今年も朽木邸の敷地内にある桜が満開を迎える季節がやってきた。この時期になると、毎年多くの貴族たちが花見という名目で朽木邸を訪れる。そのため、数十年前から正式に朽木邸で盛大な花見が行われるようになったのだ。

「朽木家の桜は本当にご立派ですねぇ」
「まるで白哉様のようでございます」
「若様、もっとこちらへいらしてくださいな」
「私たち、白哉様とお話がしとうございます」

 現在、この家の次期当主である少年は非常に困っていた。
 春も桜も好きなのだが、一年に一度この屋敷で行われる花見は苦手だった。他家から参った何人もの姫たちに言い寄られるからだ。
 それが彼――朽木白哉には、たまらなく不愉快であった。
 花見なのだから私を見るのではなく桜を見ていろ!
 と、怒鳴りたいところなのだが、生憎とそういうわけにもいかない。ここは大人しく、適当に彼女たちの相手をしなければ、祖父や父の顔に泥を塗ることになってしまう。
 なるべく苛立ちを表に出さないよう、白哉は冷静を装いながら口を開いた。

「私は口が上手くない故、兄らを楽しませることはできぬと思うが」
「ふふ。ご心配なさらず、白哉様」
「私たちが、若様にお楽しみ頂けるようお努め致しますわ」
(近いっ!!)

 体を寄せてくる姫たちに、白哉はこっそり眉をしかめた。
 はっきり言って、今すぐこの場を抜け出したいが、自分の周囲には見渡す限り女がいる。一般の男からすれば羨ましい状況も、白哉にとっては煩わしいことこの上なかった。
 徐々に詰め寄ってくる女たちの意図が掴めず、白哉は思わず体を後ずらせた。

「ねぇ、白哉様。お部屋に戻りましょう?」
「……は?」
「それがいいですわ。お部屋でゆっくりお話致しましょう」
「ま、待て。兄らは花見をしに参ったのであろう。ならば部屋には戻らず……」
「あらあら、そのように連れないことをおっしゃらないでくださいな」
「ご安心を。若様もお楽しみ頂けるに違いありません」
(話がまったく通じない!)

 クスクスと艶やかな笑みを浮かべる女たちは、さらに白哉へ詰め寄った。雰囲気からして、彼女たちは縁談やら婚姻やらの話をしたいわけではなさそうだが、なら他に何があるのだろう。自分より年上の姫たちに囲まれている白哉は、その目的も意図も理解できずにいた。
 しかし、そろそろ限界だ。花見が開催されてすでに一刻は過ぎている。その間、白哉はずっと彼女たちの相手をしていたのだ。ほとんど口を開くことはなかったが、何というか、精神的に疲れていた。

「さあ、白哉様」
「行きましょう」

 ああ、もう、誰でもいいから助けてくれ。芝居がかった動作で手を取られ、頬がひくっと引き攣った。そのときだ。

「おうおう、こんなところにおったのか、白哉坊」
「よ、夜一……!」

 救世主が現れた。
 このとき初めて、白哉には夜一が女神に見えたという。

「これはこれは、夜一様」

 女たちは立ち上がり、恭しく夜一に頭を下げた。しかしその表情は明らか、四楓院家の姫の存在を歓迎してはいなかった。夜一もそれに気づいているのか、ニタリと笑んで彼女たちを見返す。

「よい、頭を上げよ」
「夜一!」
「そうじゃ、白哉坊。銀嶺殿がおぬしを探しておったぞ」

 夜一の言葉を聞いて、白哉はパアッと顔を輝かせた。さっと腰を上げ、女たちに簡単な社交辞令を述べ、すぐさまその場を後にする。夜一もその後に続き、二人の背中はあっという間に見えなくなった。

「……ッ!」

 唇を噛みしめ、残された女たちはふるふると体を震わせた。





「助かった……」

 肩から力を抜き、白哉は小さなため息をついた。

「まったく、手のかかる坊じゃのう」
「……今回は感謝する」
「ん? 何じゃ、今日はやけに素直ではないか」
「うるさい! せっかく人が礼を述べたというのに……!」

 そこではっ、と銀嶺が自分を探していたことに気づき、白哉は慌ててあたりを見渡した。

「どうした?」
「爺様が私を探していたのだろう。早く合流せねば!」
「ああ、あれは嘘じゃ」
「……嘘?」
「あの場からおぬしを離すためのな」

 なるほど、と白哉は納得する。確かに考えてみれば、祖父が自分を見つけられないはずがないのだ。嘘も方便とはこのことだな、と一人頷いた。

「しっかし、モテモテじゃったの〜! おぬしも隅におけんのう、白哉坊」
「なっ……!」
「へー、誰がモテモテだったって?」

 二人の間に、ひょこっと見慣れた顔が現れる。夜一と同様、海燕はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべていた。

「き、貴様……! なぜここにいる!」
「俺も朽木家の桜が好きだからよ。朽木隊長たちも来ていいって言ってくれてたから、来ちまったぜ」
「今日は貴様のような没落貴族が参ってよい日ではない!」
「何だ、じゃあ日を改めれば許してくれんのか?」
「〜ッ! そういう意味でもない!」

 ぎろり、と白哉に睨み上げられ、海燕は大袈裟に体を震わせるフリをする。夜一はそんな二人を見て笑った。

「くく、よいではないか。銀嶺殿たちから許可は頂いておるのじゃから」
「ふん!」
「ったく……モテモテなお坊ちゃんは手厳しいねェ」
「まだ言うか!」
「ホントのことなんだろ。いいじゃねえか、羨ましいぜ」
「うむ、なかなか器量のよい娘たちじゃった。憎いのう、白哉坊」
「好きで一緒にいたわけではない!」
「じゃあ俺に紹介してくれよ」
「無駄じゃ、海燕。娘たちは白哉坊に首ったけじゃったからの」
「マジかよ……。こんな無愛想で生意気なガキんちょのどこがいいんだ、貴族のお姫さんたちは」
「家柄と顔だけは抜群によいからのう、白哉坊は。可愛らしいと好評じゃった」
「……顔は、な」

 二人に同じような表情で見下ろされ、白哉は額に青筋を浮かべた。やはりこちらはこちらで苛立たしい。

「貴様ら……」
「部屋にまで連れ込まれそうになっておったぞ」
「うおっ、そりゃ大変だったな! 気をつけろよ〜、白哉」
「ええい、やかましい! 先程から好き放題言いおって! 二人ともさっさと帰れ!」

 とうとう白哉は大声で怒鳴った。もちろん、この二人が相手では効果など微塵もない。

「そう怒んなって。せっかくの花見だろ。桜を見ながら団子でも食おうぜ!」
「おお、よいの。ほれ、行くぞ白哉坊!」
「なっ、待たぬか! 海燕、夜一!」

 左手を海燕に、右手を夜一に握られ、白哉は引っ張られるがまま花見を再開することになった。
 貴族の姫は花より男子、夜一や海燕は花より団子。
 この中で一番年若い白哉が、誰よりも風流を解しているのだった。




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