今日でこの時間に屋上へ来るのは三日目になる。
 世間でいうゴールデンウィークが終わってから、俺は何にもやる気がわかなくなっていた。勉強はもちろん、大好きな野球にさえ普段のように真剣に打ち込むことができないでいる。これは俺的に異常事態だ。原因はわからない。もしかすると、これが一種の五月病ってやつなのかもしんねーな、と横になりながらぼんやり思った。空が青い。今頃ツナや獄寺は、子守唄にしか聞こえない日本史の授業でも受けているのだろうか。
 何にもやる気がわかないとは言ったけれど、この三日全部の授業をサボっているわけじゃない。聞いているかは別として、午前の授業は真面目に出ている。俺がサボるのは、午後の授業からだ。
 一日目、俺が誰にも断らず昼からの授業に出ないでいると、心配そうな顔をしたツナと、しぶしぶツナについてきた獄寺が探しに来てくれた。何かあったのかと聞いてくるツナには、本当に悪いことをしちまったと思ってる。もちろん獄寺にも。そのときはいつも通り、「ちょっと風に当たりたくてさ」と笑ってごまかした。今思えば、授業をサボって風に当たりにくるなんて、我ながらバカなことを言った。
 二日目も、やっぱりツナと獄寺は俺を探しに来てくれた。二人の後ろには、笹川と黒川の姿も増えていた。みんなにまで授業をサボらせてしまったのが申し訳なくて、俺は素直に謝り、「今日はちょっと調子が悪くてさ」と、やっぱり笑ってごまかした。
 そして三日目。今日は五限目の授業が体育なので、ツナと獄寺には先にグラウンドへ行っておいてくれと伝えてある。二人から後でちゃんと来るように言われたが、俺は行く気がない。やる気が出ないのだ。

「もうチャイムは鳴ったはずだけど」

 ぎぎぃ、という錆びた音と、不愉快そうな低い声。この二日間は見かけなかったが、そういえば屋上は風紀委員長のお気に入りの場所だった。

「見逃してくれよ、ヒバリ」
「僕が見逃すと思ってるの?」
「ハハ、思わねえのな」

 グラウンドでは、ツナや獄寺をふくむクラスメイトたちが準備運動をしていた。ここから見ても、ツナのツンツン頭と獄寺の銀髪はよくわかる。俺やヒバリはそこまで目立つ頭ではないけれど、たぶんヒバリには威圧感のようなオーラがあるから、きっとグラウンドにいてもすぐ気づくだろう。
 チャキ、とトンファーを構え、先程よりかは少し楽しそうにヒバリは笑った。俺も体を起こした。その拍子に、ポケットからオレンジ味の飴が滑り落ちた。今朝、マネージャーの子からもらったものだ。そこでふと思い出した。確かヒバリは、こどもの日が誕生日だったはず。

「ヒバリ、これやるよ」

 投げられた飴を難なくキャッチし、ヒバリは「何これ」と、不快げに顔を歪めた。

「俺からの誕生日プレゼントなのな」
「いらない」
「いいから、受け取っとけって」

 ヒバリは不快そうな表情のまま、飴玉を包装している透明のフィルムを解き、オレンジ色の飴を口の中に入れた。こんなものが誕生日プレゼントだなんて笑っちまう。けれど、俺とヒバリの間にはこれくらいがちょうどいい。
 口の中で飴を転がしながら、ヒバリは再びトンファーを構えた。黒いローファーが地面を強く蹴り上げるのと同時に、勢いよく繰り出されるトンファー。俺は咄嗟に体勢を低くする。

「ワオ、よく躱したね」
「よく言うぜ」

 今の一撃、ヒバリは実力の十分の一も出しちゃいなかった。俺が躱したんじゃない。ヒバリが躱させたんだ。

「何してるの。構えなよ」

 自分で避けさせたクセに、今の一撃を避けられたのが嬉しかったのか、ヒバリは今日一番の喜色をふくんだ声で言った。きっと普段の俺なら、冗談じゃないと、何かしら言い訳をしてこの場を丸く収めようと必死になっていたはずだ。でも、今日は違った。
 ヒバリの鋭い眼光と獰猛な笑みを見て、背筋がぞくりとした。恐れや焦りとは違う、俺を襲った気持ちのいい高揚感。
 ああ――そうか。俺が求めてたのは、これだったんだ。

「後悔するぜ」
「誰に言ってんの、君」

 虹の代理戦争が終わって、平和な日々が続く中、俺は退屈してたんだ。戦いのない平凡な日常に。
 別に俺はヒバリのように戦闘マニアでも何でもないし、戦いだって好きなわけじゃない。けど、確かに俺は求めていた。本気の戦いの緊張感を。背筋を震わせる相手との対峙を。今まで味わってきた非日常を。俺ってこんなに血の気多かったっけか。

「校舎、壊しちまうかもしんねえぜ?」
「安心しなよ。その前に君を咬み殺すから」
「俺だってそう簡単にはやられねえのな!」
「……きなよ、山本武」

 向けられる半端ない殺気に体が震える。さすがとしか言いようがない。本当に殺されるかもしれない、そう思った。でも、今の俺は、最近で一番輝いている目をしているという自覚があった。それくらい楽しいんだ。
 ほんの少し、常日頃から強者との戦いを求めているヒバリの気持ちがわかったような気がした。……やべえなあ。ヒバリほどじゃないにしろ、俺まで戦闘マニアになっちまいそうだ。

「並中の風紀を乱す奴は、咬み殺す」

 ガリッ、と飴玉の砕ける音がした。





─────────
とある喜劇の幕開け

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -