正午、ほとんどの隊が昼休みを取る時間帯。
 十番隊隊長である日番谷冬獅郎と十一番隊副隊長である草鹿やちるは、並んである場所へと向かっていた。

「……何でお前までついて来んだよ」
「えー! だってひっつん、びゃっくんとこに行くんでしょ」
「……それが何だ」
「ずるいよ、ひっつん。あたしもびゃっくんに会いたいもん」

 そう、この護廷十三隊隊士身長ワースト1と2が向かう先は、朽木白哉率いる六番隊の隊舎であった。

「お前はしょっちゅう会いに行ってんだろ」
「そんなことないよ!」

 すぐさま否定の言葉を切り返され、日番谷は少しばかり目を丸くしてやちるを見下ろした。
 こんなとき、この少女なら事実であれば素直に頷くだろう。それをしなかったということは、本当に会いに行っていないということだ。
 やちるが頻繁に朽木家へ出入りしていることを知っていた日番谷は、訝しげに眉根を寄せた。

「珍しいな。あいつの屋敷に行ってなかったのか?」
「行ってたよ。でも、びゃっくんとは会ってない。びゃっくん、最近ずっとおうちで忙しそうだったから」

 わずかに表情を曇らせるやちるは、少し寂しそうだった。なぜ会っていない白哉の様子を知っているのかは、容易に想像がつく。例の協会が関係しているのだろう。朽木邸は彼女たち女性死神協会のアジトにされていると、小耳にはさんだことがある。

「家同士でね、何かいろいろあったんだって。こっそり聞いちゃった」

 えへ、と反省の欠片も見えない笑顔で見上げられ、日番谷は小さくため息をついた。だが、そのため息は、何もやちるにだけ向けられたものではない。

(また、貴族か……)

 以前六番隊隊舎を訪れた際、ほんの少しだが四大貴族の――朽木白哉の苦労を知った。
 幼少時に誰しもが体験したであろう遊びを知らなかった彼は、見ていて放っておけなかった。だからこそ、こうして日番谷は六番隊隊舎へと足を進めているわけなのだ。

「……仕方ねえんだよな」
「? 何か言った、ひっつん?」
「何でもねえ」

 チクリ、彼の抱える痛みが胸を刺した気がした。





「びゃっくーん! へへ、久しぶりだね」
「……何用だ」

 大きな音を立てて扉が開かれたにも関わらず、六番隊隊長・朽木白哉は、ぴくりとも反応せずに尋ねた。後から入室してきた日番谷にはチラリと目を向けるが、やはりそれも些細な反応である。

「日番谷まで、私に何か用か」

 そこで白哉は筆を置き、初めて二人へと顔を向けた。思っていたより、顔色はいい。

「いや、用ってほどのもんじゃねえんだけどな」
「?」
「びゃっくんと遊びにきたんだよ!」

 それは兄だけであろう、と呆れをふくんだ視線をやちるに投げれば、彼女の隣にいた日番谷も「……そーいうことだ」と同意を示したことに、白哉は今度こそ反応した。
 ぴくり。湯呑みに触れた指先が止まる。

「どういうことだ?」

 再び湯呑みに手をかけ、白哉は茶を口に運びながら問う。そんな白哉を見て苦笑しつつも、日番谷が懐から取り出したのは二つのコマだった。

「それは……?」
「コマだ」
「……見ればわかる」

 馬鹿にされていると受け取ったのか、無表情を保つ端正な顔がわずかに歪む。それはわかりづらい変化だったが、今の日番谷には気づくことができた。あの日以来、何かと白哉を気にかけている今の彼には。

「なぜそんなものを持って、我が隊へ参ったのかと訊いている」
「……コマ回しをしたことはあるか?」

 訊いているのはこちらなのに逆に問い返され、白哉は眉間に皺を寄せた。だいたい、どこからコマ回しが出てきたのだろうか。自分は一度も“やりたい”などと口にした覚えはない。かといって、目の前の少年がやりたがっているとも思えない。
 頭に浮かぶ疑問を表には出さず、白哉は「……ない」と日番谷に返事を返した。

「やっぱりな」
「日番谷、いい加減に――」
「えいっ!」

 説明をしろ、と続くはずだった白哉の言葉は、やちるの弾んだ声に遮られた。掛け声とともに、机の上へコマが投げられる。いつの間に……と、二人は呆れながらやちるを見やった。

「見て見て! ちゃんと回ってるよ!」
「ああ、なかなか上手いな」
「えへへ」
「けど、少し投げ方が悪い。回転はしてるが、ちょっと斜めになってるだろ?」
「あー、ホントだ!」
「見てろよ」

 そう言って、日番谷は素早くコマに紐を巻き、強く前へ投げた。コマは勢いよく、机と平行に回り出す。

「うわぁ、ひっつん上手!」
「……ほう」

 先程までまったく興味を示さなかった白哉も、感心したように日番谷の投げたコマを見つめる。やはりその横顔は、普段の彼より幼く見えた。

「手慣れたものだな」
「ガキの頃によくしたからな。今じゃ一番の特技だ」

 そうか、と頷いた白哉は、すでに回ることを放棄していたやちるの投げたコマを手に取り、興味深そうに角度を変えて眺めた。

「朽木もやってみろよ」
「私も……?」
「ああ。たとえ遊びでも、したことねえんならいい経験になるぜ」

 日番谷の言葉にふむ、と白哉は考え込む。

「紐の巻き方もコマの投げ方もよくわからぬが」
「慣れりゃあ簡単だ。朽木ならすぐにできるようになるさ」

 ふっ、と笑みを浮かべて、日番谷は紐の巻き方からコマの投げ方まで、丁寧に白哉に教えてやった。その横で、やちるはひたすらコマを回している。

「こうか?」
「ああ、そのまま人差し指と親指でコマをはさむように持つんだ」
「うむ」
「投げたら自分の手前で紐だけ引き戻せ」

 言われた通りに、白哉はコマを持って投げた。紐から離れたコマは、机の上で見事に安定して回っている。

「回ったぞ、日番谷」

 白哉のどこか嬉しそうな響きをふくんだ声に、日番谷も笑みを深くする。

「上手いじゃねーか。初めてにしては上出来だ」
「よーし! どっちが長く回せるか勝負しようよ、びゃっくん!」
「いいだろう」

 二人がコマを回し、回転時間を競い合う姿にこっそりと笑った。

(やっぱ、教えて正解だったな)

 それから少しして、やちるの悔しそうな声があがった。どうやら決着が着いたようだ。

「あたしのコマの方が先に倒れちゃった!」
「私の勝ちだな、草鹿」
「むぅ……もう一回しよう、びゃっくん!」
「待て、次は日番谷だ」
「俺?」
「私と勝負だ」

 やちるに「はい!」とコマを手渡され、日番谷は苦笑しながら紐を巻いていく。白哉には悪いが、生憎と初心者には負ける気がしなかった。そうして二人がコマを回そうとしたときだ。

「失礼致します。十三番隊・朽木ルキアですが、朽木隊長はご在室でしょうか?」

 その声に、二人は動きを止めた。

「あ、ルッキーだ!」
「ま、待て、草鹿……!」

 慌てて日番谷が制止をかけるが、やちるはさっさと扉を開け放ってしまった。

「く……草鹿副隊長? なぜこちらに?」
「びゃっくんとひっつんと一緒にね、コマ回しをしてたんだよ」
「こ、コマ回し?」

 何がなんだかよく理解できないまま、ルキアはやちるに促され中へと入った。そして、その大きな双眸を見開く。

「兄様と、日番谷隊長……!?」

 そこにはやちるの言う通り、白哉と日番谷がコマを持って立ち尽くしていた。

「……」
「……」
「……」

 気まずい沈黙。隊長の尊厳というか何というか、大切なものを失ってしまったように日番谷には思えた。

「あの……」
「ルキア、コマ回しをしたことがあるか?」
「へ?」

 突然の義兄からの思わぬ質問に、ルキアは間抜けな声を出してしまった。日番谷も、何を言い出すんだ、とばかりに白哉を見上げる。

「す、少しなら……」
「そうか」

 白哉は戸惑うルキアのそばへ寄り、すっとコマを差し出した。

「兄様……?」
「回してみよ」

 もちろん、それは差し出されたコマのことだ。そんなことはルキアにもわかる。ただ、義兄がなぜ自分にコマ回しを要求するのかがわからなかった。まず白哉とコマ回しという組み合わせが謎だ。そこに日番谷とやちるをプラスすると、さらに謎が深まる。

「おい、朽木ルキア」
「日番谷隊長……」

 ちょいちょいと手招きされたので、ルキアは一度白哉に頭を下げてから、日番谷のそばに近づいた。耳を貸すように言われ、首を傾げつつも言われた通りに従う。

「実はな――」

 ボソボソとこれまでの経緯を簡単に説明し、日番谷は「そういうわけだからよ」と、ルキアに協力を求めた。話を聞いたルキアはようやく合点がいったのか、「そうでしたか!」と納得した顔で大きく頷き、パタパタと白哉のもとへ駆け寄る。

「では兄様、いきますよ」
「うむ」
「えいっ!」

 ルキアも日番谷ほどではないにしろ、上手くコマを回してみせた。予想以上の義妹の腕に、白哉は内心で驚く。

「ルッキーも上手だね!」
「そうですか? ありがとうございます」
「よし、じゃあ次はルッキーと勝負だ!」
「待たぬか、草鹿。次は私と日番谷であろう」
「えー……びゃっくんのケチ!」

 二人の言い争う内容が子供っぽくて、日番谷とルキアは顔を見合わせ、声を上げずに笑った。
 普段は決して見ることのできない、白哉の貴重な一面。それが今、自分たちの目の前にある。

「……あんなふうに遊ぶ兄様、初めて見ました」
「そりゃそうだ。もうガキじゃねえんだからな」
「でも、兄様は……」
「そのガキの頃にも、遊んだことなんてほとんどねえんだろ」

 日番谷が呟き、ルキアは床へと視線を落とした。
 そうだ、義兄は自分よりもずっと昔から、それこそ生を受けた瞬間から朽木の名を背負っている。自分たちの当たり前が、この人にとっては当たり前ではないのだ。

「だからよ、今すればいいんじゃねえかって」

 日番谷の言葉に、ルキアはハッと顔を上げた。

「あいつがガキの頃にできなかったことを、俺たちが今させてやりゃあいい」

 薄く笑みを浮かべる日番谷の視線の先には、白哉がいた。その眼差しは弟を見るような、とても優しいものだった。

「日番谷隊長」
「……」
「ありがとうございます」

 妹として、ルキアは礼を述べる。日番谷はそれに対して返事をせず、「俺たちもやるか」と再び彼らに参加した。
 ――折り紙、コマ回し。さて、次は何を教えてやろうか。




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