「ルキア殿に相談がある」

 いつになく真剣な口調で千本桜に迫られ、ルキアは目を瞬かせた。

「私に相談?」
「うむ」
「兄様や袖白雪ではなく?」
「ああ」

 即答で返してくるあたり、どうやら本当に自分への相談らしい。どうして義兄や袖白雪ではなく自分に、とルキアは不思議に思った。

「何なのだ、その相談とは?」
「白哉と袖白雪のことでな……」

 なるほど、相談内容が二人に関わることならば、当人たちに相談するわけにはいかないだろう。ルキアは頷いた。

「兄様と袖白雪がどうした? まさかとは思うが……喧嘩でもしたのか?」
「そうではない。むしろ逆だ」
「?」
「あの二人に、何か料理を作ってやりたい」

 告げられた内容に、ルキアは絶句した。

「せ、千本桜がか……?」
「他に誰がいる」

 当然だろう、と千本桜は腕を組む。
 残念ながら、ルキアには千本桜が料理をしている姿がまったく想像できなかった。イメージ的にもビジュアル的にも合わない。面頬を外したあの端正な素顔ならまだイメージもしやすいが、それでも千本桜が包丁を握っている姿を想像するのは難しい。まず第一に、料理などできるのだろうか。

「お前は料理をしたことがあるのか?」
「ない」

 キッパリと、なぜか妙に誇らしげな態度で言われた。

「ならば、なぜ二人に料理を作ってやりたいなどとわけのわからぬことを言い出すのだ……」

 呆れたようにため息をついたルキアは、ジトッと眼前の相手を見上げた。その視線に悪びれるでもなく、千本桜は言う。

「最近、また白哉が食事をとらずにいるようでな……。袖白雪も“だいえっと”なるものを始めて、食事を極端に制限するようになってしまったのだ」
「なっ……初耳だぞ!」
「二人とも、ルキア殿には心配をかけぬよう気をつけているからな」

 さらっと最近の二人の食事事情を聞かされ、ルキアは唸った。自分の知らぬところで、また義兄が忙しさにかまけて食事を怠っていることや、己の斬魄刀がダイエットを始めていることなど、どれも寝耳に水である。

「まったく知らなかった……」
「隠されていたのだ。仕方ない」
「千本桜、お前は知っていたのか?」
「まあ……」

 言葉を濁し、少し気まずそうに顔をそらす千本桜を見て、すべて知っていたことを確信する。

「なぜ教えてくれなかったのだ!」
「白哉と袖白雪が隠していることを俺が言えるか!」
「二人に怒られるのが恐かったのだろう!」
「ち、違う! 俺は二人の意思を汲んだのだ!」

 やいやいと言い争う二人は、はたから見ればまるで本当の兄妹のようだ。
 ルキアは、千本桜が知っていて自分が知らなかった事実に腹を立てていた。敬愛する義兄と魂の片割れに関することだから、余計にだ。
 千本桜にとっても、白哉と袖白雪が特別な存在であることはルキアとて理解している。したがって、これ以上千本桜を責めるつもりはない。

「兄様はいつものことだとして……なぜ袖白雪は急にダイエットなど始めたのだろうか」
「……」
「そのようなことをする必要など、彼奴にはまったくないというのに……」
「……」
「千本桜もそう思う……千本桜?」
「! そ、そうだな! その通りだ!」

 何やらおかしい。どこか挙動不審な千本桜を、ルキアは訝しげに睨んだ。

「何か心当たりでもあるのか」
「! な、ないぞ! 全然、まったく、少しもな!」
「……貴様、嘘をつくならもう少し上手くつけ」

 一時期はすべての斬魄刀と死神を騙すほどの役者振りを発揮していたというのに、どうしてこれくらいのことを嘘にできないのか。ルキアは理解に苦しんだ。だが、今はそんなことよりも、先に事情を話してもらわなければならない。

「知っていることはすべて話せ」
「……大したことではない。ただ一度だけ、甘いものを食べすぎると五形頭のようになるぞ、と袖白雪に言っただけだ」
「そんなことを言ったのか!?」
「気にするようなことではないだろう。ちょっとした比喩だ」
「貴様は乙女心というものを知らん奴だな!」
「何だと!?」
「本当に兄様の斬魄刀か! 少しは主を見習え!」
「なっ……あの白哉が乙女心を理解しているわけがなかろう!」
「兄様を馬鹿にするな!」
「していない! 俺が白哉を馬鹿にするか!」

 途中から話の方向がそれていることに気づかぬまま、二人は怒鳴り合った。最後など本当に関係のないことである。

「ええい! だから料理を作り、二人に食してもらおうとしているのではないか!」
「開き直るな、馬鹿者!」

 このままでは埒が明かない。
 先に折れたのはルキアだった。息を吐き出し、言い争いを終える。

「お前が二人に料理を作ってやりたいという気持ちはわかった。だが、お前一人には任せられぬ」
「……何が言いたい」
「私も手伝うぞ」
「――は?」
「料理をしたことのない者が一人でできるわけがなかろう。刀と包丁では扱い方が違うのだぞ」
「うっ……」

 悔しいが、ルキアの言う通りだった。一度も料理をしたことのない千本桜が一人で厨房に立ったところで、ろくなことにならないのは目に見えている。

「……致し方ない」

 小さくため息をつき、千本桜はしぶしぶではあるが頷いた。

「それで、何か作りたいものでもあるのか?」
「いや、特にこれといってはないが……白哉と袖白雪は嗜好はまったくの正反対故、何にすればよいのやら」
「……そうだな」

 顎に手を当て、二人は頭を悩ませた。
 白哉は辛味を好み、袖白雪は甘味を好む。その嗜好の違いから、どんな料理を作れば二人が喜んでくれるのかが悩みどころである。
 そこでふと、ルキアは白哉のために夕餉を作った日のことを思い出した。あのときは最終的に白がゆを持って行ったが、その前に“カレーライス”という現世の食べ物を作った覚えがある。あれは確か辛味の効いた刺激的な料理であると同時に、甘い味つけも可能だったように思う。
 そこまで思い出すと、もうルキアの中では決まったも同然だった。

「“カレーライス”はどうだ?」
「かれーらいす?」
「うむ。基本は辛味の効いた味つけなのだが、甘い味つけも可能な現世の料理だ」
「……ほう」

 千本桜は興味深そうにルキアの話に耳を傾け、その材料や作り方を訊く。テキパキと説明を進めていくルキアは、しっかりとその日のことを覚えていた。

「……よし、それにしよう」
「そうと決まれば、まずは食材の調達だな」

 大抵の食材は朽木家の炊事場に揃っているだろう。問題は、以前にも頭を悩ませたカレーの“ルー”とやらである。あのときは夜一がいたから助かったものの、今回ばかりはそうもいかない。しかし、尸魂界では簡単に調達できないものだと確認済みなので、一番手っ取り早い方法は現世で調達して来ることだ。かなり不安を残すが、ここは千本桜に任せることにしよう。

「そうか……わかった。では現世での材料調達は頼む」
「すぐに帰って来るが、無茶はするでないぞ」
「案ずるな。作り方は覚えた。先に朽木家の炊事場で始めている」
「……いいか、くれぐれも刀は使うな。包丁を使うのだぞ」
「わかっている、早く行け」

 後ろ髪を引かれる思いで、ルキアは現世へ向かうために穿開門へと向かった。
 千本桜は朽木家の料理人たちに事情を説明し、炊事場を借り受け、先に料理を始めることにする。聞いた話によれば、最初はまず野菜を斬る……ではなく、切ることだったはず。

「確か食材は……じゃがいも、たまねぎ、にんじん、肉といったところだったか」

 近くにいた料理人に食材を準備してもらい、千本桜は早速野菜の切り分け作業に入る。言われた通り、刀ではなく包丁を使って。

「……くっ、刀と包丁ではこうも扱い方が違うのか……!」

 慣れない道具に文句を垂れつつも、時間をかけて無事に野菜を切り分け終えた。形も大きさもバラバラになってしまったが、思ったよりも上手くいった方だろう。千本桜が満足げに頷き、次の作業を思い出そうとしていたところだった。

「おお、きちんと切り分けられたようだな」

 右手にカレーのルーの入ったビニール袋を持ち、ルキアが戻って来た。

「ふっ、当然だ」
「全体的に少し細かい気もするが……まあいいだろう。鍋に入れてくれ」

 そこからの手際は素早く、ルキアが千本桜に助言をしながら何とか料理を進め、ルーを入れる直前までくることができた。後は材料を分け、辛口と甘口の二つにするのみである。

「そちらに甘口のルーを入れてくれ」
「……これだな」
「後は焦げないように注意すれば完成だ!」
「おお! もう少しだな!」

 二人は「長かった……」と拳を握りしめ、その達成感に汗という名の涙を流す。だが、油断は大敵だ。最後まで気は抜けぬ、と二人はジッとグツグツ音を立てる鍋から視線をそらさないように気を張る。普段はものの数十秒で待つことに音を上げる千本桜も、今回は大切な二人のために暴れ出すことはなかった。――だからだろう。

「ここで何をしている」
「「!?」」

 背後に立たれるまで……いや、声をかけられるまで、その気配に二人が気づけなかったのは。

「に、兄様……!」
「主!? な、なぜここに……!?」
「本日は午前の隊務のみだ」

 二人は唖然と白哉を見つめるが、ルキアはすぐに千本桜を勢いよく睨み上げる。その目は、「なぜ知らなかったのだ!」と、強く千本桜を責め立てていた。しかし、彼は彼で知らされていなかったので、「お、俺も知らなかったのだ!」と、目で返すしかなかった。

「あ、主こそ、どうして炊事場に?」
「お前たちの霊圧を感じた故」
「……な、なるほど」

 そわそわと落ち着きのない千本桜と、困ったように目を泳がせているルキアを白哉は訝しげに見やる。加えてあたり一帯を包み込む独特の匂い。

「何か作っていたのか?」

 ドキリ、と胸を高鳴らせ、二人は咄嗟に鍋を隠すように前へ出た。その様子がさらに怪しく見え、白哉は眉を寄せる。

「何を隠している」
「な、何の話だ……?」
「それよりも兄様、お疲れでしょう。私どもには構わず、お部屋でお休みくださいませ」

 珍しく強引に背を押され、白哉は炊事場を追い出されてしまった。
 本当にあの二人は何を作っていたのか。白哉は疑問を抱えたまま、仕方なく自室へと戻ることにした。どうせ夕餉の席では必ず顔を合わせるのだ。そのときに問い詰めてやればいい、と白哉は足を進めながら考えていた。

「……兄様は行ったか?」
「ああ、自室へ戻ったのだろう。危なかった……」
「もう気づいてしまわれたのではないか?」
「いや、大丈夫だろう」
「ならいいが……まさかこんなにお早くお帰りになられるとは思わなかったな」
「白哉も黙っていないで、教えてくれてもいいだろうに」
「……まあ、気づかれていないのだからよしとしよう。さっ、仕上げにかかるぞ!」

 そうして二人は、無事にカレーライスを完成させることができた。二つ並んだ鍋のうち、片方は甘口。もう片方は辛口だ。

「夕餉の時間が楽しみだな」
「……ルキア殿」
「何だ?」
「今回はすべてルキア殿のおかげだ。――礼を言う」

 すっと面頬を外し、千本桜は微笑みを浮かべて感謝を述べる。ルキアは照れ臭そうに笑った。

「あ、千本桜。袖白雪にはきちんと謝っておくのだぞ」
「うっ……」

 夕餉の時間まで、残りわずかだ。



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