いていた。

「つまり、学校のお祭りのようなものか!」
「まあ、そうだな」
「面白そうではないか! 一護、私たちのクラスは何をするのだ?」
「えーっと……確かコスプレ喫茶」
「こすぷれ喫茶?」

 またもや聞き慣れぬ単語が飛び出し、ルキアは一護に説明を求める。

「あー……簡単に言えば、いろんなモンに店員が仮装してる喫茶店だ」
「おおっ! 面白そうではないか!」
「……」

 確かに、今の説明では面白そうな喫茶店のイメージがあるだろう。だが、実際に高校生(特に男子陣)の考えるコスプレは、軽くルキアの想像を越えている。
 しかし一護には、それをわざわざ教えてやるつもりはなかった。面倒臭い説明が増えてしまうからだ。

「……まっ、コイツなら楽しんで参加しそうだしな。いいか」
「む、一護。この手紙には保護者へのものもあるようなのだが……」

 学校から配布された“文化祭のお知らせ”というA5の手紙を、ルキアはヒラヒラと揺らした。そのたった一枚の紙を見た瞬間、一護の表情があからさまに歪んだ理由は言うまでもない。

「文化祭は友達とか……保護者とかを学校に呼んでもいいんだよ……」

 ああ、なるほど、とルキアは一護が嫌がっている様子に納得がいった。あの父親が、そんな学校行事に参加しないわけがない。

「……あのクソ親父、今年は絶対に来させねえぞ」

 宣言する一護には悪いが、おそらく無理だとルキアは思った。
 しかし、だ。あの騒がしい性格はともかくとして、家族が進んで自分の学校行事に参加してくれることは、とても素晴らしいことではないか。
 ルキアは一護が羨ましかった。今、彼女の頭に浮かんでいる家族は、たった一人の兄の姿。

「ルキア?」

 一護は、急に黙り込んでしまったルキアを訝しげに見やる。何やら思いを馳せているらしいその表情は、一護にルキアの考えていることをすぐに理解させた。

「呼んでみろよ」
「! ……な、何を……」
「来てほしいんだろ、白哉に」
「っ!」

 ぴくっ、とルキアは肩を揺らす。その様子に口元を緩めた一護は、ピン、とルキアの額を人差し指で弾いた。

「いッ……何をする!」
「そんなふうに悩むんなら、とっとと呼びに行けよ」
「に、兄様はお忙しい方だ……お呼びしても来られぬ」
「わかんねえだろ。一日くらいなら何とかなるかもしんねえじゃねえか」
「だが……」
「ああっ、もう! いいから行ってこい!」
「な、何をする!?」

 自室から無理矢理ルキアを追い出し、バタンッ、とドアを閉める。ルキアは慌ててドアノブをひねるが、ガチャガチャと音が鳴るだけで、ドアを開けることは叶わなかった。ルキアを部屋に入れぬように、きつくドアノブを握っていた一護は、ドア越しに語りかける。

「大丈夫だって。アイツも、お前から誘われたんなら喜ぶぜ」
「……そう、だろうか……」
「ああ。だから、話すだけ話してみろ」
「一護……」
「学校の手紙は、ちゃんと保護者に見せなきゃダメなんだぜ」

 白哉を保護者と呼ぶのは違和感を感じるが。ルキアにとって唯一の家族である兄が保護者に当たるのは、きっと当然のことだろうから。

「わ……わかった。兄様に一度話してみる」
「おう」

 そうして油断していると、ドアが勢いよくぶち開けられた。

「ぐふッ!?」
「お久しぶりだピョーン!」

 入ってきたのは、ルキアの姿をした義魂丸であるチャッピーだった。すでに死神化したルキアの姿はない。

「やっと行きやがったか。ったく、世話のかかる……ぐほッ!」
「うーでーがピョンとなーるー」
「何しやがんだ、てめえ! ちょ、ギャアアアア! 折れるゥ!!」
「ピョーン!」

 少しだけ、一護はルキアを行かせたことを後悔した。





「失礼します。十三番隊、朽木ルキアですが……朽木隊長はご在室でしょうか?」
「入れ」
「失礼します」

 音を立てぬよう、ゆっくりと隊首室の扉を開く。
 中には、普段と変わらず姿勢よく机に向かう義兄の姿があった。

「どうした。現世で何かあったか」

 白哉は書類から顔を上げようとはせずに、ちらり、と視線だけを一瞬ルキアに向けた。

「いえ、実は……お話ししたいことがありまして」
「話したいこと?」
「はい。ですから兄様さえよければ、休憩時間まで外でお待ちしていたいのですが――」
「構わぬ。今話せ」

 そこで初めて、白哉は筆を止めて顔を上げた。久々に見た義妹の顔には、なぜか誰が見てもわかるほどの緊張が表れている。

「ですが、私事になります」
「よい。ちょうど一息つこうかと思っていたところだ」

 トントン、と作成し終わった書類をまとめ、白哉は「二人分の茶を」と、ルキアに命じた。何度か六番隊でも給湯室を利用したことのあるルキアは、言われた通り二人分の茶を持って戻ってくる。
 白哉は執務用の机から長机と長椅子の方へと移動しており、ルキアもそちらに湯呑みを置く。

「どうぞ」
「ああ」

 白哉に座るよう視線でうながされ、ルキアは「失礼します」と、一声かけてから腰を下ろした。

「……話とは」

 茶を一口啜り、白哉は尋ねた。ルキアの膝に置いた手が汗をかいている。緊張、していた。

「これを――」

 手の震えを隠し、ルキアはおずおずと一枚の紙を差し出した。それは現世で一護と話していた、保護者用の文化祭の案内である。手紙を受け取った白哉は、すっとその内容に目を走らせた。

「文化祭?」
「はい。現世で私の通う学校の、小さなお祭りようなものです」
「……」
「この文化祭には友人や家族をお呼びできるらしく、その……もし、兄様さえよろしければ――」

 徐々にか細くなってゆく己の声を自覚しながら、ルキアはおそるおそる義兄を見上げた。白哉は黙って手紙を見つめている。

「で、ですが! 兄様はお忙しいでしょうから、無理にとは――」
「何だ?」

 慌てて加えるルキアの言葉を遮り、白哉は言った。

「お前の組の出し物は何だ?」
「え……あ、“コスプレ喫茶”というものです」
「こすぷれ?」
「はい。一護の話では、店員が仮装して接客を行うそうです」
「なるほど」

 手紙に目を向けたまま、白哉は頷いた。

「一日目は行けぬが、二日目の昼からなら何とかなる」
「!」

 ルキアは大きく目を見開いた。それは、つまり――

「き、来てくださるのですか!?」
「そう言ったつもりだが」

 言葉こそ素っ気ないが、そんなことはいつもと同じ。ルキアは思わず立ち上がり、喜びに震えながら勢いよく頭を下げた。

「あ、ありがとうございます!!」





 ――文化祭二日目当日。

 昨日からそわそわと落ち着きのない様子だったルキアは、今日になってさらに落ち着きをなくしていた。表面上はあまり変わりないのだが、ルキアをよく知る一護たちから見ればその差は歴然。それもそうか、と隣でウサギのコスプレをしたルキアを見ながら、一護は思った。
 あの朽木白哉が高校の文化祭に来るだなんて、いったい誰が予想できただろうか。
 せっせと嬉しそうに働くルキアを眺め、一護は心の内でよかったな、と呟いた。ちなみに、一護は裏方役である。

「朽木さん、お疲れ様! これ差し入れだよ」
「すまぬ、井上。ありがとう」

 教室の隣にある空き教室で休憩を取っていたルキアに、メイドのコスプレをした織姫が「ハイ!」と、紙コップに入ったジュースを手渡す。

「もうお昼だね。そろそろかなぁ、白哉さん」
「う、うむ。どうだろうな」
「白哉さんが来たら、他のお客さんはあたしたちに任せて、朽木さんが接客してあげてね!」
「ああ、ありがとう」

 くすぐったそうな笑みを浮かべるルキアにつられ、織姫もにっこりと笑った。
 と、そこで、一日目に店員役をやっていた女子たちが、きゃあきゃあと騒ぎながらジュースを片手に戻ってきた。一日目に店員役を務めた者は、二日目は自由に他の出し物を見回ってもよいことになっているのだ。

「どーしたの?」

 織姫が不思議そうに首を傾けた。

「あ、あのね! さっき校門の前で、すっごーくかっこいい男の人を見たの!」
「しかも二人!」
「髪の色は変わってたけど、一緒にいた女の人も超キレイだったんだよ!」
「あの三人、何かのモデルみたいだったよね!」
「わかる! なんかオーラ出てたもん!」

 再び騒ぎ出したクラスメイトの話に、ルキアと織姫は顔を見合わせた。

「もしかして、白哉さん?」
「だが、三人とは……」

 顎に手を当て、ルキアが考え込んでいると、教室から黄色い歓声が聞こえてきた。ハッとして空き教室を飛び出す。織姫もそれに続いた。
 慌てて入った教室の中には、クラス中の視線を一身に浴びる見慣れた姿があった。

「兄様……! それに――袖白雪と千本桜!?」

 その声に反応して、三人はルキアの方へ顔を向けた。

「……」
「何だ、その格好は?」
「お似合いですよ、ルキア様!」

 黙って目を丸くする白哉。
 不思議そうにルキアを見やる千本桜。
 両手を合わせて称賛を送る袖白雪。
 コスプレをしたルキアに対する反応は様々であったが、これで確実にこの目立つ三人組とルキアが顔見知りであることがクラス中に知れ渡った。





「兄様、わざわざ現世まで足をお運びくださり、ありがとうございます」
「構わぬ」
「まさか袖白雪や千本桜まで来てくれるとは思わなかったぞ」
「面白そうだったからな」
「ルキア様の現世生活ですから、気になってしまって……」

 教室の窓際に設置された席に腰掛ける四人は、周りから見ると明らかに場違いだった。事実、庶民の中に混じった位の高い貴族なのだから仕方ない。
 クラスメイトや客の視線がチラチラとこちらに向けられているが、もちろん四人が気にすることはなかった。人の視線を浴びることに慣れているからだ。

「……しかし、“こすぷれ”とやらは変わっているな」
「確かに。仮装といえば仮装のようだが、少々違和感を感じる」

 白哉と千本桜がルキアを見つめ、次いであたりを見渡した。女子の仮装は、露出の多い服装やヒラヒラとしたものが多いように見える。
 二人と視線が偶然合った女子たちは、店員も客も同じように歓声をあげた。ルキアと袖白雪は少し不服そうな顔をする。

「お前のそのうさぎの着ぐるみと被り物はどうした」
「これは他のクラスメイトから借りた物です」

 もちろんルキアがリクエストしたわけではない。うさぎは好きだし、他のコスプレよりは気に入っているが、これは一護からのアドバイスだった。
 いわく、「兄貴が妹のゴスロリ姿やセーラー服姿なんか見て、黙ってられるわけねえだろ」だ。
 ゴスロリやセーラー服がいまいちわからなかったのだが、みなが着用している姿を見て、一護の言いたいことも理解できた。自分は兄という立場ではないが、もしも妹がいたならば、あのような格好にさせた奴を引きずり出したいと思う。一護もそうなのだろう。
 ならば兄様もそのようなことを思ってくださるのだろうか、とルキアは少し気になりもした。一護に話せば、「当たり前だろ。白哉なら斬っちまうかもな」と、笑えない返事が返ってきたものだ。

「ルキア、この文化祭とやらはいつ頃終わる?」
「え? あ、確か六時過ぎあたりだったかと……」
「その後は、空いているのか」
「後片付けが少しありますが」
「では、その後にこちらで食事でもどうだ」
「!」

 ルキアの用意した烏龍茶を一口飲み、白哉はそっと義妹に目を向けた。大きく見開かれた目には、驚きと喜びが半分ずつ映っている。

「こちらの空気はあまり合わぬが、現世で食事というのも、たまにはよいだろう」
「よ、よいのですか?」
「構わぬ、仕事はすべて終わらせて来た。……ただ、私はこの町を詳しく知らぬ。内容はお前に任せるが、よいか」
「は、はいっ! お任せください!」

 その声が猫を被ったルキアの声の倍近い大きさだったため、クラスメイトたちは驚いたように四人を見た。集めていた視線がさらに多くなる。ルキアは慌てて咳払いをした。

「俺は尸魂界にはないものを食してみたい」
「私もです」
「むぅ……難しいな」

 現世にはあって尸魂界にないものはたくさんある。選択肢が多すぎて、何がよいのかルキアは頭を悩ませた。三人が喜んでくれるものは何だろうか。

「まだ時間はある。ゆっくりと考えればよい」

 ちらり、と窓の外に目をやり、白哉は何となく校庭を見下ろした。
 霊術院もこの現世の学院に似た造りだっただろうか、と一度も通ったことのない場所を思い浮かべる。何度か訪れたことはあるが、それも両手で数えられる程度であり、記憶が曖昧になっているのも致し方なかった。ルキアを見つけたのも、そこでだった。

「……ルキア」
「? はい」

 白哉は外から視線を戻した。窓の外を眺めていた義兄を不思議に思いながら、ルキアは声を落として返事をする。

「私たちはそろそろ行く。また迎えに来る故、すべて終えた後に門の前で待っていろ」
「はい。……兄様たちはそれまでどうなさるのですか?」

 教室の時計を確認すれば、まだ文化祭が終わるまでかなりの時間があった。

「現世観光しかないだろう」
「私も賛成です」

 白哉が何か言う前に、千本桜と袖白雪が答える。二人は瞳をキラキラと輝かせていた。

「主!」
「白哉様!」
「……好きにしろ」

 許可をもらった二人は、声をあげずに喜んだ。それから三人は席を立ち、教室の外へと向かう。
 途中、出口とは反対側のドアから一護が入り、白哉と視線を交えたが、二人は互いに何も言わなかった。ただ、一護は唇だけを動かして伝えた。

 ――ま た 来 い よ 。

 もちろん白哉がそれに返すことはなかった。
 三人を見送るため、ともに教室を出たルキアは、校門前でもう一度礼を言う。

「お忙しい中、本当にありがとうございました」
「いや、なかなか面白かった」
「ルキア様の現世生活も見ることができましたし」
「楽しかったぞ」

 ルキアは嬉しそうに笑った。
 三人の背中が見えなくなると、再び教室へ向かう。きっとクラスメイトたちから質問攻めにされるに違いない、と苦笑しながら、ルキアはどこで食事をしようかと考えるのだった。




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