「何で六番隊って長髪ばっかりなわけ?」

 何でもなさそうに、十番隊副隊長はそう問うた。

「は? あの、何言ってるんですか」
「だから、何で六番隊は長髪ばっかりなのかって訊いてんの」
「いや、別にばっかりじゃねえし。俺と隊長だけ見て言ってるでしょ、乱菊さん」
「で、何でよ」

 軽く恋次の発言をスルーして、乱菊は来客用にと用意されていた茶菓子の包みを剥がしながら続けた。
 六番隊の茶菓子はどの隊と比べても段違いにおいしいのだから、こうして手が伸びてしまうのも仕方がないと彼女は思っている。

「別に理由なんてねえっスけど……上げてりゃあ邪魔にもなんねえし」
「別にアンタはそれでいいわよ。でも朽木隊長はどう?」
「隊長っスか? まぁ……確かに朽木隊長は俺みたいに髪上げてねえけど、邪魔そうにしてないんでいいんじゃないっスかね」
「そうじゃなくて! 何で朽木隊長は髪伸ばしてんのよ」
「いや……別に伸ばしちゃいねえと思いますけど」
「でも長髪じゃない」
「ンなこと俺に言われたって……」

 そもそも乱菊がなぜこんなにも長髪であることに理由を求めているのか、恋次は不思議で仕方なかった。おそらくただの気まぐれだろうが。

「別にどうでもよくないっスか?」
「だって気になるじゃない。アンタは絶対にないけど、朽木隊長の容姿だと女性に見間違えられたり……」
「あーッ!!」

 恋次の絶叫が六番隊執務室に木霊する。突然台詞を遮られて、乱菊は少し不服そうだった。

「何よ、いきなり」
「いやいや! アンタがいきなりすぎんだよ! 朽木隊長がどっかで聞いてたらどうすんスか!」
「えー、何か問題あんの?」
「大アリだっつーの! 隊長にそういう類の言葉、絶対に言わないでくださいよ」
「女顔とか?」
「そう! 隊長、すっげー機嫌悪くなりますから!」
「もしかして……気にしてるの? 朽木隊長」
「結構」

 冗談混じりに問うた乱菊は、帰ってきた言葉にポカンとした表情を浮かべると、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。

「ぷっ、あははははは! 何それ可愛いーっ!」
「ちょっ、乱菊さん……」
「だ、だってあの朽木隊長が……! まさか女顔なの気にしてるなんて思わないでしょ!」
「アンタんとこの隊長がチビなの気にしてるのと同じっスよ」
「全然違うわよぅ! だって、あははははッ!」
「マジ勘弁してください……」

 いつ白哉が戻って来るか、恋次は気が気ではなかった。乱菊は爆笑しているが、本当に笑い事では済まないのだから。
 そこで話題を変えようと思い立ち、恋次は当初の長髪云々の話へと切り替えた。

「で、長髪の理由が気になったそれ意外の理由は?」
「はははっ……んー、そうねえ」

 目に溜まった涙を人差し指で拭いながら、乱菊はからからと笑って頷いた。

「それだけかしら」
「はぁ!? それじゃあアンタ、朽木隊長が長髪だから女に見間違えられねえか気になっただけかよ!」
「あー……そうかも?」

 恋次はガックリと肩を落とした。

「もう帰ってください……」
「何でよ。もう少しいいでしょ」
「俺の心臓が持たないんで」

 そう訴えてはみるものの、四つ目の茶菓子に手を伸ばす乱菊を見て、まだまだ帰りそうにないことを悟る。白哉がいなくて本当に助かった。

「乱菊さん、隊長が戻って来るまでには帰ってくださいよ」
「ふぁいふぁーい」

 茶菓子を口に含んだまま、乱菊が手をひらひら揺らして返事をする。その様子に深くため息をつく恋次であったが、突如背後から聞こえた「私がいては不都合か」という言葉に、びくうっと肩を揺らした。
 タラリ、と冷や汗が背筋を流れ落ちる。

「く、朽木隊長……!」
「お邪魔してまーす、朽木隊長」

 声を裏返させる恋次とは裏腹に、乱菊は陽気に言ってみせた。白哉は黙って、順に二人へ視線を動かす。

「なぜ松本がここにいる」
「あたし、休憩中なんですよぅ」
「自隊で休め」
「えー! だって六番隊に用意されてる茶菓子、すっごくおいしいんですもん」
「ならば茶菓子を持って帰れ」

 白哉は乱菊を追い出したかった。彼女がいては、仕事の邪魔をされることは目に見えている。
 目を輝かせ、「いいんですか!?」と、乱菊は茶菓子と白哉を交互に見やった。

「構わぬ。それを持ってとっとと出て行け」
「やった! ありがとうございます、朽木隊長」

 それほどこの茶菓子が好きなのかと、恋次に用意させた空き箱へそれらを詰めていく乱菊の様子を、白哉は呆れながら眺めていた。大して値の張るものでもなかろうに、と彼は思うが、この茶菓子は一つでも0が3つもつく代物であることを忘れてはいけない。

「あ、そういえば朽木隊長」
「……何だ」
「朽木隊長は何で髪を伸ばしてるんですか?」
「ちょ、乱菊さんんんんん!?」

 本人に何訊いてんのー!? と、恋次は半ばパニック状態に陥り、口を大きく開いたままフリーズした。白哉は訝しげに眉を顰める。

「伸ばしているわけではないが」
「だって長いじゃないですか」
「強いて言えば、牽星箝が着用しやすいからか」
「それだけですかぁ?」
「他に理由が必要か」
「そりゃまあ……髪長いと朽木隊長だって不都合でしょう」
「どのように不都合なのだ」
「そんなの、朽木隊長が女……」
「あーッ!!」

 再び六番隊執務室に恋次の絶叫が響き渡る。白哉は不快そうに「何だ」と、恋次を睨みつけた。

「あ、スンマセン……ってか、乱菊さん!」

 本人にしか聞こえない程度の声音で名を呼び、ジロリ、と恋次は恨めしそうに乱菊へと視線をやる。本人は肩を竦めるだけで、反省の色はまったく見えなかった。

「松本、何か言いかけていなかったか」
「え? あ、別に何でもないです」

 恋次の刺すような視線を感じて、乱菊は少し不満そうに答えた。

「でも、それじゃあ朽木隊長、牽星箝をつけないんなら髪は伸ばしてなかったんですか?」
「……そういうわけでもないが」
「ほら! やっぱり他に理由があるんでしょ!」
「……」
「教えてくださいよぅ」
「大した理由はない」
「大した理由じゃなくても全然いいです」
「……」

 どうして乱菊がここまで食いついてくるのかわからなかったが、答えなければしつこく理由を問われるのだろうと、白哉は渋々口を割った。

「……過去に褒められたことがある」
「褒められた?」
「何て言われたんスか?」

 とうとう恋次まで食いついてきた。先程の焦りようはどこへいったのだろう。

「綺麗な黒髪だから、長い方がいい、と」
「誰に?」
「それは貴様らに関係ない」
「えーっ! 教えてくださいよー!」
「俺も気になるんですけど!」
「黙れ、理由は教えた」

 ふん、と顔をそらし、白哉は己の椅子に腰を下ろした。筆を持ち、流れるような動きでさっさと書類を書き上げ始める。

「松本、茶菓子は持ったのであろう。早く戻れ」
「じゃあ誰に褒められたのか教えてくださいよ」
「教えぬ」
「わかった! 朽木でしょ!」
「……」
「え、マジでルキアっスか!?」
「……ルキアではない」
「じゃあ他の“朽木”なんですね。否定しなかったし」
「ちょ、他の朽木って何ですか?」
「……恋次、私は休憩にするなどと一言も申しておらぬが」
「げっ……す、すぐに取りかかります!」
「松本、先程日番谷が兄を探していたぞ」
「え!? そういうことは先に言ってくださいよ!」

 急にあたふたと慌て出した二人を横目に、白哉は優雅な手つきで筆を走らせながら思う。

 ――誰が言うものか。

 自分の髪を優しく撫でてくれた大きな掌と、そっと柔らかく触れてきた小さな掌。たったそれだけの理由だとしても、父と妻が好いてくれたのならそれでじゅうぶんだ。
 真っ黒な筆先を見つめながら、白哉はそっと目を細めた。




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理由なんてなくていい

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