※緋真存命パロ





 ある春の日。千本桜と袖白雪は縁側に腰掛け、のんびりとお茶を飲んでいた。

「平和ですね」
「いいことだ」

 二人が茶を啜る音だけが、あたりに響く。
 どこぞの爺さん婆さんだとツッコミを入れられそうだが、美男美女の二人だとそれも絵になるのだ。千本桜の面頬も、屋敷内だからなのか、袖白雪と二人だからなのか、しっかり外されていた。

「……何だか眠くなってきました」
「少し眠るといい。半刻ほど経ったら起こそう」

 千本桜が袖白雪の肩を抱き寄せる。袖白雪はそのまま千本桜の肩に頭を預け、目を伏せようとした。
 ――しかし、この静寂に包まれた空間には場違いの慌ただしい足音が耳に届き、二人はゆるりと顔を上げた。同時に近づいてくる、よく知る霊圧。

「この霊圧は……」
「ルキア様?」

 二人が不思議そうに廊下を見つめていると、予想通りルキアが大きな足音を立ててこちらにやって来た。

「そんなに慌てて……どうかなさいましたか?」
「た、大変なのだ!」
「何がだ?」
「びゃ、白哉兄様と緋真姉様がっ……」
「白哉様と緋真様が?」
「お部屋で喧嘩を……ッ!」
「「喧嘩!?」」

 目尻に涙を浮かべ、ルキアは頷いた。先程までの空気はどこへやら、千本桜と袖白雪も目を丸くして立ち上がる。

「まさか、白哉と緋真様が……」
「明日は雨……いえ、雪ですね!」
「私はどうすればいい!? もしも姉様が屋敷を出て行ってしまわれたら……」
「それはないです」
「それはないだろ」

 二人はきっぱりルキアに告げた。あの二人が離れるところなど、誰が想像できるだろうか。

「とりあえず、二人の様子を見に行くぞ」

 千本桜のこの一言で、三人は白哉と緋真の私室に向かった。





 三人は霊圧と気配を消し、そーっと白哉と緋真の私室の前にやって来た。息を殺し、耳を澄ます。

「だから、何度も申しているだろう」
「納得できません」
「いい加減にしろ、緋真。それは私が決めることだ」
「白哉様は、私が関係ないとでもおっしゃりたいのですかっ……」

 三人は話を盗み聞きしながら、たらりと冷や汗を流した。千本桜と袖白雪の予想以上に、思わしくない状況だ。
 三人はボソボソと、蚊が鳴く程度の声音で相談する。

(おい、どうするんだ)
(ともかく、止めた方がいいのでは?)
(し、しかし、どうやって止めればよいのだ……?)
(部屋に入るしかないだろうな)
(あの状況でか!?)
(やむを得ません)
(……そ、そうだな。頼んだ――千本桜)
(俺ッ!?)
(兄様の斬魄刀であるお前ならば……!)
(お願いします、千本桜殿)
(うっ……)

 こうして、千本桜は修羅場となりつつある目の前の部屋へ入ることになった。
 はっきり言って自分が止めに入るより、彼らの愛する妹君が止めた方が効果はある気がする。だが、潤んだ瞳を向ける二人を前に、断ることができなかった。
 仕方ない。千本桜は覚悟を決め、襖をスパン、と開けた。

「主! 緋真――」
「白哉様なんて知りません!」
「おっ!?」

 襖を開けた瞬間、千本桜の胸に緋真がドン、とぶつかって来た。部屋を出て行こうとしたのだろう。緋真はぶつかったことに目を瞬き、そっと顔を上げた。そこには初めて見る、秀麗な男の顔があった。

「……えっと、誰ですか?」
「千本桜です」
「え!? あ、お面は……?」
「外しています。屋敷内では、常につけているわけではありませんので」
「そうだったのですか。……綺麗な瞳ですね」
「あ……ありがとうございます。でも……」

 この状況では褒めてほしくなかった!

 千本桜はちらり、と部屋の中にいる己の主を見やった。白哉は眉間に皺を寄せ、どす黒い霊圧を放っている。

(怒ってる!)

 これはもちろん、緋真との喧嘩が原因ではない。緋真と密着している千本桜に怒っているのだろう。主の機微をいち早く察した千本桜は、慌てて口を開いた。

「ひ、緋真様……何があったかは存じませんが、一度部屋に戻りましょう」
「そ……それは嫌です! 白哉様は私のことなど……」
「千本桜」

 低く凛とした声が響いた。ようやく白哉が口を開いたことに、千本桜は身を固くする。部屋の外にいるルキアと袖白雪までもがごくり、と息を呑んだ。

「緋真を連れて中へ入れ」
「……御意」

 白哉に言われた通り、千本桜は優しく緋真の肩を押して中へ入った。

(って、俺も!?)

 入ってから気づいたが、ちゃっかり自分まで部屋に入るよう命じられている。
 白哉は襖を閉めようとした千本桜を制止した。

「外の二人も入れ」

 千本桜と袖白雪、そしてルキアの肩がびくっと跳ねた。白哉に気づかれてごまかしは効かない。
 外の二人はおそるおそる姿を見せ、「失礼します」と、ゆっくり入室した。





 白哉と緋真の私室は千本桜とルキアと袖白雪が加わり、朽木家大集合状態となっていた。しかしそこに漂う空気は、普段のように優しいものでも甘いものでもない。だからこそ、白哉と緋真以外の三人はかなり気まずかったりする。

「……先にひとつ言っておこう、千本桜」
「な、何だ?」
「貴様、先程緋真を呼び捨てにしたな」
「は!?」

 思いがけぬお咎め。千本桜は記憶を手繰り寄せ、いつ自分が緋真の名を呼び捨てにしたのかを考えた。

『主! 緋真――』
『白哉様なんて知りません!』
(あの時か!)

 あれは呼び捨てにしたのではなく、遮られてしまったのだ。千本桜は、慌てて抗議の声をあげた。

「誤解だ、主! あれは呼び捨てにしたのではなく、ちょうど名前の部分で遮られたからであって、そんなつもりは微塵もない!」
「……」
「……その目は信じていないな」
「いや……今回は大目に見てやろう」

 これでも譲歩してるのか……と、千本桜は遠い目になる。だが、白哉は緋真が絡むと大抵こうなのだ。今さら大した驚きはない。当の本人である緋真は、顔を赤らめうつむいていた。

「して、お前たちは何用で参った?」

 そうだ、すっかり忘れていた。自分たちは白哉と緋真の喧嘩を止めるため、この部屋へ来たのだ。
 再びすがるような目で二人に見上げられ、千本桜は仕方なく三人を代表して口を開くことになった。

「主と緋真様が喧嘩をしていたからだ」
「喧嘩?」
「私と白哉様が?」
「お、お二人は喧嘩をしていらしたのではないのですか!?」

 白哉と緋真が首を傾げるので、ルキアは思わず身を乗り出した。千本桜と袖白雪もきょとんとする。

「いや、そうだな……喧嘩かもしれぬ」
「そうですね」

 二人の曖昧な返答に、三人はさらに困惑する。

「つまり、お二人は喧嘩のつもりではなかったということですか?」

 袖白雪の言葉に、白哉と緋真は顔を見合わせ、同時に頷いた。三人は一気に脱力する。

「私はてっきり、兄様と姉様が喧嘩をしていたのかと……」
「あながち間違ってはいないだろう。主と緋真様が喧嘩と捉えていなかっただけだ」
「でも、本当にびっくりしました」
「そうです! 兄様と姉様が別れてしまったらと……」
「「それはない」」
「「それはないです」」

 白哉と千本桜、緋真と袖白雪の声が重なった。

「……お前たちに心配をかけたことには謝ろう」
「ごめんなさいね」

 そうして、五人はようやく笑みを浮かべた。





 あの後、何ともよいタイミングでお茶と茶菓子を持って清家が現れたときには、さすがの五人もどこかで見られていたのでは、と同時に思った。

「一仕事終えた後のお茶はおいしいな、袖白雪」
「そうですね」
「一仕事って?」
「兄様と姉様を仲直りさせたことです!」
「まあ、ルキアったら。ふふ」

 いつの間に仲直りしたの? とは誰も訊かない。まず、そこを気にする者がここにはいないのだ。

「主、ルキア殿は本当に心配していたのだぞ」
「わかっている。これからは気をつける」

 こっそりと白哉に耳打ちする千本桜。白哉は珍しく、素直に首を縦に振った。

「あ……この茶菓子、全然甘くないですよ。兄様、おひとつどうですか?」
「……頂こう」

 ルキアから手渡された茶菓子を受け取り、白哉は微笑んだ。それを見たルキアは、思わず顔を赤くする。

「ふふ」
「くす」
「なっ……何を笑っているのですか、姉様! 袖白雪まで!」
「くっ」
「千本桜もか!」

 どうして三人が笑っているのか理解できていない白哉は首を傾げながら、茶菓子を口に入れた。ルキアの言う通り甘くなかった。

「千本桜殿、お茶のおかわりは?」
「頂こう」
「まぁ……今の言い方、白哉様にそっくりですね」
「そうですか?」
「緋真、勘違いだ」
「主……!」
「兄様、千本桜は兄様と似ていると言われることが嬉しいのですよ」
「ルキア殿!」

 こうして、朽木家のお茶会は夕刻まで続いた。

「ところで主、緋真様」
「何だ」
「何ですか?」
「喧嘩の原因は?」

 千本桜が二人に尋ねた。ルキアと袖白雪も気になっていたのだろう。うんうんと頷いている。

「……大したことではない」
「大したことです!」
「あの、何があったんですか……?」

 ルキアが尋ねれば、白哉は気まずそうに顔を背けた。

「卯ノ花様におうかがいしたのです。白哉様ったら、熱があるのにお仕事をされていたそうで」
「熱?」
「俺も初耳なのだが」
「私も先日うかがったばかりです。何でもお仕事中に熱を出されたらしく、倒れるまで働かれていたそうで。ね、白哉様?」

 顔は笑っているが、目は笑っていない。
 初めて見る緋真の黒い笑みに、三人は身震いした。白哉は相変わらずそっぽを向いている。

「俺が知らぬとなると……おそらく五日前のことだな」
「なぜですか?」
「五日前、俺は主に命じられて蛇尾丸と虚退治に出向いていた」
「私がもっとご自分を大切になさってくださいと言っても、白哉様は平気だとか気にするなだとか……」

 段々とか細くなっていく緋真の声に、ようやく白哉はこちらを向いた。

「……何だ、お前たちのその目は」

 じとっ、とこちらを見るルキアと千本桜と袖白雪。

「兄様! 姉様の言う通りですよ!」
「今回は、私も白哉様が悪いかと」
「主、悪いが俺もそう思う」
「……」

 白哉は小さくため息をついた。これだけ言われてしまえば、言い返すことはできない。

「わかった、これからは気をつけよう」
「白哉様……」
「緋真、すまぬ」

 優しく緋真の頭を撫で、白哉は言った。緋真も微笑み、こくりと頷く。これで完全に一段落だ。

「このような喧嘩なら、たまにはしてもらった方がいいな」

 どこか呆れ気味に千本桜がぽつりと呟いた。

「主は自分の体を気にかけてはくれぬ故」
「……確かに」
「これからは気をつけると言っているであろう」

 緋真と袖白雪は、三人のやり取りにくすりと笑いをこぼした。




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