その頃、千本桜はすでに遠く離れた十三番隊隊舎付近まで逃げていた。白哉のもとへ戻りたいのはやまやまなのだが、追われている身ではそれもできない。
 あの四人では、見境なしに目的を実行してくるだろう。六番隊隊舎にも被害は出るだろうし、白哉にも迷惑がかかる。

「奴らは白哉に接触しただろうか……」

 誰も追いついてきていないことを確認し、少しばかり速度を緩めながらポツリと呟く。おそらく次に白哉と顔を合わせる頃には、地獄の鬼も頭を下げてしまいそうなほど機嫌が悪いに違いない。

「……せっかくゆっくりと茶を飲んでいたというのに」

 はあ、と本日何度目かのため息が出る。千本桜の言葉には、白哉の休憩時間を奪ったことに対する憤りと、主と二人での穏やかな時間を邪魔されたことへの落胆の色が滲んでいた。

「この騒ぎが落ち着いたら、奴ら、ただでは済まさぬ」
「千本桜殿?」

 屋根から屋根へと移動していた千本桜は、下から聞こえてきた声に驚いた様子も見せず、ザッと足を止めた。

「袖白雪……そうか、このあたりは十三番隊隊舎付近か」

 ふむ、と一人顎に手を添えて頷く千本桜を見ながら、白哉の義妹であるルキアの斬魄刀、袖白雪は首を傾けた。

「何かあったのですか?」
「……話せば長くなる」

 音もなく屋根から降り立ち、千本桜は自分の置かれている現状を話した。

「まぁ、それは災難でしたね。私たちも写真集のお話ならうかがっております」
「お前たちも?」
「はい。私とルキア様の写真集も発売したいから、と」
「……承諾したのか」
「ええ。松本副隊長と伊勢副隊長から直々のお願いでしたし、ルキア様が頷きましたので。私もそれに従います」
「そうか。無理矢理ではないのだな」
「はい」
「ならばいい」

 ようやく少しずつ、千本桜にも穏やかな気分が戻り始めた。袖白雪と話しているとどこか落ち着く自分がいることに気づき、嫌な気はしないな、と薄く笑みを浮かべる。

「いっそのこと、写真集作成に協力して差し上げてはいかがです?」
「冗談ではない」

 くすくすと笑う袖白雪は、彼女にしては珍しい悪戯っ子のような顔をしていた。

「俺がよくても、白哉が嫌がる」
「あら、千本桜殿はよろしいのですか?」
「たとえの話だ」
「ふふ、存じています」
「だいたい奴らの前で面頬を外すなど……」
「そうですね。千本桜殿は素顔をお見せするのが、あまりお好きではありませんから」
「白哉やお前の前では外すだろう」
「はい……とても、嬉しいです」

 空気が穏やかなものから甘いものへと変わりつつある。
 千本桜が袖白雪の頬にそっと優しく触れた。袖白雪は、頬に添えられている千本桜の右手へ己の手を重ねる。

「千本桜殿……」
「二人きりのときは、その名ではなく」
「……景厳、様」

 千本桜は満足そうに微笑んだ。
 主である白哉と袖白雪のみが知る、己の真の名前。二人以外は誰も知らぬ、誰も口にしない、その名前。白哉と袖白雪以外は、その名を知らなくていい。二人に呼んでもらえるなら、他はいらないのだ。

「白雪」

 千本桜も、二人きりのときにのみ使う愛称で袖白雪の名を呼んだ。この愛称もまた、ルキアと千本桜以外が呼ぶことはない。

「本音を言えば、お前にはあまり写真集は出してほしくないのだがな」
「なぜですか?」
「お前を知るのは、俺とお前の主でじゅうぶんだ」

 耳元で囁かれた言葉が、低い体温を上昇させる。袖白雪はうっすらと頬を染め、首を左右に振った。

「ご安心を。私のすべてを知るのは、ルキア様と景厳様だけです」
「白雪……」

 すっかり桜と雪の世界へ入ってしまっている二人。断っておくが、周りに桜や雪が舞い散っているわけではない。
 そして、こういうときに限って、邪魔者は現れるのだ。

 パシャリ!

「「!?」」
「ヒューッ! お熱いこったなぁ」
「前から怪しいとは思ってましたけど」
「……」
「アンタたち、やっぱりそういう関係だったのねぇ」

 完全に油断していた。抑えていたのだろうが、こんなに接近されるまで四人の霊圧に気づけなかった。
 ニヤニヤ顔の灰猫と風死を目にし、二人は慌てて離れる。それでも四人の視線が痛いことに変わりはなかった。

「き、貴様ら……」
「ふっふっ、イイもん見ちゃった」
「散らすぞ!」
「へぇ、そんなこと言うんだ。今の写真、女性死神協会に渡しちゃおーっと」
「なっ……!?」
「な、なりません!」
「じゃあ千本桜、仮面外してくれるわよねぇ?」
「ぐっ……卑怯な手を……!」

 いやらしい笑みを浮かべる灰猫。弱点を握られてしまった千本桜には、断る術など残されていなかった。袖白雪は顔を赤く染めながらも、不安そうに千本桜を見やる。

「かげ……千本桜殿」
「ザマァねえなぁ、千本桜!」
「さ、女性死神協会のアジトに戻るわよ〜!」
「……覚えていろッ!」

 そうして袖白雪付き添いのもと、千本桜は四人に連行されるのだった。


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