「あ、何か運ばれてきた!」

 店員らしき女性が盆を持ってやってきた。袖白雪の前に白玉餡蜜を、千本桜の前にわらび餅を置いていく。

「まぁ……! とてもおいしそうです」
「ふっ」
「な、なぜ笑うのですか!」
「いや、お前があまりにも嬉しそうなものだから。つい、な」
「……よいではないですか」
「ほら、そうむくれるな」

 目の前の白玉餡蜜を食べるようにうながせば、袖白雪はむすりとしたまま一掬いし、口に運んだ。すると、途端にむくれ顔がぱあっと輝く。

「おいしいです!」

 彼女にしては珍しい子供のような反応を見て、千本桜は袖白雪に気づかれぬようにもう一度小さく笑った。二口目を口に運ぶのを見届けると、千本桜もわらび餅をひとつ口に入れる。

「うまいな」

 袖白雪が騒ぐだけのことはある。これならば、朽木家御用達の和菓子職人と肩を並べられるかもしれない。

「あの、景厳様」
(((景厳様……?)))

 外で一連の会話を聞いていた斬魄刀集団は、聞き慣れぬ呼称に首を傾げた。しかしここからの流れは、彼女たちの頭からそんなことも吹き飛ばしてしまった。

「そのわらび餅、おいしいですか?」
「ああ。食してみるか?」

 すい、とわらび餅の入った器を袖白雪の前に差し出せば、彼女は不服そうな顔をした。

「……景厳様の鈍感」
「は?」
「そういうところ、白哉様にそっくりです」
「……意味がわからぬぞ、白雪」

 勝手に話を進める袖白雪に制止をかけ、千本桜はもう一度「意味がわからぬ」と呟いた。袖白雪の顔はますます不服そうになる。

「だから!」
「だから?」
「う、器ごとではなく……景厳様が、その……」

 最後の方はぼそぼそと蚊の鳴くような声だったため聞き取りづらかったが、さすがの千本桜にも袖白雪の言いたいことが理解できた。顔を赤く染める袖白雪同様、千本桜も一気に顔を赤くする。つまり、袖白雪は千本桜に食べさせてほしいのだ。

「……そ、そうか……」

 どもる千本桜に、袖白雪はおずおずと尋ねる。

「駄目、ですか……?」
「そ、そんなことはない!」

 首を左右に振り、間髪を容れずに答える千本桜。袖白雪は、ほっと安堵の息を吐いた。

「……ほら」

 千本桜はぎこちなく、楊枝に突き刺したわらび餅を袖白雪の口元へ運ぶ。袖白雪は小さく口を開き、それを迎え入れた。

「どうだ……?」
「お、おいしいです」

 そうは言ったものの、袖白雪には味などわからなかった。味覚よりも、視覚や聴覚の方が敏感になっていたからに違いない。

「あの、景厳様」
「何だ?」
「……あーんしてください」

 言われた言葉に、千本桜は唖然とした。袖白雪は顔を赤くしたまま、白玉を千本桜の口元に運ぶ。つい断ってしまいそうになった千本桜だが、別に嫌なわけではなく、むしろ喜ばしいこの状況を素直に受け入れることにした。

「……あ、あーん」

 抵抗はあったものの、袖白雪がそう言ってくれたのだからそれに答えねばと、千本桜はおかしなところで主譲りの真面目さを発揮し、小さく答えた。口に入れられた白玉の味がわからなかったのは千本桜も同じだった。
 二人は真っ赤な顔のまま互いを見合わせ、微笑んだ。

「うっわー……めちゃめちゃラブラブじゃない」
「見かけによらず、二人とも初々しいね」
「な、何だかこちらまで照れてしまいます」
「ちょっと羨ましい……」
「……む」
「つーか、コイツらキャラ違うくね?」

 二人を覗き見ていた斬魄刀集団は、その初々しい恋人同士のようなやり取りからようやく目を離した。抱く感想はそれぞれ違うが、二人が特別な関係であることは誰の目から見ても間違いない。――だが、これで終わりではなかった。

「む、見てみろ」

 氷輪丸が何かに気づき、再び店内の二人に目を向ける。千本桜と袖白雪はゆっくりと互いの顔を近づけ、今にも唇が触れ合いそうな位置にいた。その現場を目撃した灰猫らは――

「きゃーッ!」

 思わず声をあげてしまった。

「「!?」」

 もちろんその声は千本桜と袖白雪にも届き、二人は大きく肩を揺らして動きを止めた。声のした窓へと顔を向ければ、見慣れた顔が六つ。千本桜は慌てて窓を開き、身を乗り出した。

「貴様ら、このような場所で何をしている!?」
「え、いや、偶然よ! 偶然!」
「そのようなわけがあるか!」
「皆様、いったい何をしていらしたのですか?」

 こうなっては逃げられない。六人は覚悟を決め、店内へと足を踏み入れた。





「すいませーん、白玉餡蜜ひとつ追加で!」
「あ、じゃあ私は柏餅を」
「あたし、みたらし団子!」
「……おい」
「僕はおしるこね」
「……水羊羹を頼む」
「んじゃあ俺も水羊羹」
「おい!」

 席に着くなり、自由気ままに注文をしだす六人。ダン! と机を叩き、千本桜は怒りを露にした。

「貴様ら、いい度胸だな。まだ俺たちは何をしていたのか訊いていないのだが?」
「……」
「おい! 全員で黙るな!」

 いっせいに視線をそらした六人から、またよからぬことを企んでいたのだと悟る。再び千本桜が怒鳴ろうと口を開けようとしたところで袖白雪が制止をかけ、代わりに落ち着いた口調でもう一度尋ねた。

「皆様、何をしていらしたのですか?」

 笑顔だが、どことなく黒さを感じる。初めて見る袖白雪のその表情に、六人はおそるおそる事情という名の言い訳をした。





「「はッ!?」」

 すべてを訊き終わる頃、千本桜と袖白雪は顔を真っ赤に染めていた。素っ頓狂な声をあげ、呆然とする。

「こ、こここ恋人ッ!?」
「わ、私と景厳様が!?」

 かつて、この二人がこれほどまでに動揺したことがあっただろうか。
 千本桜は面頬を外しているため、普段は見ることのできない真っ赤な顔がさらけ出されているし、袖白雪は思わず「景厳様」と、千本桜をそう呼んでしまっている。その動揺っぷりに、灰猫たちはニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「で、結局のトコはどーなわけ?」

 白玉餡蜜を口に運び、幸せそうな顔をしながら、灰猫が楽しそうに二人へうながす。他の五人も、二人の答えを待っているようだった。

「ど、どうと訊かれましても……」
「……俺たちはそのような関係ではない」
「ウソだァ!」

 先程から恋人同士のようなことばかりしておき、まさか否定して通ると思っているのだろうか。

「さっさと認めちまえよ。そうすりゃコイツら納得すんだから」

 ボソッと千本桜の隣に座っていた風死が耳元で囁くが、千本桜は首を振る。

「認めるも何も、本当に恋人同士などではない」

 今までとは違い、真剣に千本桜は言う。向かい側に座る袖白雪も深く頷いた。

「では、お前たちの関係とは何だ」

 氷輪丸もまた、真面目に二人へ問う。千本桜と袖白雪は一瞬だけ考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

「――俺と袖白雪には、決して断ち切れぬ絆がある」
「恋人という、曖昧な関係では表せません」
「もっと、もっと特別な存在なのだ」
「ルキア様と同じく、誰よりも大切な人です」

 どこか甘い響きをふくむ二人の声色から、紡がれる言葉が嘘偽りのないものだとわかる。
 二人を結んでいると思っていた赤い糸は、もっと頑丈で切れることのない絆の鎖であった。自分たちにはよくわからないが、この二人は“恋人”という一言では表し切れない関係を築いているのだ。
 ――兄妹、姉弟、親友、そして恋人、夫婦。
 このどれもが二人の間に存在する絆と愛だからこそ、何か簡単な言葉で互いの関係を表すことができない。ただ、二人が共通して抱いている想いは――何よりも大切でかけがえのない愛しい存在――というものなのだ。

「……難しいけど、わかりやすい関係ね」
「かもしれんな」

 実際、千本桜もそう思っている。おそらく袖白雪もだろう。
 二人の関係は難しいものだが、とてもわかりやすいものでもあるのだ。

「だが、勘違いするな。俺は袖白雪を愛している。その事実は変わらない」
「もちろん、私もです」

 さらりと述べた二人に一瞬六人は硬直したが、すかさず灰猫が問うた。

「それって、どういう意味の“愛してる”?」

 二人は同時に声を重ね、微笑んで言った。

「内緒だ」
「内緒です」

 二人の関係は、友達以上恋人以上である。





-End-

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