外出の際、マフラーと手袋が必需品となる季節。ちらちらと雪も降り始め、本格的に空座町にも冬が訪れていた。
 ここ浦原商店では、まだ購入したばかりのコタツに入り、蜜柑の皮を剥いている店長と、ゴロゴロと喉を鳴らして欠伸をしている黒猫が、一人の来客を待っていた。

「来たみたいですよ、夜一サン」
「そのようじゃな」

 浦原は剥き終えた蜜柑を割り、半分を夜一の前に置いてやった。器用にも夜一は猫の姿のまま、蜜柑をひとつずつ取って口に入れる。
 ――ガラリ。

「失礼する」
「待ってましたよ、白哉サン」

 開かれた玄関から冷たい風が吹き込み、浦原と夜一はいっそうコタツに入り込む。白哉は静かに戸を閉めると、上品な手つきで草履を脱ぎ、二人のそばまで寄った。

「……何をしているのだ、兄らは」
「何って、コタツに入って蜜柑を食べてるんスよ」
「……こたつ……?」
「喜助、白哉坊はコタツを知らんのじゃ」
「あ、やっぱり」

 二人は口元を緩ませて笑う。その様子が気に入らなかったのか、白哉はきつく二人を睨みつけた。
 四大貴族の屋敷に庶民必須のコタツがないのは、至極当然のことである。したがって白哉が知らないのも致し方ないのだが、彼にとっては知る知らないよりも、この二人の態度が癪に障った。

「白哉サンもどーぞ、お入んなさい」
「結構だ」
「暖かいぞ」
「私は暖を取りに参ったわけではない」

 立ったままの白哉が目を細めたのを見て、浦原は小さく肩をすくめた。
 よっこらせ、と爺くさい台詞を吐き、コタツから出て立ち上がる。

「ちょっと待っててください」

 奥に引っ込んだ浦原は数分後、両手に人を抱きかかえて戻ってきた。

「頼まれてた義骸っス」
「……助かる」

 白哉は浦原から義骸を受け取り、おかしなところがないか軽く眺め回した。どこにも異常はないようだ。

「クックッ」
「……何を笑っている」
「いや、おぬしもずいぶん兄の顔になったと思うての」

 喉を震わせ、言葉とは裏腹に、夜一は大切な弟を慈しむような目で白哉を見つめた。それがどこかくすぐったく、白哉は不機嫌そうに顔をそらした。

「くだらぬ」
「そうかの? 妹が心配で現世にまでやってきたとあれば、立派な兄じゃと思うがのう」
「……心配で参ったのではない。任務だ。兄らも知っているであろう。藍染の反逆後、破面が……」
「でもただの任務に、義骸は必要ないっスよねぇ」
「…………生憎、それが必要なのだ」

 間を空けて返ってきた返事に、図星であることを確信した。
 久々に可愛い弟分をからかうことができて二人は楽しくて仕方ないのだが、今これ以上機嫌を損ねられるのはよくないと判断し、珍しくあっさりと話を切り替える。

「義魂丸はよかったんスか?」
「ああ、持っている」

 軽く頷き、素早く義骸に入った白哉は、そのまま二人に背を向ける。

「もう行くんスか?」
「長居は無用だ」
「早くルキアに会いたいなら、そう言えばよかろうに」

 ボソリと呟かれた言葉は、白哉の耳にはっきりと届いた。ぎろりと鋭い白哉の視線を受けても夜一は動じることなく、フフンと愉快そうに鼻を鳴らす。

「ああッ!」

 義骸に入ったばかりだというのに、早速死神化して抜刀しそうなオーラを放つ白哉を引き戻したのは、浦原の大きな一声だった。

「何じゃ、喜助」
「すっかり忘れてました! 今日でしたよね、確かアレ!」
「アレ……ああ! 一昨日の話か!」
「マズいっスねぇ。着替えもまだなのに、もうこんな時間だ」
「ほれ、さっさと準備せんか!」
「あちゃ〜……もう着替えなくていいっスかね?」
「……何の話をしているのだ」

 まったく話が掴めず、一人置いてけぼりにされていた白哉は、急に慌てだした二人を訝しげに見やる。
 ぴたり、浦原と夜一の動きが止まった。
 二人が同時に視線を向けてくる様子に嫌な予感を抱きつつ、白哉はつい「何だ」と、尋ねてしまった。

「……夜一サン、いいこと思いついちゃいました」
「奇遇じゃな、儂もじゃ」

 二人は顔を見合わせると、口角を上げて頷き合う。

「白哉サン、ひとつ頼まれごとを引き受けてくれませんか?」
「頼まれごと?」
「なぁに、大したことではない。白哉坊にとっても悪い話ではないと思うぞ」

 時間がないので、よく聞いてくださいね。

 強制的にその頼まれごととやらの話を聞くはめになり、白哉は深い溜め息をついた。





「ああー! やっと終わったー!」

 本日、空座高校は三者面談のため、午前中授業となっている。
 四限目の終了を告げるチャイムが鳴り響くなり、生徒たちは一斉に帰宅準備を始め出した。もちろん一護も例外ではなく、さっさと荷物を鞄に詰め込んでいく。
 しかし、隣の席に座っているルキアは、帰宅準備を終えても席から立ち上がろうとはしなかった。

「帰らねえのか?」
「たわけ、忘れたか。私は今日、一番目に三者面談があるのだ」
「あー……」

 そういえばそうだった、と一護は一昨日、ルキアと浦原商店を訪ねたことを思い出した。現世で他に思い当たる人物がいなかったので、しぶしぶ浦原のところへ保護者役を頼みにいったのだ。

「ホントに大丈夫かよ、あの人」
「……わからん」
「いつもの下駄帽子で来るつもりじゃねえよな?」
「それは一応、言っておいたが……」

 頼んだ相手が相手なだけに、二人の不安も大きい。
 チラリと時計を確認すれば、三者面談の時間に近づいていた。教室からぞろぞろと生徒たちが出ていくのを眺めながら、ルキアはため息をつく。

「ま、しゃあねえだろ」
「というより、浦原が私の保護者だと思われるのが嫌なのだ!」

 まだ廊下には多くの生徒が残っている。その中に風変わりな格好の男がやってきて、生徒たちが興味を示さないわけがない。
 確かにそれは嫌だな、と一護もひっそりと賛同する。

「でもあの人だって、学校にはスーツか何かに着替えてくるだろ」

 たぶん大丈夫だ。普通の格好さえしていれば、何とかなるだろう。
 そんな二人の不安を煽るかのように、廊下がよりいっそう騒がしくなった。時計を確認する。時間はちょうど、三者面談の始まる五分前だった。

「来たんじゃねえか」
「う、うむ」

 ルキアは椅子から立ち上がり、一護と教室の外へ出る。ざわざわと騒がしい生徒の横を歩いてくる姿を見た二人は、大きく目を見開いた。

「は、お、お前っ……!?」
「びゃ、白哉兄様ーッ!?」

 黒いスーツ姿で現れたのは浦原ではなく、なんと本物のルキアの保護者だった。

「に、兄様! なぜこちらへ!?」
「……任務だ」
「じゃなくて! 何で白哉が学校にいるんだよ!」
「黙れ、黒崎一護」
「扱いの差がヒデェ!」
「あの、兄様……ここへはどのようなご用件で?」
「浦原の代わりに、三者面談とやらをすることになった」
「「えええええっ!?」」

 驚きの声をあげ、二人は呆然と白哉を見返した。
 初めて見るスーツ姿は、なるほど、確かに文句のつけようがないほど似合っている。牽星箝をはじめ、普段着用している紗や手甲を外した白哉は、普通の人間に見えた。だが、それは彼が死神だからこそ思えることだ。
 たとえいつもの装飾品がなくても、白哉の容姿はかなり目立つ。これは現世だけでなく尸魂界にも共通することだが、見た目に派手な要素がなくても、その中性的で端麗な外見は道行く者の目を奪うのだ。
 そして何より、空気が違う。いくら一般人のように振る舞っても、白哉から発せられる空気や雰囲気は、完全に貴族のそれである。つまり、白哉は完全に場違いな存在だった。

「白哉が三者面談……浦原さんの方がよかったんじゃねえ?」

 驚きと呆れと不安を込めて、一護はこっそり呟いた。その声を拾ったルキアは、一護の右足をきつく踏みつける。

「いッ!?」
「たわけ! 浦原より兄様に保護者を務めて頂く方がよいに決まっておるだろう!」

 ルキアは痛みに唸る一護を無視し、わずかに頬を赤らめて白哉を見上げた。

「兄様、本当に私の保護者役を務めてくださるのですか?」

 白哉は何と返すべきか数秒迷った後、ゆっくりと口を開いた。

「……役ではない。私とお前は、二人だけの家族だ。ならば兄である私が、お前の保護者であろう」
「は……はい、兄様!」

 白哉の口から家族だと言われたことが嬉しかった。
 確実に近づいている二人の距離に、一護は目を細める。

「あ、兄様、中でお待ちください。今から担任の教師を呼んで参ります」
「……わかった」

 ガラリ、と教室の中へ消えていく義兄の背中を見届けた後、ルキアは教務室へ越智を呼びに走ろうとする。それを遮ったのは、遠巻きに眺めていたクラスメートたちだった。

「ちょ、今の誰々!?」
「朽木さんのお父さん……じゃないよね! 若すぎるもん!」
「スッゴくかっこいいじゃん!」
「どういう関係!?」

 ワアワアと騒ぐクラスメートたちに囲まれ、ルキアは困ったように一護へ視線を送った。早く担任を呼びに行かなければ、義兄を待たせてしまう。
 ルキアの言いたいことが伝わったのか、一護は小さくため息をついて、クラスメートたちに声をかけた。

「お前ら、中でもう白哉のヤツが待ってんだから、越智さん呼びに行かせてやれよ」

 呆れたように言う一護に、全員の視線が集まる。その直後、今度は一護が取り囲まれた。

「一護、あの人と知り合いなの!?」
「白哉っていうんだ〜!」
「お前とあの人はどういう関係なんだ!?」
(やっちまった!)

 つい「白哉」と呼んでしまったことを後悔するが、時すでに遅し。知り合いだということがバレてしまい、一護はクラスメートたちからの質問責めに合う。
 その隙にルキアは抜け出し、さっさと越智を呼びに行ってしまった。

「何だ何だ、この騒ぎは〜?」
「気にしないでください。兄が教室で待っています」
「お、そうだったな」

 ルキアと越智が教室へ戻って来ても、一護はまだクラスメートたちに囲まれていた。ルキアは胸の中ですまぬ、と呟き、教室の中へ入った。

「すみません、お待たせしました」
「いや」

 越智が苦笑しながら、白哉の向かい側に座る。ルキアは白哉の隣に座った。

「ええっと、ま、ずは……」

 頭を上げ、朽木ルキアの兄だという男の顔を見て、越智は目を見張った。
 普段、あまり男の容姿に何か思うことが少ない自分でも、はっきりとわかる端正な顔立ち。柄にもなく、越智はぼうっと白哉に見惚れてしまった。

「先生?」

 ルキアの呼びかけに、ハッと越智は我に返った。

「あ、ああ……すみません。えっと、今回は朽木さんのお兄さんがいらしてくださったんですね」

 白哉は、「両親がいないため、私が保護者として参った」と頷いた。口調が完全に一般人のものではないのだが、越智もそのあたりは気にしない性格のため、「そうですか」とだけ返す。

「お忙しい中、ありがとうございます。朽木さん、楽しそうに学校へ来てくれてますよ。真面目に授業も聞いてますし、素行に問題はありません」
「ほう」

 担任から聞くルキアの様子は、白哉にとって新鮮なものだった。ルキアは黙って二人の話に耳を傾けている。
 自分が話題の中心となって、このように話されるのは少しくすぐったいが、こうして義兄に学校での自分を知ってもらえることは、やはり嬉しかった。途中、成績の話が出てルキアが少し慌てることもあったが、問題なく三者面談は終了した。
 教室から出ると、クラスメートたちの姿はなくなっていた。きっと一護が上手く追い払ってくれたのだろう。帰ったら文句を言われるのだろうな、と思いつつ、ルキアはふっと笑みをこぼした。

「兄様は、これからどうなされるのですか?」
「一度、浦原のもとへ戻る」
「では、途中まで一緒ですね!」

 嬉しそうに笑うルキアにつられ、白哉も柔らかく目元を緩めた。

「行くぞ」
「はい!」

 学校から出て並んで歩く二人は、どこからどう見ても兄妹だった。



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