隊首会から戻ってきた白哉は、執務室に居座る派手な頭の死神代行を見るなり、目を鋭く細めた。

「なぜ兄がここにいる」

 白哉に問われ、派手な頭の死神代行――黒崎一護は、右手を上げて返事をした。

「よう。邪魔してるぜ、白哉」
「私は、なぜ兄がここにいるのかと訊いている」

 己の椅子に着席し、机の上に積まれた書類を手に取りながら、白哉はぴしゃりと言う。口は一護を相手にしているが、それ以外はすでに仕事へと向けられていた。その切り替えの早さには一護も感心する。

「あー、今日はルキアの忘れもんを届けに来た」
「忘れ物?」
「これ」

 ほら、と一護が死覇装の懐から取り出したのは、ルキアの伝令神機に付いていたチャッピーのストラップだった。紐が切れているらしく、きっと一護の家で落としたまま気づかなかったのだろう。

「ルキアなら、十三番隊隊舎にいるはずだ」
「浮竹さんとこだろ? さっき行ってきたぜ」

 ストラップを懐にしまい、一護は頷いた。白哉は怪訝そうに眉をしかめる。

「ならばなぜ、まだそれを持っている」
「ルキアの奴、ちょうど書類を届けに出掛けててよ。浮竹さんはここで待ってればいいって言ってくれたけど、何か体調悪そうだったからな。迷惑かけちゃ悪ィと思ってここに来た」
「……それは、私になら迷惑をかけてもよいということか」
「ち、違ェって! 霊圧が痛いッ!」

 びりびりと意図的に霊圧を向けられ、一護は呻いた。

「恋次に昼飯でも奢ってもらおうと思って来たんだよ」
「恋次は任務で出ている」
「らしーな。理吉って隊員が教えてくれた」

 小さくため息をこぼし、一護は昼飯にありつけなかったことを嘆く。
 白哉はそんな一護を一瞥すると、筆を止めることなく呟くように言った。

「……そこに」
「?」
「私の昼食がある」

 視線で示された先には、青紫色の風呂敷に包まれた重箱らしきものが。

「このでっかいやつか?」
「ああ」
「さすが貴族……弁当が重箱って、普通ありえねえよ」
「食しきれぬ」
「そりゃそーだ。白哉、あんまり食わなさそうだし」

 そう言って、一護は観察するように白哉を眺めた。
 男のくせに色白で華奢な体躯は、自分とはまったく正反対のもの。以前、女性死神協会の慰安旅行か何だかに巻き込まれて海を訪れた際、そういえば彼はやけに細くて白かった気がする。今はまだ白哉の方が身長は高いが、それもあっという間に追い抜いてしまえそうだ。そう思うと、少しだけ得意な気分になった。
 白哉より高くなったときは、頭を撫でて肩を組んでやるか。プライドの高い白哉には、さぞ屈辱的なことだろう。

(いや、その前に殺されるな……)

 無言で斬魄刀を解放する姿が容易に想像でき、思わずぶるりと体を震わせた。

「で、これをどうすんだ?」
「言ったであろう。食しきれぬと」
「もしかして……分けてくれんのか?」

 返事はないが、こちらを見る白哉の目が肯定していた。そう言っているだろう、と言わんばかりの視線に、「わかるか!」と、ついツッこんでしまいそうになる。

「でも、それじゃあ白哉に悪ィし」
「構わぬ。どうせその昼食は家で廃棄する。ならば兄の腹の足しになる方がいくらかましであろう」
「ましって……つーか、白哉は食わねえのかよ?」
「仕上げねばならぬ書類が溜まっている。昼食をとる時間が惜しい」

 会話の途中でもほとんど止まらない筆が、それを証明していた。

「書類を溜めるなんて、白哉にしては珍しいな。何かあったのか?」

 最近になって、ルキアからよく兄様自慢を聞かされるようになった一護だ。その仕事の早さも、耳にタコができるくらい聞かされている。

「兄には関係のないことだ」
「そりゃそうだけどよ……」

 一護は言葉に詰まった。確かに白哉の言う通りである。貴族の当主という特別な立場を考えれば、いろいろあるのも当然だろう。
 一護はそれ以上何も言わず、すっと重箱に目をやった。

「でも、飯はちゃんと食った方がいいぜ」
「いらぬ」
「少しだけでいいから食っとけって」
「いらぬと言っている」

 まるで聞く耳なしの白哉に、一護は小さくため息をついた。この調子では、夕食すらまともにとりそうではない。そんなことをしていては、いくら白哉でも倒れてしまうだろう。

「ったく、ほら!」

 ドン、と重箱を白哉の机の上に置き、その風呂敷をほどく。白哉は迷惑そうに眉を寄せ、一護を睨み上げた。

「邪魔だ」
「アンタ、ただでさえ細ェんだから、しっかり食わなきゃぶっ倒れんぞ」

 一護も気丈に白哉を睨み返した。
 一瞬、その顔とその台詞が記憶にある男と重なり、白哉は目を丸くする。

『お前、ただでさえ細ェんだから、しっかり食わなきゃぶっ倒れんぞ』

 思えば、あの男も世話焼きだった。幼き頃はもちろん、死神になり隊長格へ上り詰めても、あれは己を子供扱いして何かと世話を焼いてきた。その強引さが鬱陶しくて適わなかったが、まさか今になって再び同じような目に遭うとは。

「白哉?」
「……何でもない」

 違和感を感じ、一護は首を傾げる。白哉は瞼を伏せて、静かに筆を置いた。

「黒崎一護」
「……おう」

 まるで何かを確認するかのように、ゆっくり名前を紡がれた。それにまた一護は違和感を感じるが、あえて何も言わなかった。

「……少しだけ、私も食する」

 なぜか、気持ちを動かされた。あの男と違い、眼前の男は自分よりもずっと子供なのだが、顔が似ているだけに“仕方ない”と思う自分がいたのかもしれない。
 驚いて目を見開いている一護に、白哉は続けた。

「私の分を取り分けておけ。後で食す」
「お、おう!」
「残りの分は兄が処分しろ」
「任せとけ!」

 にかっと笑った表情は、驚くほど記憶の中の男に似ていて眩しかった。




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ふたつの陽

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