「――でよ、隊長の千本桜を初めて見た新入隊士の奴ら、みんなそろって目を丸くするんだぜ」
「兄様の千本桜は強くお美しいからな。あの斬魄刀を初めて見たときは、私も言葉が出なかったものだ」
ふふっ、と笑うルキアを、隣に座る恋次は、団子を頬張りながら優しい目で見下ろした。
昼休み前に八番隊隊舎の前で偶然にも鉢合わせた二人は、せっかくだから久々に話でもしようと、昼休みを使って甘味処へ来ていた。
「……うめえ」
「うむ、やはりここの団子は格別だな」
「バーカ、団子だけじゃねえよ」
「?」
「何でもねえ。気にすんな」
緩く口元に弧を描く恋次を見て、ルキアは首を傾けた。
(……そんなふうに、笑えるようになったんだな)
曇りのないルキアの笑顔は、何十年も前に見た幼い頃の笑顔とまったく変わっていなかった。あれからいろいろとあったけれど、ルキアに笑顔が戻って本当によかったと思う。
「ああ、そろそろ昼休みが終わるな。恋次、支払いは頼んだぞ」
「俺は奢るなんて一言も言ってねえ!」
「む、ケチ臭い奴め。副隊長なのだから、それくらいは払うのが当然であろう」
フフン、と不敵な笑みを浮かべるルキアに、じゃあ大貴族のお前はどうなんだよ、と恋次は内心で毒づく。だが、今日の恋次は機嫌がよかった。ルキアと久々に話ができたし、彼女の曇りない笑顔を見ることもできたのだから。
「ったく、しゃあねえな。今日は特別に阿散井副隊長様が奢ってやる。ありがたく思えよ」
「おお! どうしたのだ、気前がよいではないか」
「自分から言い出したんだろ。その代わり、次はお前が奢れよな」
「うむ、礼を言うぞ恋次!」
最後の一つだった団子を口に運び、ルキアは恋次に礼を述べた。
「じゃ、俺はこっちだからよ。またな、ルキア」
「あ……れ、恋次!」
「ん?」
去り際、ルキアが慌てて恋次を呼び止めた。背を向けていた恋次は振り返り、不思議そうに幼馴染みを見やる。
「あー……その……」
「?」
自分に対してはいつも堂々と偉そうな態度のルキアが、なぜか戸惑うように口を開閉している。その様子に違和感を抱きながら、恋次は「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」と、なるべく優しく先をうながした。
それから少しすると、ルキアは思い切ったように顔を上げ、ようやく口を開く。
「こ、今晩なのだが……お前さえよければ、ともに食事でもどうだろうか」
「ま、マジか!?」
頬をうっすらと赤く染めたルキアは、ゆっくりと頷いた。
(よっしゃあ!!)
恋次はルキアに見えないよう、こっそりと拳を握りしめる。
まさかルキアから食事に誘われるとは、夢にも思っていなかった。先程までの戸惑う様子も、すべて自分を誘うための恥じらいからきていたのだと考えれば、思わず頬が緩んでしまう。
「どうだろうか?」
「いいに決まってるじゃねえか!」
「ほ、本当か!?」
間髪を容れずに返ってきた返事を聞いて、ルキアは顔を輝かせた。
「あったりまえだろ。で、店はどこにする?」
「ああ、それなら朽木の屋敷へ来るといい」
「は!?」
朽木の屋敷とは、つまりルキアが生活しているあの屋敷のことだろうか。ということは、ルキアの義兄であり自分の上司でもあるその屋敷の当主、朽木白哉もいるということだろうか。
(それじゃあ気が休まらねえよ!)
恋次はうなだれた。
食事の誘いは非常に嬉しかったのだが、素直に喜べない。場所が場所だからである。
「なぁ、ルキア。せっかくだからどっか食いに行かねえか?」
「なぜだ? 朽木家の料理は、そんじょそこらの店とは比べものにならぬくらいうまいぞ」
「いや、それはわかってるけどよ……」
恋次の胸の内などまったく理解していないルキアは、不思議そうに目を瞬かせている。
仕方ない。恋次は朽木邸で食事をすることに決めた。
(さ、さすが朽木家……!)
ズラリと眼前に並べられた料理の数々を目にし、恋次は開いた口を閉じられなかった。
ひとつひとつの量はあまり多くないのだが、その品数は食堂の定食の倍以上は軽くある。どれも食べるのがもったいないくらい綺麗に盛りつけられ、食事は目で楽しむという言葉を、恋次は初めて理解できた。それほど美しい料理ばかりなのである。
「何を呆けておる。食してよいのだぞ」
「お、おう! んじゃあ、いただきます」
まず一口。
「うっめえ!」
「ふふ、朽木家の料理人が作っているのだ。当然であろう」
得意気に笑うルキアに頷き、恋次は順に箸を伸ばしていく。どれも食べたことのない、素晴らしい味だった。
やっぱりここへ来てよかったかもしれないと、恋次は現金なことを思った。
「それで恋次、本題なのだが……」
「本題?」
「うむ。お前を食事に誘った本題だ」
「げほッ!」
ルキアの爆弾発言に恋次はむせた。
「おっ、お前は俺と飯を食いたくて誘ったんじゃなかったのかよ!?」
「いつ誰がそのようなことを申した?」
ルキアの悪意ない表情が余計にいたたまれなくなる。恋次のテンションは一気に谷底へと落ちた。
「何なんだよ、ちくしょう……」
「どうした?」
「……何でもねえ。それより、本題って何だ」
まとうオーラやテンションが先程までとはあからさまに違うのだが、ルキアは気づいていないのかそのまま続けた。
「その……昼間に話していた兄様のことなのだが」
「隊長の?」
「うむ。お前は昼間、兄様の隊長としての姿を話してくれただろう?」
「ああ、そういや話したな」
「それで、その続きが訊きたいのだ」
「続きィ?」
「だから! 兄様の隊長としての姿をもっと訊きたいと言っているのだ!」
顔を赤らめて声をあげるルキアに、恋次はようやくすべての合点がいった。つまり初めから食事は二の次で、ルキアは自分に義兄の仕事中の姿を話してほしかったのだ。
(ウソだろ……)
あれだけはしゃいでいた自分が哀れになると同時に、ルキアを恨めしく思った。何もあんな期待させるような言い方をしなくたってよかったんじゃないか。偶然にも、白哉は本日残業で帰りが遅くなると聞いて喜んでいたのに。この部屋もルキアが人払いをしてくれたのか、二人きりだったというのに。
恋次は大きくため息をついた。
「わぁーったよ。話してやる。何が訊きてえんだ?」
「れ、礼を言うぞ、恋次!」
瞳をキラキラと輝かせているルキアが眩しくて、今彼女を輝かせているのがつい最近まで擦れ違っていた兄貴だと思えば、複雑だがやはり自分も嬉しかった。
恋次は苦笑しながら口を開く。
「そーだな、じゃあ昼間の――」
そう続けようとしたときだ。部屋の襖が静かに開けられた。
「「!」」
「……なぜ、恋次がここにいる」
二人が目を丸くして見つめる先には、話の当事者である朽木白哉が立っていた。
「に、兄様! お帰りなさいませ!」
「お邪魔してます、朽木隊長!」
「私は、なぜ貴様がここにいるのかと訊いている」
佇まいを慌てて正す恋次を見下ろし、白哉は冷たく言う。
「あ、いや……」
「兄様、恋次は私が呼んだのです」
「ルキアが?」
「はい。少し恋次に訊きたいことがあったので、こうして食事に誘ったのです」
「……訊きたいこと?」
ルキアと恋次を交互に見やり、白哉は訝しげに眉を顰めた。
「それは、その……」
「ルキアは“兄様”じゃなくて“隊長”の朽木白哉の話が訊きたかったんスよ」
「れ、恋次!」
顔を真っ赤にして身を乗り出すルキアを知らんぷりしながら、恋次は続けた。
「ルキアは、自分の知らねえ隊長の姿が知りたかったんス」
「……」
白哉は目を軽く見開いてルキアを見下ろす。真っ赤な顔を見られたくないのか、ルキアはうつむいたままだった。
「……恋次」
「はい」
「もうしばし、ここにいろ」
「?」
「せっかくだ、私も食事をここでとろう」
そう言って、白哉は外で控えていた清家に自分の食事を用意するよう命じる。外から「御意」と、小さく返ってきた返事を聞きながら、二人は白哉の意図が掴めずに悩んだ。
ものの数分で用意された料理は、ルキアと恋次の前に並べられたものとまったく同じものだった。
本来ならば当主である白哉は、二人よりもさらに豪勢な食事をとることが普通である。しかし、おそらく彼自身が、「そのような配慮はいらぬ」とでも常より言ってあるのだろう。恋次は、白哉のそういった部分を好ましく思っている。
「恋次」
「は、はい!」
ゆっくり腰を下ろすと、白哉は箸を手に取って恋次に顔を向ける。すでに死覇装から着流しに着替えていた白哉は、牽星箝も取り外していた。珍しいその姿に、恋次は少しばかり目を丸くする。
「私も話が訊きたい」
「え?」
「お前は、ルキアとともに幼少時代を過ごしたのであろう。その頃の話が訊きたい」
白哉の言葉に驚いたのは恋次だけでなく、ルキアも同じだった。
「兄様?」
「……お前だけではない。私も、私の知らぬルキアを知りたいと思っている」
瞼を伏せて、自分をまっすぐに見つめるルキアとは決して視線を合わせようとはしなかったが、確かに白哉はそう言った。その様子が彼らしく、恋次はこっそりと口角を上げる。ルキアは顔を赤らめたまま、今日一番の笑みを浮かべた。
「はい、兄様!」
そう、そこまではよかったのだ。そこからが大変だった。
二人が同時に互いのことを訊きたがるものだから、恋次は二人の話を同時にしてやらなければならなかったのだ。
隊長である白哉の話をルキアにしつつ、幼少時代のルキアの話を白哉にする。なかなか大変な作業だ。しかも互いがその場にいるため、あまり余計なことを口走ってはいけない。
ついルキアの面白おかしい話を白哉にしようとすれば、「貴様、兄様に余計なことを申すな!」とルキアに殴られる。逆に白哉の天然たっぷりな話をルキアにしようとすれば、「黙れ」と白哉に刀をちらつかせられる。
「はぁーっ、疲れた……」
朽木邸からの帰り道。夜道を一人進んでいた恋次は、ぐっ、と伸びをした。冷たい空気が肌を撫でるが、今はそれが気持ちいい。
「まっ、いい時間にはなったよな」
ふっ、と笑いをこぼして、恋次は呟いた。あの兄妹には振り回されっぱなしだが、放っておけない自分がいるのだから仕方ない。
兄の方も妹の方も、どちらも自分にとっては大切な人なのだ。
「さーて、ルキアには何を奢ってもらうとすっかな」
昼間に交わした約束を思い出し、恋次は目を細めるのだった。
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音をたてた幸福/真理様リクエスト