先日、袖白雪とルキア殿の会話を立ち聞きしたときに、袖白雪が洩らしていた。現世に行ってみたい、と。それを聞いたルキア殿が、袖白雪に現世を案内してやるつもりらしいのだが、生憎と彼女は隊での仕事が忙しい様子。現世に行ける日がいつになるのかはわからない。
 ならば俺が!
 そう思って、袖白雪に声をかけてみた。

「明日、ともに現世へ行かないか?」
「現世……ですか?」
「うむ。……最近は二人で出掛けることも少なかった故、たまにはどうかと」
「まあ! とっても素敵な提案です、千本桜殿」

 にっこりと嬉しそうに笑う袖白雪。どうやら喜んでもらえたようだ。

「私、現世に行ってみたかったのです」
「そうか、それはよかった。ならば早速、義骸を用意せねばな」

 あくまで袖白雪が現世へ行きたがっていたことには、気づいていないふりをする。彼女のため、というのは、少し違う気がするからだ。俺も袖白雪と現世へ行けることが嬉しくて仕方ないのだから。

「十二番隊に頼むか」
「そうですね。今から行けば、明日には間に合うでしょう」
「“あの”十二番隊だからな」

 そうして俺たちは、二人並んで技術開発局へ向かうのだった。





「む……現世の着物は動きづらいな」
「そうですね。でも、お洒落で素敵です」

 翌日、無事に義骸を受け取った俺と袖白雪は、午前中から現世へと赴いていた。
 白哉とルキア殿には一言かけてある。今頃は二人とも、執務室で書類と向かい合っていることだろう。そのことを考えれば少々申し訳なくも思う。

「まあ、たまにはいいだろう」

 ふっ、と息をついて、そっと袖白雪の手を取った。ひんやりとした彼女の手が心地いい。

「行こうか」
「はい!」

 向かう場所は、ルキア殿が教えてくれた“遊園地”という施設だ。面白い数々の乗り物や設備が設けられているらしい。あらかじめ遊園地付近に座軸を合わせておいてよかった。

「あ、見てください! あの大きな車輪状のあれ……」
「確か、観覧車だったか」
「すごい……早く行きましょう、千本桜殿!」
「ま、待たぬか!」

 俺は袖白雪に手を引かれるがまま、走り出した。





「きゃあああ!」
「ッ!」

 な、何だこの乗り物は!
 高速で細長い鋼材の上を駆け抜け、傾斜を上り、そして勢いよく下っていく。
 未だかつて味わったことのない感覚に襲われ、隣では袖白雪が悲鳴をあげていた。俺の左手をきゅっと握って離さない彼女に、胸がきゅっとときめいたのは内緒だ。

「す、すごかったですね……!」
「そうだな……初めての感覚だった」
「少し怖かったですが、楽しかったです」
「うむ、思っていたより爽快感があっていい」
「ね、次は別の“ジェットコースター”に乗りましょう!」

 目を輝かせながら、パンフレットという小冊子に目を走らせ、袖白雪は何に乗るかを吟味している。このジェットコースターとやらにはまってしまったらしい。俺も嫌いではない。

「決まったか?」
「はい、次はこれがいいです」
「これならすぐそこだな」

 パンフレットに載っている地図の通りに進み、俺たちは順にジェットコースターを制覇していく。平日ということもあり、どれもそう長く並ぶ必要がなかったため、かなりの数に乗ることができた。

「ここらでいったん、休憩にしないか? お昼がまだだろう」
「そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました」
「子供のようにはしゃいでいたからな、白雪は」

 からかうように言ってやれば、袖白雪はムッと拗ねた表情をする。

「……景厳様だって、子供みたいに楽しんでいたではありませんか」
「うっ……そうだったか?」
「そうです」

 断言されてしまった。苦笑して肩をすくめる俺に、袖白雪はクスクスと小さく笑う。

「さ、お昼にしましょう」
「何か買ってくる。ここで待っていてくれ」

 袖白雪をその場に残し、俺はすぐ近くの売店に向かった。見たことのない食べ物に戸惑いつつ、適当に二人分の昼食を買い、早足で袖白雪の元に戻る。当然、そこには彼女の姿があった。しかし――

「そ、そこの綺麗なお姉さん! もしよかったら俺たちと一緒に回りませんか!?」
「え……?」
「俺ら、ムサイ男ばっかりで来たもんスから、お姉さんと一緒に回れれば幸せっス!」
「あの……」
「あ、今日はお友達と? ならそのお友達もご一緒に!」
「えっと……」
「そのへんにしときなよね、ケイゴ。困ってるじゃない。あ、僕は小島水色っていいます」
「テメーも自己紹介してんじゃねえか」
「あれ、一護。チャドとジュース買いに行ってたんじゃなかったの?」
「もう買った」
「……ム」

 袖白雪の周りに集まる男たちを目にし、彼女が軟派されていることに気づき足を早めるが、その中で目立つ頭を見つけて目を見開く。あの男、間違いない。

「黒崎一護!!」
「あ?」
「誰? 一護、この人と知り合い?」
「……知らねえ。アンタ、誰だ?」

 なっ……この俺を知らんだと!? いったい何度貴様と刀を交えたと思っている!

「貴様……!」
「せ、千本桜殿! 落ち着いてください」

 袖白雪が俺のそばに寄り、宥めてくる。
 目の前の四人の男がそれぞれ違う反応を見せた。

「そ、袖白雪!? ケイゴがナンパしてたお姉さんって、袖白雪だったのかよ! つーかお前、千本桜か!?」
「ム……朽木ルキアと朽木白哉の、斬魄刀?」
「なになに、この人たちと知り合いなの?」
「げえっ、彼氏持ちィ!?」

 ああ、うるさい。どうしてよりにもよって、このような場所で此奴に会わねばならんのだ。

「……最悪だな」
「お前ら、何でこっちにいるんだよ! 白哉とルキアは!?」
「本日は私と千本桜殿、二人きりで来ました」
「何しに?」
「決まっているだろう。遊びにだ」
「斬魄刀のくせにデートかよ!」

 わけのわからん言葉を叫び、黒崎一護は大袈裟にため息をついた。なぜ貴様がため息をつくのだ。俺たちがつきたい。

「貴様ら……袖白雪を誘うとは、身の程知らずな」
「げ……わ、悪かった! コイツには俺から言っとくから、お前らはデート続けろよ。な!」

 そう言ってグイグイ俺と袖白雪の背を押しながら、黒崎一護は小さく囁いた。

「俺も友達と来てんだ。ややこしくなっから、今日はこれでお別れな」
「……致し方ない」
「では、失礼します」

 袖白雪を軟派していたことに対して、まだきっちり落とし前をつけていないが、今日のところは勘弁してやろう。俺も時間が惜しい。袖白雪と二人きりの時間を満喫しているのだからな。
 俺たちは振り返ることなく、早足でその場を去った。

「びっくりしましたね」
「……災難だった」
「ふふ。景厳様が素顔だったので、黒崎一護も誰なのか気づいていませんでしたね」
「鈍い小僧め……いや、奴の話なんぞどうでもいい。ほら、食事にしよう」
「はい」

 適当な長椅子(ベンチというらしい)に腰を下ろし、少し遅めの昼食をとる。尸魂界では食したことのない味だが、まあ悪くはない。少し安っぽい気はするが。

「さあ、次に行きましょう!」
「そう慌てずとも、乗り物は逃げんぞ」

 食べ終わるなり立ち上がった袖白雪に笑い、俺も腰を上げた。結局その後は一度も休憩を取ることなく、夕方まで遊園地を堪能したのだった。

「もうこんな時間か……そろそろ帰らねばな」
「楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいますね」
「……よし。白雪、最後にあれに乗ろう」

 俺が指を差した先には、一番最初に見た大きな車輪状の乗り物。観覧車、というものだ。

「はい!」

 顔をほころばせて頷く袖白雪の手を引き、俺たちは最後の乗り物に乗った。

「まぁ……綺麗な夕焼けが見えますよ、景厳様」
「ああ。だが、お前の方が綺麗だ」

 さらりと自然に口から本音がこぼれ落ちた。
 きょとんとこちらを見つめてくる袖白雪の顔が、意味を理解したのか真っ赤に染まっていく。まるで夕焼けのようだ。

「ふっ」
「か、景厳様っ……!」
「ああ、もうすぐ頂上だ」

 そう呟いて、俺は隣に座っている袖白雪を抱き寄せ、柔らかく口づけた。

「……まだ、頂上ではありませんよ」
「待てなかったんでな」

 愛しい。幸せだ。

「……景厳様、今日はありがとうございました」
「楽しかったぞ、白雪」

 俺たちは微笑み合い、再び口づけを交わした。
 観覧車はゆっくりと下降し始めた。



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