何もかもが偶然だった。朝から不調を感じていたことも、隊首会を終えて一番隊隊舎を出たところで頭痛に襲われたことも、急に目眩がして倒れそうになってしまったことも。そんな己の一番近くにいた者があの男だったことも、すべてだ。

「おいおい、何で倒れそうになってんだよ」
「……腕を、離せ……」
「バカかてめえ。今離しちまったら、どうせまたぶっ倒れんだろうが」
「もう平気だ……離せ」

 危うく倒れそうになっていた白哉を助けたのは、意外にもあの犬猿の仲である更木剣八であった。白哉の数歩後ろにいた剣八は、彼の体が傾いた瞬間、半ば反射でその白い腕を引いたのだ。おかげで白哉が倒れ込むことはなかったのだが、助けられた相手が相手なだけに、彼の機嫌は最悪だったりする。

「オラ、とっとと卯ノ花ンとこ行くぞ」
「一人で行ける……」
「ンなフラフラな体で行けるか。連れてってやるって言ってんだ」
「兄の手など、借りぬ……離せ」

 固くなに譲ろうとしない白哉に苛立ち、剣八は強行手段に出ることに決めた。
 チッ、と舌打ちを鳴らすと、自分と比べてずっと華奢なその体を軽々と背負い込む。これには白哉も目を丸くした。

「っ……降ろせ……!」
「うるせえ。耳元で喋んな」
「貴様っ……」
「にしても、軽ィな。ホントにお貴族様かよ。飯食ってんのか」
「余計な、お世話だ……」

 剣八の背の上で抵抗していた白哉もさすがに苦しくなってきたのか、少しすると大人しく体を預けるようになった。頭痛は先程よりもひどくなっている。体が熱いので、どうやら熱もあるようだ。
 周りに他の隊士たちが見当たらないことが、白哉にとって唯一の救いだった。

「なぜ……」
「あ?」
「なぜ、私を助けた……」
「……ケッ、くだらねえこと訊いてんじゃねえ。決まってんだろうが」

 前を向いたまま、剣八は大きく口角を上げる。

「てめえにぶっ倒れられちゃあ、斬り合いができねえだろ」

 その答えに、何とも此奴らしい、と白哉は思った。しかし、それが建て前であるということに気づけぬほど、白哉は他人に鈍くない。この男はこの男なりに、自分を助けたのだ。

「だいたい、てめえに弱ってる姿なんざ似合わねえ」
「……」
「見てて気分悪ィ」
「意味が、わからぬ……」
「そんなヒョロイ体と女みてえな顔してっから、余計に弱く見えんだよ」
「……体調が回復したら、覚えていろ……」

 屈辱的な言葉の数々に、白哉は顔を歪めた。今の状態では何もやり返すことができないため、白哉の機嫌はますます悪くなる一方だ。

「悪ィな、気にしてたか?」
「気にする、必要がない……」
「嘘つけ。すげえ気にしてんだろ」
「しておらぬ……」
「してんだろ……って、おい。お前、さっきより体熱いぞ」
「そう、か……」
「そうか、じゃねえよ。キツイんだろ。寝とけ」

 確かに体はさらに熱くなり、意識も朦朧としてきた。
 普段ならば憎まれ口を返すところなのだが、さすがの白哉もつらいらしく、素直にこてん、と剣八の肩に頭を置く。そしてそのまま、本当に寝てしまったようだ。

「……まさかコイツが俺の背中で寝るたァな」

 そんなにキツイのかよ、と無防備な白哉を珍しく思いながら、剣八は足を速めた。

(温かい……)

 眠りながら、白哉はその背に何か懐かしいものを感じていた。
 温かくて、大きくて、安心する、懐かしい感覚。そうだ、これは――

「……う、え」
「あ? もう起きたのか?」
「……父、上……」
「!」

 剣八は、思わず肩に置かれている白哉の頭を凝視する。
 あの朽木白哉の口から出た言葉だとは信じられなかった。だが、聞き間違いなどではない。確かに聞いたのだ。朽木白哉の口から「父上」という言葉を。

「チッ……てめえのガラじゃねえだろうが」

 どんな夢を見ているのかはわからないが、これ以上白哉の弱った姿を見るのは腹が立つ。この自分と互角の腕を持ちながら、その儚く弱った姿が腹立たしい。今にも消えてしまいそうで、無性に苛つくのだ。

「っとに、気分悪ィ」

 強いなら強い姿だけを見せていればいい。弱った姿などに興味はないのだ。

「さっさと治して、いつもの澄ました顔を見せろってんだ」

 じゃねえと、今のてめえなんか斬れるかよ。斬ったって、つまんねえ。
 乱暴に白哉を背負い直し、剣八はもう一度舌打ちを鳴らした。

「馬鹿野郎が」

 白哉は剣八の背に揺られながら、昔の夢を見る。今と同じように、父の背に揺られている頃の夢を。たった一人の、優しかった父との思い出を。




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正反対の背

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