「あ……雨だ」

 学校の玄関先でどんよりとした鉛色の空を見上げ、歌は呟いた。
 ポツリ、ポツリ、と降りだした雨は、瞬く間に勢いを増していく。

「あちゃ〜、傘なんて持ってきてないよ」

 ザアザアと地面を叩きつける雨は、まだ当分止みそうにない。こんなときに限って掃除係に当たっていた自分を恨めしく思いながら、歌はがっくり肩を落とした。真菜と美紀には遅くなるからと先に帰ってもらったので、生憎と周りに傘を持っていそうな友人はいない。

「マイメロ、迎えに来てくれないかなぁ」

 そうは呟くものの、来てくれるかわからない迎えを待っているわけにもいかず。歌は仕方なく、濡れて帰ることにした。

「走れば何とかなるよね!」

 よしっ、と気合いを入れ、歌は鞄を傘変わりにして走り出した。しかし、正門を出たところで思わぬ人物から声をかけられ、その足はすぐさま止まることになる。

「夢野君?」
「ひ、柊先輩……!」

 正門前でばったり会ったのは、今も想いを寄せる相手、柊恵一であった。恵一はちょうど迎えの車に乗るところだったらしい。目の前には、見慣れた黒い高級車が止まっている。

「あれ……傘は?」
「忘れちゃって……あはは」

 歌は乾いた笑みをこぼし、「それじゃあ先輩、さようなら」と、恵一に別れを告げて再び走り出そうとする。だが、それは叶わなかった。恵一に「待って」と、腕を掴まれてしまったのだ。

「せ、先輩?」
「そのままだと風邪を引く。送るよ」
「ええっ!? だ、大丈夫ですよ! あたし頑丈なんで!」
「いいから乗って」

 そうして半ば強引に車へ引きずり込まれた歌は、大人しく家へ送ってもらうことにしたのだった。

「はい」
「あ、ありがとうございます」

 差し出されたタオルを受け取り、頭を軽く拭う。ふわふわの柔らかい感触に、洗剤もいいものを使っているのだろうと歌は思った。

「今日は一人なんだね」
「……え?」
「いつも君の周りには、誰かしらいるから」

 曇った窓ガラスから灰色の空を眺め、恵一は言った。その表情はよくわからない。

「掃除係だったんで、先に帰ってもらったんです」
「……そう」

 真面目な子だ。分け隔てない優しさを持っていて、とても元気で明るい。自分とは正反対な女の子。
 だからこそ、彼女の周りからは人が絶えないのだと、恵一は思った。

「本当に面白いね、君は」
「ええっ!? い、いいいきなり何ですか!」

 恵一の言葉に、歌は顔を赤くして慌て出す。そのくるくる変わる表情も恵一にとっては新鮮で、やはり面白かった。

「気にしなくていいよ」
「き、気にします!」
「誉めてるんだ」
「ウソ!」
「ホントだよ」

 恵一はうっすらと微笑んだ。その笑みを見た歌はうっ、と口をつぐみ、さらに顔を赤く染める。

「ほら、もう着くよ」

 え、と歌が窓の外に目を向ければ、いつの間にか車は家のすぐ近くまで来ていた。まったく気づかなかった自分に驚きつつ、もうお別れかと思うと残念な気持ちが胸を占める。
 車が静かに停車した。

「ありがとうございました、柊先輩、セバスチャンさん」
「いえいえ、お気になさらず」
「じゃあ、さようなら」

 歌は車から降り、玄関先で頭を下げた。恵一は窓を開けると、笑って告げる。

「楽しかったよ、夢野君」

 他人といて、こんなふうに思えることなんてほとんどなかった。冷めきったこの心を温かくしてくれる彼女は、きっと自分にとって特別な存在なのだ。
 しかし、恵一がその特別の本当の意味に気づくことになるのは、もう少し先の話である。

「私もです、柊先輩」

 歌は照れくさそうに笑った。





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空と心の反比例

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