死神と斬魄刀との戦いが激化する中、白哉は一人、瀞霊廷を一望することのできる丘陵で佇んでいた。
あちこちで衝突し合う大きな霊圧を感じ、すっと瞼を伏せる。男のものとは思えぬ長い睫毛が影を落とした。
「ここにいたのか、主」
背後に己とよく似た霊圧が現れ、主と呼ばれた白哉は振り返った。
「……千本桜」
「このような場所に一人で、いったい何をしているのだ」
若干呆れたような色をふくみながら言い、千本桜は白哉のそばへと歩み寄る。すでに白哉の視線は瀞霊廷へと向けられていた。
「お前こそ、このような場所に何用だ」
「俺はここへ用があったわけではない。おぬしを探していただけだ」
その言葉に引っかかり、白哉は訝しげに眉を寄せた。己よりもわずかに上にある千本桜の顔を見上げる。
「私に用があったのか」
「いや、用はない」
では、何だというのか。
わざわざ村正のそばを離れ、千本桜が用もなく己を探しに来た理由がわからなかった。
「千本桜、用がなければ不用意に私へ接触するな。お前と私は、未だ敵対していることになっているのを忘れたか」
白哉は咎めるような口調で言い、千本桜から視線を外した。たとえ付近に他者の霊圧を感じずとも、危険な行為であることには変わりない。
今はまだ、誰にも知られるわけにはいかないのだ。己がすでに斬魄刀を取り戻していることも、その斬魄刀と裏を合わせて動いていることも、死神を裏切るような真似をした理由も。
すべてを敵に回し、一人になろうとも構わない。己の誇りを護るためならば、一切の感情を殺してみせよう。
その覚悟が白哉にはあった。
今回の事件の片は、朽木家当主として己自身の手で幕を引くつもりだ。それが今の己に課せられた使命であり、祖父から継いだ誇りの形なのだから。
「そろそろ村正の元へ戻れ。今のお前がそばにいるべきは、私ではなかろう」
ふわりと銀白風花紗をなびかせ、白哉は瀞霊廷に背を向ける。常ならば同じようになびく純白の羽織は、今彼の身にはなかった。
「……確かに、今の俺がそばにいるべきは村正だ。響河の封印場所を突き止めるためにはな」
千本桜は、常とは違って黒い白哉の背に言葉を投げかける。この場を去ろうと進めていた足を止め、白哉はゆっくりと己の斬魄刀を見やった。
「だが、忘れないでほしい」
二人の間にできた距離を埋めるため、千本桜は歩き出す。白哉の真正面まで近づくと、ゆるりと面頬を外した。
蒼く澄んだ千本桜の瞳が、白哉の桔梗色の瞳と交わる。
「俺の魂は、常に白哉のそばにある」
まっすぐに伝えられた言葉は、千本桜の心からのものであった。そう、瞳が告げている。
「……千本桜」
「おぬしは一人ではない。誰が主を裏切り者と呼ぼうとも、俺はいつでも主の味方だ」
だから、一人で抱え込まないでくれ。
どこか悲痛な叫びにも聞こえるそれは、白哉の心にも確かに届いた。
「……わかっている。お前は、私の斬魄刀なのだから」
「主」
「案ずるな」
そう言って、白哉は実体化した千本桜に初めて笑みを見せた。控えめな、まだ花を咲かせぬ桜のような笑み。
懐かしい、と千本桜は思った。
「そろそろ私も行く」
「……無茶だけはしないでくれ」
「ああ」
今度こそ、白哉は振り返らないだろう。それでもその背を護るのは己なのだと、千本桜は拳を握った。
「礼を言う……景厳」
耳を澄まさなければ聞こえない程度の大きさで紡がれた言葉に、千本桜は目を丸くする。そして、何も言わずに微笑んだ。
――まだこの戦いは始まったばかり。
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