――冷たい。
 
 千本桜はそう思った。白哉の心の内からは、いつでもその冷たさが消えることはない。薄れることや稀に暖かくなることはあるが、それでも消え去ることはなかった。
 いつからだろう、と千本桜は白哉の精神世界に存在する、千本の桜木による桜並木を歩きながら目を閉じた。今思えば、この世界は己が初めてここへ姿を見せたときから冷たかったように思う。それでも桜は咲き誇っているのだから不思議なものだ、と千本桜は苦笑した。

「……主」

 この冷たさには波がある。
 四楓院夜一や浦原喜助が尸魂界を永久追放されたと白哉が聞かされたとき、この世界は冷たさを増した。白哉の実の父である朽木蒼純が亡くなったときには、この世界が凍ってしまうのではないかと思ったほどだ。
 死神になったときも当主の座を継いだときも、世界は冷たくなる一方だった。以前よりも朽木という名に縛られた白哉の世界には、暖かさがほとんど感じられなくなっていた。
 ――しかし、世界は変わったのだ。五十年前のあの日に。
 それ以来、この世界から徐々に冷たさが消え去りつつあった。それは白哉の亡妻である朽木緋真の存在があったからこそ。
 少しずつ、この世界に暖かさが宿りつつあった。千本桜も、これで主の世界は暖かい世界になると、二人を柔らかく見守っていた。
 だがその幸せな日々は、たった五年という歳月で幕を閉じた。
 それからはまた、冷たい世界に戻ってしまった。
 緋真の妹であるルキアを見つけ義妹として養子に迎え入れた頃には、わずかではあるが冷たさが和らいでいた気がする。つい最近、そのルキアと和解してからはまたぐんと冷たさが柔らいだと思う。
 けれど、やはり完全には冷たさが消え去ることも、世界が暖かくなることもない。それが千本桜には哀しかった。
 この世界の冷たさは、白哉の心の闇であるように思える。そしてその心の闇は、決して消え去ることがない。

「なぜ、主なのだろうな……」

 白哉が根は素直であることを、千本桜は知っている。本当は、誰よりも感情豊かで優しい死神なのだ。
 どうしてそんな主が、これほどまでに深い傷や心の闇を負わなければならないのだろうか。
 どうしてそんな主が、朽木などという名を背負わなければならないのだろうか。
 どうして主ばかりが、心を殺して生きなければならないのだろうか。

「世界は、不公平だな」

 足を止めて、青い空を見上げる。その青が目に染み入るようで、千本桜は不意に泣きそうになった。




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冷たい世界

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