「それで、乱菊さんや檜佐木さん、吉良さんたちと別れてから、浮竹様に誘われて雨乾堂へお邪魔していたのです。それから京楽様がいらっしゃって……」
緋真は昼間にあった出来事を、逐一ルキアと白哉に話していた。その顔は非常に楽しそうで、聞いているこちらまで温かい気持ちになってくる。
時折、ルキアは緋真の話を止め、詳しい部分を知りたがった。自分や兄がいない間、姉がどのように過ごしているのか非常に興味を持っていたからだ。姉妹は笑顔で会話を交える。
しかし、いつもはその会話に相槌を入れる白哉が、今日ばかりは一言も発さずにいた。無論、緋真もルキアも彼の普段とは違う様子に気づいている。そのため、ルキアは緋真の話がいったん区切りを見せると、二人に気を遣って早々に部屋を退出した。自分が尋ねるよりも、姉が一人で尋ねた方が効果的であると知っていたからだ。
「あの……白哉様」
「何だ」
「……ご気分を害してしまいましたか?」
二人きりになって少し経つと、緋真は不安そうな表情を浮かべながら、何も言わない白哉に顔を向けた。
いつもなら二人きりになると、白哉の雰囲気はよりいっそう柔らかくなる。それが今日に限って、ルキアがいるときから少しばかりピリピリしているように感じられた。こうして二人きりになった今も、白哉の雰囲気に変わりはない。つまり、原因は自分にあるのだ。
ただ緋真には、理由が見つからなかった。あるとすれば、長々と昼間の出来事を話していたことくらいなのだが、いつも楽しそうに耳を傾けてくれている夫を思い出せば、それも理由には思えない。だからこそ、緋真は不安なのだ。
「申し訳ございません。ですが、理由をお聞きしても……」
そこまで言って、緋真は瞠目した。
「白哉様……?」
一瞬のうちに、自分の体が夫の腕の中に閉じこめられていたのだから。
「あの……」
気分を害してしまったのではなかったのだろうか。少なくとも、機嫌がよかったようには見えなかった。それがなぜこんな状況になっているのか、緋真には理解できない。白哉から体を少し離そうとすれば、彼の腕は弱まるどころか強さを増すばかりだった。
「白哉様……? どうかなさいましたか? ご気分を害したのでは……」
「違う」
ぴしゃりとはねのけられ、緋真は思わず「え……?」と、自分の肩に顔を埋める白哉を見やった。
「私の話に、ご気分を害されたのではなかったのですか?」
「そうだ」
緋真はますます混乱した。先程は否定したのに、なぜか今度は肯定の返事が返ってくる。今の状況も相まって、緋真の頭には疑問符しか浮かんでこない。
「白哉様……あの」
「お前の今日の話は、不愉快でたまらぬ」
きゅっと、また緋真を拘束している腕の力が強くなった。
「先程から、私の見知った者たちの名ばかりが出てくる」
「え……」
「それも、大半が男だ」
確かに白哉の言う通り、今日の緋真は多くの死神たち、特に男性死神と時間を過ごした。だが、それは瀞霊廷を歩いていたら偶然出会っただけのことで、誘われるがまま彼らと過ごしただけなのだ。
いや、もしかすると、朽木家当主の妻の行動にしては、不作法だったのかもしれない。そう思い至り、緋真はもう一度その件について謝罪しようとするが、それよりも早く、白哉が口を開いた。
「お前は、私だけを見ていればいい」
それは、誰が聞いても明白な独占欲。
「お前の口から、他の男の名ばかり出てくるのが許せぬ。お前が私ではなく、他の男と時間を共有していたことが気に食わぬ」
幼い独占欲だと言うことは、白哉自身もわかっているのだろう。だから彼は顔を上げない。
ようやくすべての合点がいった緋真は、先程までの表情とは一変し、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「白哉様」
「愚かな感情だということはわかっている。それでも、お前に対する想いはなぜか止められぬのだ」
そう言って、白哉はようやく腕の力をほんの少し緩めた。ゆっくりと、顔が上げられる。
なぜか緋真は、久しぶりに夫の顔を見たような気がした。
「……あまり見るな」
情けない顔をしていると思ったのだろう。白哉は決まりが悪そうにそっぽを向いた。
「ふふ、びっくりしました」
「……」
「どうして白哉様のご気分を害してしまったのかわからなくて、とっても不安だったのですよ」
「すまぬ。……だが、私のせいではない」
「?」
「私の妻と知りながら、お前に近づく彼奴らが悪いのだ」
ふん、と少々拗ねた様子で呟く白哉が、緋真は愛しくて仕方なかった。
「ルキアも心配していたのですが、何と説明しましょうか」
くす、と小さく笑みをこぼした緋真の耳元で、白哉は囁いた。
「私が緋真を誰よりも愛していただけだと、そう申せばよい」
そんなこと、言えるわけがない。
緋真は頬を赤く染めて、それでは何の説明にもなっていませんよ、と小さく返したのだった。
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