「戻ったぞ、喜助!」
「お帰んなさい、夜一サン。遅かったっスね」

 ガラガラ、と商店の戸を開けて人の姿をした夜一が戻ってきたのは、正午を回って半刻が過ぎた頃だった。

「うむ、砕蜂に見つかってしまっての」
「相変わらず慕われてますねぇ」

 先程まで、夜一は私用で尸魂界に赴いていた。そこで偶然にも砕蜂に見つかってしまい、帰りが少々遅れてしまったのだ。
 浦原は小さく苦笑し、記憶にある少女の顔を思い出した。

「……はは、懐かしいっス」

 帽子を深く被り直し、浦原は呟く。

「馬鹿者が、何を感傷に浸っておるのじゃ。今日は土産も持ち帰ったというのに」
「……お土産、ですか?」
「うむ!」

 ニヤリ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべた夜一は、商店の外から何かをぐいっ、と引っ張り入れる。
 その姿を見た浦原は呆然とした。夜一の言うお土産は、“物”ではなく“者”だったのだ。

「四楓院夜一……貴様、このような真似をしてただで済むと思うな」
「カッカッカッ! 言うようになったのう、白哉坊」

 そこには、両腕を縄で縛られた朽木白哉の姿があった。おそらくその縄は、以前自分が開発した霊圧を封じ込める特殊なものだったはず。知らぬ間に拝借されていたらしい。

「あー……えっと、白哉サン?」

 一応名を呼んで確かめれば、ギロリと睨み返された。

「浦原喜助……どういうつもりだ」
「いやいや、僕じゃないですって! ぜーんぶ夜一サンが一人でしたことっス!」
「む、何じゃ。おぬしは儂のせいにするのか」
「……さっさと縄を解け」

 シュルリ、とようやく縄を解かれて自由になったはいいが、あれやこれやと言う間に、白哉は奥の部屋へと強引に連れられてしまった。さすがの白哉も、夜一と浦原の二人から逃げることは敵わない。

「いやぁ、でもホント久しぶりっスねぇ」
「……私は兄らのように暇ではない。早々に帰らせてもらう」
「まあまあ、そんなこと言わずに。少しくらいなら平気でしょう?」
「生憎だが……」
「儂らも久々におぬしとこうして話せるのが嬉しいのじゃ。少しくらい付き合わぬか」
「……」

 昔と変わらぬ二人の笑顔が、白哉の心を揺らした。

「……夕刻には帰る」

 すっ、と目をそらした白哉に、夜一と浦原は顔を見合わせて笑った。





「ほれほれ、もっと飲まぬか白哉坊!」
「そうっスよ〜! 白哉サンたら、さっきからお茶ばっかりじゃないですか」
「まだ仕事が残っている」
「何じゃ、ノリが悪いのう。いいから飲め!」
「っ!」

 夜一に無理矢理酒を流し込まれ、白哉は思わず嚥下した。二人が飲んでいた酒は予想以上のもので、カッと喉が焼けるような錯覚を起こす。

「っ、きつすぎるっ……」
「このくらいの酒で何を言うておる」
「そういえば白哉サン、あんまり強くなかったですもんね」
「わかっているなら飲ませるな……」

 顔を歪めたまま、白哉は残っていた茶を飲み干した。この二人が酒豪だったということを、今さらながらに思い出す。

「昔は京楽たちも一緒になって、よくおぬしに酒を飲ませたものじゃ」
「すぐ真っ赤になってましたよねぇ」
「儂らも、まさかお猪口一杯で駄目だとは思いもせんかったからのう」
「……貴様らの飲む酒が強すぎるのだ」
「僕らは浮竹サンや銀嶺サンに怒られちゃうし」
「おお、そうじゃったな!」
「……ふん」

 まだ尸魂界にいた頃の毎日は、強く二人の中に残っていた。
 それは白哉も同じだ。口には出さなくても、その懐かしい日々は今も思い出となって胸の奥にしまわれている。

「……懐かしいっスね」

 それは、つい昨日の出来事のように思えると同時に、何百年も前のことのようにも思えた。

「あれから、いろいろとありました」

 帽子を脱ぎ、浦原が目を細めながら言う。

「そうじゃのう」
「それに、いろいろと変わった」
「……そうじゃの」
 
 そっと二人は白哉を見やった。
 その眉間には深い皺が刻まれている。まるで何かに堪えているような、そんな表情だった。

「もし僕らが尸魂界を永久追放されていなかったら、白哉サンと一緒に隊長をしていたかもしれませんね」
「いや、もしかすると儂らの副官だったかもしれぬぞ」
「ああ、それもあり――」
「勝手なことを」

 浦原の言葉を、普段よりもいささか強い口調で白哉は遮った。二人は軽く目を見開く。

「勝手なことを、言うな」

 少しばかりうつむきがちに言葉を紡ぐ白哉は、二人と目を合わせようとはしなかった。

「私ではない。黙って消えてしまったのは、貴様らだ」

 初めて白哉が口にする、二人への本心。

「貴様らが、先にいなくなってしまったのだ」
「白哉坊……」
「何も告げることができぬまま、貴様らは消えてしまったではないかっ……」

 独り言のように白哉の声は小さく、そしてわずかに震えていた。
 夜一と浦原は、黙って白哉を見つめる。

「何を、僕らに告げようと……?」

 浦原に問われ、白哉はさらに眉間へと皺を寄せる。小さく息を吸い込み、こぼした。

「――礼を」

 それは、あの日に告げられなかった想い。たった一言、伝えたかった言葉。

「ありがとう、と」

 百年以上の時が過ぎてようやく告げられた言葉は、何よりも夜一と浦原の胸を激しく打った。生意気で意地っ張りで素直になれない昔と変わらぬ白哉からの、初めての言葉だった。

「すまぬ、白哉坊」

 優しく、夜一は白哉を抱きしめた。懐かしい花の香りがする。
 夜一からの抱擁に、初めて白哉は抵抗しなかった。

「ごめんなさい、白哉サン」

 眉を下げて、昔の頼りない笑顔を浦原は見せる。
 しかし、白哉の頭を撫でようとしたところで、夜一はふと違和感を感じた。

「白哉坊……?」

 そっと顔を覗き込んで見ると、長い睫毛が伏せられた瞼に影を落としていた。耳をすませば、小さく寝息も聞こえる。

「もしかして……」
「うむ、寝ておるな」

 よくよく見れば、その透き通るような白い頬には、うっすらと赤が差していた。

「まさか、酔ってたんですかね……?」
「じゃろうな」

 ほとんど飲んでなかったのに……と浦原は驚くが、二人の飲んでいた酒は相当きついものである。酒に弱い白哉が酔ってしまうのは、致し方ないことだった。

「先程の言葉も、すべて酔いの勢いじゃろう」
「みたいですね。平生の白哉サンからは、とても聞けそうにない言葉でしたから」

 浦原は布団を敷き、隊長羽織を脱がし紗を外して、その上に白哉を寝かせた。
 穏やかな寝顔はどこか幼く、昔の白哉を思い起こさせる。

「くく、起きたときの坊の反応が楽しみじゃ」
「覚えてますかねぇ」

 パチンパチン、と順に牽星箝も外してやり、さらりと流れた黒髪を夜一は撫でた。

「……一言だけでも、告げてやるべきだったかの」
「わかりません。……でも、変わらないものもありましたね」
「うむ。たまにはまた遊びに行ってやらねばな!」

 二人は眠る白哉の頭を撫でて、柔らかく微笑んだ。
 空は橙色に染まりつつあるが、きっと白哉は目覚めないだろう。彼が尸魂界に戻るのは、もう少し遅くなりそうだ。




──────────
変わった立場と変わらぬ立場/青様リクエスト

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -