今、私の腕にはいっぱいの桔梗の花。先程十番隊を訪れた際に、乱菊さんから頂いたものだった。話によれば乱菊さんが頂いたものだったけれど、桔梗と一緒に送られてきた恋文の内容が気持ち悪くて、桔梗も飾る気にはなれなかったらしい。
 押しつけがましいんだけど、と苦笑する乱菊さんに、私は笑顔で首を左右に振り、花を受け取った。

「綺麗だなぁ。どこに飾ろうかな」

 桔梗の甘い香りが鼻をくすぐり、私はとても上機嫌。花はどれも大好きだから。
 けれど、少し注意力が散漫になっていたらしく、もう少しで五番隊隊舎というところで足を引っかけてしまった。

「わっ……!」

 花が……!
 そう思って、私はとっさに体をひねり、床へ背を向けた。私が痛い思いをするのは構わないけれど、花が潰れてしまうのは絶対に嫌だった。せっかく乱菊さんからもらった、綺麗な綺麗な桔梗の花だもん。
 私は強く背中を打ちつけ、小さく呻いた。

「うっ……」

 よかった、そのおかげで花は無事みたい。私はほっ、と安堵の息を漏らした。

「よかったぁ」

 ゆっくりと上体を起こし、変わらずに甘い香りを漂わせている花に微笑みかける。本当によかった。

「ふふ」
「雛森副隊長?」
「ひゃあ!」

 突然名を呼ばれて、私は大きく肩を揺らした。慌てて振り返れば、そこに立っていたのは朽木隊長。

「あ……お、お疲れ様です!」

 すぐさま私は立ち上がり、表情を変えずに佇んでいる朽木隊長に頭を下げた。いっつも思うことだけど、どうして隊長さんたちって気配を消して近づくのかな。あんまり心臓によくないんだけどなぁ、と少し恨めしく思う。
 もちろん、それに気づくことのできない私がいけないんだけど。

「何をしている」
「え、えっと……」

 一人で転びそうになって花を守るために背中を強打しました、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
 そうして私が返答に困っていると、朽木隊長が私の腕の中へと視線を移した。

「桔梗……」
「あ、ご存知なんですね。さっき十番隊で頂いたんです」

 少し見ただけで桔梗だと気づいた朽木隊長が意外で、ちょっとだけビックリする。でも朽木隊長なら花に詳しくてもおかしくない。男性だけれど、花が似合う人ってこういう人を言うのかなぁ、なんてぼんやりと思った。

「……花が潰れずに済んで何よりだ」
「ええ!?」

 な、何でわかっちゃったんだろう。隊長さんって、皆こんなふうに察しがいいのかな。
 だけど、やっぱり他の人に知られると恥ずかしく、私は熱くなった顔を桔梗の花で隠した。

「す、すみません……。お見苦しいところをお見せしました」
「構わぬ」

 そっと桔梗の花から顔を覗かせれば、朽木隊長は目を細めて私を見ていた。……ううん、違う。私というよりは、私の腕の中の桔梗を見ているみたい。その眼差しが普段より柔らかく見えるのは、きっと気のせいじゃない。

「あの、朽木隊長も桔梗、お好きなんですか?」
「……嫌いではない」

 これはきっと、好きってことなんだろうな。その素直じゃない言い方に、私は小さく笑ってしまった。

「朽木隊長もお花にお詳しいんですね」
「詳しいかどうかはわからぬが……」

 そう言って、朽木隊長は一度言葉を切り、私の腕の中の桔梗を人差し指で優しく撫でた。

「美しいとは思う」

 まるで触れてはいけないものに触れるかのように、その白く細長い指が動く。綺麗だと、そう感じた。

「朽木隊長、これ、半分こしませんか?」

 つい私の口から出てしまった言葉に、朽木隊長は少しだけ目を丸くする。初めて見る朽木隊長のその表情が可愛く見えてしまったことは、私の胸の内だけにしまっておこう。

「こんなにたくさんありますし、ね!」
「いや、私は……」

 渋る朽木隊長に、私は無理矢理半分の桔梗を手渡す。まさか自分でも、あの朽木隊長にこんな強引な真似ができるとは思いもしなかった。

「どうぞ」
「……頂こう」

 にっこりと笑った私の顔を見て、朽木隊長は呟いた。無理矢理でも、なぜか受け取ってもらえたことが嬉しかった。
 朽木隊長は自分の手の中にある桔梗を見つめた後、私へ顔を向ける。

「枯らさぬように気をつける」
「はい! 私も頑張りますね」

 今日、初めてこんなに穏やかに朽木隊長とお話をして、わかったことがたくさんある。
 実は思っていたより優しい人で、花を愛でる綺麗な心を持っていて、素直じゃない部分があって。どれもこれも、私が初めて見る本当の朽木隊長。
そう思うと嬉しくなった。
 隊が隣同士だから、また話す機会もあるよね。あ、それから――やっぱり朽木隊長には花がお似合いだなぁ。




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