反旗を翻した藍染たちとの戦いが終結してから十日。
 重傷者は多く、まだ傷の癒えぬ者も多いが、四番隊の治療のおかげで多くの者たちが着実に回復へと向かっていた。
 今回の戦いで己の力量不足を感じた者たちは、すでに各々で修行に励んでいる。
 そんな中、すでに全快である六番隊隊長と八番隊隊長、そして十一番隊隊長は、総隊長から直々のお呼び出しを食らっていた。このおかしな面子が呼び出された理由はひとつ。――隊長羽織をなくしたからだ。

「ったく、羽織の一枚や二枚でうるせえ爺さんだ」
「僕らも悪いっちゃあ悪いんだけど、あんなに怒らなくてもねぇ」
「あんなモン、戦いに必要ねえだろ。邪魔だ」
「あはは、君らしいね」
「てめえだって人のこと言えねえだろうが。何だよ、お洒落って。ワケわかんねえ」
「そうかな〜? でも一番らしかったのは白哉君でしょ。あの隊長羽織を安物だなんて……さすがというか何というか」
「あのお貴族様の考えてることなんてわかるか」
「あれは絶対に素で言ってたもんねぇ。でも君たち、仲良く十刃を倒したんじゃなかったの?」
「ハッ、十刃なんて知らねえよ。俺ァ、ずっとあいつと戦ってたからな」
「……あいつ、って白哉君?」
「他にいねえだろ」

 不服そうに、「決着はつかず終いだけどな」と呟く剣八を、京楽は目を丸くして見つめた。

「君たちが戦った十刃の数字って、0じゃなかったのかい?」
「あァ? 覚えてるかよ、そんなこと」

 いや、報告で聞いた話によれば、確かに0だったはずだ。現世で自分たちと交戦した十刃よりも、さらに上の数字を持った破面が存在したことに驚いたのを覚えているから、間違いない。
 京楽はふうっ、と息をつき、「参ったねぇ」と小さく笑った。

「さすがは護廷最強ペアかな」
「ハァ? 何言ってんだ、てめえ」
「ふふ、何でもないよ。……そろそろオジサンたちも現役引退かなぁ」
「よく言うぜ。爺さんなんて後千年は固ェんじゃねえか」

 うんざりするように剣八は言う。その台詞に、違いない、と失笑した京楽は、ふともう一方の護廷最強の姿が見当たらないことに気がついた。

「そういえば、白哉君は?」

 先程までは三人仲良くお叱りを受けていたというのに、いつの間に消えてしまったのだろうか。あたりを見渡してもその姿はなく、京楽は首を傾げた。
 しかし、剣八は不思議そうな表情を浮かべることなく、「まだ爺さんと一緒だろ」と顔でくい、と一番隊隊舎を示す。

「え、本当?」
「最後に一人呼ばれてたじゃねえか」

 呆れ気味にそう言われ、京楽はそっと瞼を伏せて霊圧を探った。微かだが、確かに一番隊隊舎の中から白哉の霊圧が感じ取れた。
 まさか更木君の口から人の行方を知らされるなんてね、とこっそり上がった京楽の口角に気づかぬまま、剣八は続けた。

「あんまり言いすぎたんで、一人居残り説教されてんじゃねえか」
「白哉君が? はは、そいつは面白いねぇ」

 護廷の中でもお叱り率のトップを走る自分や剣八ではなく、普段は生真面目で叱られることなどめったにない白哉だけが咎められている。それを考えると、京楽はおかしくて仕方がなかった(稀に浮竹からは叱られているが)。

「まあ山爺も満更じゃないだろうからねぇ」
「どういう意味だ?」
「いんや? まっ、たまには孫を構いたくなるんでしょ」
「……今日のお前、いつもよりワケわかんねえぞ」

 冷ややかな視線と手厳しい言葉を向けられ、京楽は「えぇ〜! 今のひどいんじゃない!?」と、去って行く剣八の後を追った。





「……解せぬ」
「何がじゃ」
「なぜ私だけが、未だこの場へ留められている」

 不機嫌な様子を隠そうともせず、眉間に皺を寄せて白哉は元柳斎を睨んだ。

「決まっとる。説教じゃ」
「もうじゅうぶんお受けしたが」
「馬鹿者! 足りぬわ!」

 元柳斎の怒鳴り声に、む、と顔をしかめる白哉。やはり自分だけ叱られることが納得いかないらしい。

「それに、おぬしらは十刃をそっちのけにして味方同士で争っていたそうじゃな」
「……なぜ私だけに言う」

 ふいっ、と顔をそらしながら、白哉はボソリと呟く。その声は、歳にも負けずまだまだ機能している元柳斎の両耳にしっかりと届いた。

「更木に申したところで聞かんじゃろう。……いや、おぬしに申しても同じか」

 ――なら言うな。
 白哉は内心で毒づいた。

「おぬしは、昔から短気じゃからの」
「……」

 不意に過去の話を持ち出し、元柳斎は先程よりもずっと柔らかい声を出した。目尻を和らげて白哉を見る優しい表情は、自分の孫を見るただのお爺ちゃんのようだ。

「今の私は、昔とは違う」

 それは良い意味でも、悪い意味でも。
 無表情のはずの白哉がどこかつらそうに見え、元柳斎は自分の胸が痛むのを感じた。

「……そうかのう。おぬしは昔から変わらんように見えるぞ」
「そのようなこと……」

 白哉はそらしていた顔を元柳斎へ向けた。

「いや、変わっておらぬ。今も昔も、おぬしは手のかかる坊じゃ」

 元柳斎は少し離れた位置にいた白哉を、ちょいちょいとそばへ呼んだ。一瞬、白哉は足を踏み出すことに戸惑いを覚えたが、元柳斎の表情を見ると自然に足が前へ出た。
 手を伸ばせば届く距離まで近づくと、元柳斎の顔に少しばかり疲れた色が滲んでいることに気づく。後処理を始めとし、総隊長としての隊務がいろいろ大変なのだろうと、白哉はすぐに察した。

「総隊長も、私を子供扱いされるのか」
「儂から見れば、護廷の隊長などみな子供じゃ」
「……」
「おぬしや浮竹や春水は、ちと特別じゃがの」
「特別……」
「実の子のように思っておる」

 それは総隊長としてではなく、山本元柳斎重國の個人としての想いが込められていた。不服そうにしつつ、白哉も元来はお爺ちゃんっ子であるからか、満更ではなさそうだ。

「おお、すまん。おぬしは子というより孫じゃな」
「どちらでもいい」
「そう言うでない。銀嶺からおぬしの話を聞くうちに、儂もおぬしを孫のように思ってしまっての」

 昔を思い出して懐かしそうに話す元柳斎に、そういえば自分の祖父と仲がよかったことを思い出す。詳しく聞いたことはないが、いったいどのような話をされていたのだろうか、と白哉は二人が談笑する姿を思い浮かべた。

「何、安心せい。実力は認めておる」
「……」

 その口調は、やはり拗ねた子供を相手にするかのようで。
 ガタリ、と立ち上がった元柳斎は、残った右手を白哉の頭に優しく添えた。牽星箝の当たらない位置に置かれた掌は、そっとその黒髪を撫でる。

「……子供扱いも孫扱いも止めて頂きたい」
「それはできそうにないの」

 楽しそうに、元柳斎は否定した。白哉も言い返すだけ無駄だということに気づいたのか、口を開くことはない。その代わり、元柳斎の腕を労るようにゆっくりと降ろした。

「そろそろ戻っても?」
「……ふむ、そうじゃな」

 頷く元柳斎を見て、白哉はくるりと背を向けた。

「――白哉坊」

 扉を開こうとするのと同時に、決して好まぬ愛称で呼ばれる。無視するわけにもいかず、白哉は嫌々振り返った。

「たまには浮竹や春水と、ともに茶会へ参れ」
「……そのうち」

 白哉にしては珍しい好意的な返事を聞いて、元柳斎は頬を緩めるのだった。




──────────
Problem Child

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -