同時刻、六番隊隊舎。
 千本桜の霊圧がどんどん離れていくことに、白哉は疑問を持っていた。さらに感覚を研ぎ澄ませれば、千本桜の周りには見知った者たちの霊圧まであることに気づく。
 ――いや、違う。見知った者たちに“限りなく近い”霊圧のようだ。さらにその中には、義妹に近い霊圧も感じられる。つまりは、彼女の斬魄刀、袖白雪だ。

「……何をしているのだ」

 嫌な予感は風船のように膨れ上がるばかりである。こういうときの勘ほど、当たりやすいものはない。もちろんその予感は見事的中するのだ。

「ちょ、今は執務中っスから!」
「何じゃ、少しくらい構わぬじゃろう」
「構うっつーの! アンタが来た後、隊長の機嫌すっげえ悪ィんだからな!」

 バタバタと隊首室の外がうるさい。恋次の悲痛な叫び声と、この世で一番聞きたくない声が耳に届く。徐々に白哉の眉間の皺も深くなっていく。そして、扉は開け放たれた。

「おう! 久しぶりじゃのう、白哉坊!」
「失せろ」

 隊首室にズカズカと入ってくる褐色の肌を持つ女――四楓院夜一は、白哉に向かってにたりと白い歯を見せた。隊首室の扉の後ろでは、恋次が「あちゃ〜」と、額を押さえている。

「しっかり六番隊隊長を務めておるようじゃのう。うむ、感心感心」
「聞こえなかったか。私は失せろと言ったのだ」

 書類から顔を上げ、白哉は初めて夜一を見た。いつの間にか夜一は長椅子に座り、寛いでいる。白哉の他人を寄せつけようとしない冷たい声も、夜一にはまったく通用しなかった。

「白哉坊。今日、儂は頼みを受けてここに来たのじゃ」
「頼みだと?」
「うむ」
「……誰からだ」

 一瞬、聞くのをためらった。風船は未だに膨らみ続けているからだ。

「ふっふっ」
「!」

 最近よく己にまとわりついている少女の霊圧が、ぐんぐんとこちらへ向かって来ていることに気づいた。夜一の怪しげなニヤケ顔を見て、とうとう風船は白哉の内で破裂する。

「びゃっくーん!」

 ほら、来た。
 白哉の霊圧感知能力は、他の死神と比べて頭ひとつ飛び抜けている。そうそう外れることはない。

「何用だ。……いや、やはり何も言わずに帰れ」
「今日はね、びゃっくんにお願いがあって来たんだよ!」

 だから何も言うなと言ったのに。
 自分の言葉を完全に無視し、にこにこと話し出すやちるに頭が痛くなる。はっきり言って、聞きたくない。

「今度はね、斬魄刀と持ち主の写真集を発売するの! だからあたし、びゃっくんの写真を撮りに来たんだよ!」
「断る」

 すかさず切り返した。そういえば、以前にも似たような目的で屋敷に現れていたことを思い出す。
 白哉はどこからともなく金平糖の袋を取り出し、窓から放り投げた。こうすればやちるが金平糖を追いかけて出て行くのは、経験上理解している。だが白哉の予想に反し、やちるは金平糖を追わなかった。

「……いらぬのか?」
「欲しいよ! でもびゃっくんの写真撮って帰るって約束したし、上手くいったら山のように金平糖買ってくれるって!」
「……」
「残念じゃったのう、白哉坊」

 けらけらと笑う夜一が、さらに白哉の神経を逆撫でする。白哉も写真集など発売する気はさらさらない。ここで引くわけにはいかないのだ。

「草鹿、金平糖だけでいいのか」
「え?」
「兄らが今すぐこの件から手を引くのであれば、十一番隊隊舎に好きなだけ菓子を届けてやろう」
「ホント!? 好きなだけ、何でも?」
「ああ。この件から手を引くのならば」
「わかった! あたし、みんなに言って……」
「待たぬか、草鹿。おもいっきり白哉坊に乗せられておるぞ」

 やちるは簡単に頷くが、夜一がすかさず止めに入った。相変わらず長椅子で寛いではいるものの、六番隊隊舎を訪れた理由を忘れてはいなかったらしい。

「おぬしらが白哉坊の写真を欲していると聞いた故、わざわざ協力してやったというのに。そう簡単に乗せられてどうするのじゃ」
「えー! でも、うーん……そうだよね。任しといてって言ったもんね!」
「そうじゃ! よく言ったぞ、草鹿」
(余計なことを!)

 白哉のこめかみがひくりと引きつる。やちるを追い返す一歩手前まできたというのに、夜一が邪魔に入った。こちらを得意気に見やる表情に、白哉はとうとうガタリと立ち上がった。

「四楓院夜一……貴様はわざわざ現世から、私に斬られに来たのか」
「何を言うか。儂は此奴らの助っ人に来たのじゃ」
「ならばその助っ人の首、この私が撥ねてやろう」

 腰に携えた斬魄刀をすらりと鞘から抜こうとした瞬間、夜一が“瞬身”と謳われるその速さで白哉の腕を掴み、抜刀を阻んだ。

「離せ。もしくは消えろ」
「ふふ……そのようなことばかり言ってよいのか? 白哉坊」
「何?」

 最初の笑い声がかなり怪しい。にぃ、と口角を上げる様子が不快でたまらないのと同時に、夜一に関わるとろくなことがないと、本能が白哉の内で警鐘を鳴らしていた。だが、夜一に女らしからぬ力で腕を捕まれているため、逃げることもできない。

「言ったじゃろう。儂は此奴らの助っ人じゃ、と」
「それが何だ」
「ふはははは! これを見るがいい、白哉坊」

 ぱっと腕を離され、白哉は今だ! とばかりに隊舎から出ようとした。しかし、夜一が懐から取り出した数枚の紙に、白哉の動きがびしっと止まる。

「そ、れは……」

 夜一が指に挟み、ひらひらと揺らしているのはただの紙ではなかった。――写真だ。

「ふふふ……お主の写真じゃ、白哉坊」

 ばっと広げられ、写真を見た白哉は驚愕する。それらはすべて、幼い頃に撮られたのであろう自分の姿ばかり。それも夜一が撮ったものだ。中には羞恥で震えそうな写真まである。

「貴様……いつの間に……!」
「儂にかかればこんなもんじゃ」
「ふざけるな。さっさと始末しろ!」
「冗談を言うでない。これは女性死神協会に寄付してやるのじゃ」
「なっ……」

 これを写真集とやらに使うのか、と白哉は愕然とした。それだけはどうにかして阻止しなければならない。

「それをよこせ」
「嫌じゃ」
「奴らに渡してみろ、ただでは済まさぬぞ」
「ほう……では彼奴らに、坊の赤裸々な過去の話でもしてやろうかのう」
「っ! 貴様……」

 白哉と夜一が互いに一歩も譲ろうとしない中、新たな乱入者がやって来る。

「はぁ〜い!」
「お邪魔します」

 窓から現れたのは、先程まで千本桜と一悶着起こしていた灰猫と飛梅だった。そういえば千本桜は此奴らのもとへ向かったはずでは、と白哉が訝しげに思っていると、二人がこちらを向いた。

「アンタが千本桜の持ち主でしょ? 近くで見るのは初めてだけど、イイ男じゃない」
「……千本桜はどこだ」
「千本桜なら、すでに女性死神協会に連行しました」

 ……連行。
 白哉は痛む頭を押さえた。そこで、つい油断してしまったのだ。後ろから夜一にがしりと羽交い締めにされ、白哉は珍しく慌てた。

「夜一!」
「大人しくせぬか」
「ふざけるな!」
「びゃっくん!」

 なぜかずっと黙っていたやちるが声をあげた。その口周りにはあんこがついている。おそらく来客用にとしまわれていた茶菓子を見つけ、一人黙々と食べていたのだろう。ちなみに、その茶菓子は朽木家御用達の物であり、一般の物と桁がふたつ違う。

「ごちそうさま! ここのお菓子、すっごくおいしいね!」
「……もう帰れ」

 だんだんと白哉も疲れてきたのか、いつもの覇気が薄れてきている。しかし、白哉の心労はこれで終わらない。

「だからね、びゃっくんにはこれあげる!」
「んむっ!?」

 口の中に、無理矢理飴玉のような物を入れられた。思わずごくりと嚥下してしまう。

「貴様、何を……」

 おかしい。突然、白哉は猛烈な睡魔に襲われる。あの飴玉か、と気づいた頃には、白哉は逆らえぬ眠りの中へと堕ちていった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -