朽木の坊っちゃん、と男は私を見て言った。

「誰だ」
「何や、お爺様から何も聞いてへんのかい」
「……隊長羽織を着ているから、隊長だということはわかる」
「五番隊隊長の平子真子や」

 そう自己紹介した目の前の男は、ニタッと白い歯を見せた。締まりのない顔。どこか浦原喜助を思い起こさせるその腑抜けた表情は、どこからどう見ても隊長には見えなかった。少なくとも、爺様と対等な地位にいるとは思えない。

「何で朽木の坊っちゃんがこないなところにおんねん」
「……その呼び方はやめろ」

 隊長格に対する物言いではないと、自分でもわかった。しかしこの男には、とてもではないが敬意というものを払えそうにない。

「朽木隊長の孫」
「その呼び方もやめろ」
「朽木副隊長の息子」
「同じことだろう」
「朽木の坊や」
「貴様……」
「あー、もう面倒くさいな! 生意気なガキンチョが!」
「なっ、貴様! この私を愚弄するか……!」

 男の言葉にカチンときた私は、思わず大声で怒鳴りつけた。
 周りに誰もいなくて助かった。五番隊隊長と朽木家次期当主の言い争う姿が見つかれば、きっと騒ぎになってしまう。

「そもそも目上のモンに対する態度がなってへんなァ。礼儀っちゅうもんを知らんのかい、朽木のガキんちょは」
「っ……貴様……!」

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、平子真子は私を見下ろしてくる。腹立たしい。なぜこのような男が隊長という地位にいるのか、私には理解できない。

「だいたい、まだオマエの口から名前を聞いてへん。名乗りもせえへんのに、ブツブツ呼び方に文句言われる筋合いはあらへんなァ」

 ああ、腹立たしいことこの上ない。名前など聞いてどうするのだ。どうせ、知っているくせに。

「朽木……白哉だ」
「ええ名前やないか」

 予想外の言葉とともに、先程とは打って変わって穏やかな視線が降ってくる。
 ――何なのだ、この男は。
 子供のような雰囲気を漂わせていたかと思えば、急に大人の空気を醸し出す。……私の苦手な種類の輩だ。

「そういえば、白哉坊って呼んどったな。二番隊の隊長サンは」
「!」
「もしかして今ここにおんのも、その二番隊隊長サンが関係してるんか?」
「ぐっ……!」

 顔が歪んでしまったのをはっきりと感じた。
 そうだ、忘れていた。私は四楓院夜一を追いかけて、わざわざここまでやって来たのだった。
 この男はそれに気づいたのか、意地悪く口角を吊り上げた。嫌な予感。四楓院夜一が私にちょっかいをかけてくるときの顔と同じ顔だ。

「なるほどなあ〜」
「何がだ」
「いや、二番隊隊長サンの気持ちがわかるなァと思うて」

 笑みを携えたまま、平子真子は私を見下ろす。
 あの女の気持ちがわかるだと? わけがわからない。いったい奴のどのような気持ちがわかるというのだ。私にはまったくもって理解できないし、したいとも思わない。
 ただこの男が、四楓院夜一や浦原喜助と同種の死神だということはわかった。普段は人を苛立たせるだけ苛立たせ、不真面目で子供のような態度しか見せないくせに、ふとした瞬間に私よりずっと大人になる。余裕と器の大きさ、そして愛情を持った大人に。そのときの奴らは、私では手の届かない場所にいる。それがまた、ひどく苛立たしかった。この男も、そういう死神なのだろう。

「嫌いだ」
「急に何や」
「貴様らのような大人は、嫌いだ」

 上手くは言えないが、嫌い。奴らと一緒にいるときの私は、朽木家次期当主としての自分を忘れてしまいそうになるから。

「俺も嫌いや。オマエみたいに生意気なガキンチョ」
「ガキではない!」
「ガキや。まだまだ子供のくせに、何を大人ぶっとんねん」
「! 何だと……!」
「ガキはガキらしく遊んどればええ。周りに甘えとればええ」
「勝手なことを……朽木家次期当主である私に、そのような真似は許されぬ」
「ハァ……オマエには言うてもわからんか」
「どういう意味だ」
「ま、こういうガキンチョやから構いたくなるんやろなあ。二番隊の隊長サンらは」
「聞いているのか!」
「あ、二番隊隊長サン」
「何!?」
「ぷっ……ウソや」
「貴様ぁ!」

 舌を出して、平子真子は人を馬鹿にした顔を作った。
 ああ、やはりーー。

「嫌いだ!」

 怒鳴る私とは対照的に、眼前の男は心底楽しそうな笑い声を上げるのだった。





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狡い大人

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