何ともタイミングの悪いときに来たものじゃ。部屋に入り、小さな寝息を立てている坊を見てため息をついた。
 一刻ほど前、ちょっとした用事で尸魂界を訪れた儂の耳に、白哉坊が入院しておるという噂が入ってきた。入院と聞いて、また怪我でもしたのかと少し心配になったが、四番隊へ顔を出せばどうということはない、ただの風邪だと教えてもらった。風邪で入院とは大袈裟な、と最初は思ったが、どうせ坊のこと、また限界ギリギリまで仕事をしていて倒れたに違いないと予想を立てる。卯ノ花に確認してみれば案の定じゃった。
 まったく、本当に何ひとつ変わらない。そもそも始めに、怪我をしたのでは、と心配になったのも、昔から顔に似合わず、よく無茶をする坊の性格を理解していたからに他ならない。
 馬鹿者め、と呆れ気味に呟けば、「さすが、よくご存知で」と卯ノ花がにっこり笑った。その背後に黒い影が見えたのは、気のせいではないじゃろう。

「寝顔なんぞ見ていてもつまらぬではないか」

 此奴が起きているときに、弄ってからかって遊ぶのが楽しいというのに。
 ふにふにと頬を突つくが、目覚める様子はない。薬や疲労のせいでもあるじゃろうが、気を許していない相手にここまで無防備になる坊ではないことを知っているから、自分がそばにいても眠り続けていることは嬉しい。これがもし儂らのような昔馴染みでなければ、誰かが部屋に入ってきた時点で坊は目を覚ましていたじゃろう。
 部屋に置いてある椅子に腰掛け、懐かしい寝顔を眺める。普段は生意気で難しい顔をしている坊も、昔から寝顔だけは非常に幼いものじゃった。眉間に皺がないからか、牽星箝を外しているからか。もしくは、寝ているときの坊には、六番隊隊長と朽木家当主としての顔がないからか。
 ん、と小さく呻いたかと思うと、少し苦しそうに坊の寝顔が歪んだ。夢でも見ているのじゃろうか。熱があるときは、悪夢を見やすいと聞く。ただ坊の場合は、悪夢というより過去の夢を見ているのかもしれぬ。
 母が亡くなったときのこと、父が亡くなったときのこと。自分と浦原が何も告げず、尸魂界からいなくなったときのこと。祖父が亡くなったときのこと。朽木家当主の座を継いだときのこと。妻が亡くなったときのこと。妹を養子に迎え入れたときのこと。海燕が死んだときのこと。妹の極刑が決定したときのこと。
 まだまだ心当たりはあるが、挙げだせばきりがない。それだけ坊は、幼い頃から多くのことを見て、経験してきた。そしてそのほとんどが、早すぎた。
 そっと手拭いで額を拭いてやり、頭を撫でた。ほんの少しだけ表情が和らいだ気がしたのは、儂の見間違いじゃろう。

「よるいち……?」
「すまん、起こしてしもうたか」

 うっすらと瞼を上げた坊は、まだ少しぼんやりした表情のまま儂を見上げた。起き抜けじゃからか、舌足らずに儂の名を呼ぶ坊は、この上なく愛しかった。

「なぜここにいる?」
「用があってこちらを訪れたら、おぬしが入院しているという噂を聞いての。どうじゃ、気分は」
「問題ない。もう少ししたら執務室に戻る」
「……阿呆か、おぬし」

 呆れた。まだ熱も下がりきっていないというのに、何を言い出すのじゃ、此奴は。
 起き上がろうとする坊を寝台に無理矢理寝かせると、不機嫌そうな顔が儂を睨み上げてきた。一般隊士たちからすれば恐ろしいであろうこの表情も、儂からすれば可愛いものじゃ。聞き分けのない坊やが拗ねているようにしか見えぬのだから。

「今日でまだ二日目じゃろう。最低でも明後日までは入院じゃと聞いたが」
「……うるさい」

 思っていたよりも容態は悪いらしい。いつもなら何か言い返してくる坊が、珍しくその一言だけで終わらせた。卯ノ花からは、なかなか高熱も引かないと聞いている。これでは入院も致し方ないじゃろう。そんな状態で「問題ない」と言い切った坊には頭が痛くなる。

「たまにはゆっくり休め、白哉坊」
「……休んでいる暇などない」

 はっ、と少し苦しそうに息を吐き、坊は小さくそう言った。

「馬鹿者。休まずに無理をして倒れたのでは、本末転倒じゃろう」
「……」
「あまり心配させてくれるな」
「心配……したのか」
「何を今さら。今回に限らず、おぬしのことは常に心配しておる」
「……そうか」

 ゆっくり瞼を伏せた坊を見て、目を丸くした。いくら風邪のせいとはいえ、今日は驚くくらい素直というか大人しい。てっきり「心配など不要だ」だとか「子供扱いするな」と返されると思っていたのに。これはこれで悪くないが、少しばかり調子が狂う。

「夜一」
「何じゃ?」
「……すまぬ」

 いったい何に対する謝罪なのか。儂には、これだ、と確信を持てる答えが見つからなかった。ただ普段は聞けぬ発言には、やはり調子が狂ってしまう。
 しかし熱が下がれば、また生意気で意地っ張りで強気な坊が現れるじゃろう。そんな坊が可愛くて愛しいのだから、早くよくなってもらわねば困る。
 その想いを込めて、再び寝息を立て始めた坊の頭を、優しく優しく撫で続けた。





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綴じた瞼に春がくるまで/青様リクエスト

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