頬を優しく撫でる風を感じ、白哉はゆっくりと瞼を持ち上げた。何度か瞬きを繰り返し、すっとあたりを見渡す。縁側で茶を飲みながら庭を眺めている途中で、どうやら眠ってしまったようだ。
まだ日は高く、それほど時間は経っていないことがわかる。
「緋真?」
そこで初めて、白哉は少し離れた場所に屈み込んでいる妻を見つけた。はっとして、気づいたときには瞬歩を使い、緋真のそばへと駆け寄っていた。
「緋真!」
「どうかなさいましたか、白哉様? そんなに慌てて……」
きょとんと己を見上げ、「いつの間にお目覚めに?」と、緋真は少し笑って首を傾けた。白哉は目を丸くする。
「つい先程だが……緋真の屈む姿を見つけて、具合でも悪いのかと思った」
しかし、私の杞憂だったようだ、と白哉は安堵に頬を緩ませた。すると次は緋真が慌て出し、すぐさま立ち上がって頭を下げる。
「も、申し訳ございません! とんだ誤解を招いてしまいました」
「構わぬ、私の早とちりだ。……花でも見ていたのか?」
「えっと……それは、そうなんですけど……」
「?」
なぜか照れたように白哉から顔をそらすと、緋真は小さな声で告げた。
「花占いを、していたのです」
「花占い?」
「……はい」
頷いて、緋真は花弁が残り二枚になった花を差し出した。白哉は、それをまじまじと見つめる。
「続けると、次は嫌いで、最後が好きになります」
嬉しそうに笑う緋真を見て、白哉も穏やかな微笑みを返した。だが、ひとつ気になることがある。
「花占いとは、何だ?」
「……え?」
そう、白哉は花占いを知らないのだ。こんな誰しもが知っているような遊びを。
知らないということは、つまり、したことがないということでもある。
緋真は一瞬呆気に取られたが、次にはズキリとした胸の痛みを感じていた。
花占いだけではない。誰もが知っているような子供の遊びを、白哉は知らない。朽木家の当主となるべく、遊ぶことなどほとんどなかったのだろう。それが、緋真の胸を痛ませた。
「緋真?」
急に黙ってしまった緋真を見て、白哉は不思議そうに名を呼んだ。そこで緋真は我に返り、「何でもありません」と、笑って首を左右に降る。
「白哉様、花占いというものはですね……」
ひとつ花を摘んで、緋真は花占いを白哉に教えた。
「なるほど。可愛らしい遊びだな」
「ふふ、白哉様もしてみませんか?」
緋真に花を手渡され、白哉はふむ、と頷いた。二人はともに屈み込み、寄り添い合って花弁をちぎる。
「いいですか、白哉様。……最初は好き」
「次は嫌い、か」
「はい。次はまた好き」
「……嫌い」
「好き」
「嫌い」
「好き」
「嫌い」
最後に残った花弁は――
「「好き」」
二人は声を重ね、互いの顔を見つめ合った。何やら気恥ずかしい気分になりながらも、そっと柔らかく微笑む。
「……よかった。私も白哉様も“好き”で終わりましたね」
本当に嬉しそうな顔をする緋真が、白哉にはたまらなく愛しかった。
「緋真」
ちょいちょいと、手でもう少し近づくようにうながす。目をぱちくりさせつつ、緋真は白哉と密着する位置まで近づいた。
白哉はそのまま緋真の手を取り、ぐっと抱き寄せる。
「きゃ……!」
重なった唇は、抱き寄せられた力に反し、とても優しいものだった。突然の口づけに緋真は体を強張らせるが、すぐに白哉へと身を委ねる。二人は、しばらくそうして抱き合っていた。
「白哉様……」
「お前があまりにも可愛らしいからだ」
そう言って、こんなに可愛らしい緋真の顔を見れるなら花占いも悪くないものだと、白哉はうっすら笑った。
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花占い