「……何だ、これは」

 ここは六番隊隊首室。
 六番隊隊長の私室でもあるその部屋の机には、見たことのない可愛らしい花柄の弁当箱が置いてあった。

「……」

 白哉は無言でそれを掴み、ごみ箱へと落とそうとする。
 四大貴族の当主という立場上、こういう類のものには毒が入っている場合が多い。しかし――

「ダメだよ、びゃっくん!」

 突如、窓から侵入してきた桃色の髪の少女により阻まれてしまった。

「何用だ、草鹿」
「ちゃんとびゃっくんが食べてるか見に来たんだよ!」

 言葉の意味がわからない。
 白哉は訝しげにやちるを見下ろし、「何をだ」と、面倒そうに尋ねた。

「お弁当!」
「まさか、これのことか?」
「うん、それだよ! まだ食べてないんだね」

 目をキラキラと輝かせ、白哉を見上げるやちる。白哉には理解できないことばかりだった。

「この弁当は兄が作ったのか?」
「うん!」
「私に?」
「そうだよ!」
「なぜ?」

 この弁当をやちるが作ったことにも驚いたが、それよりもどうして自分になのかがわからなかった。十一番隊の面々にならともかく、だ。

「だって……ルッキー、悲しそうだったんだもん」

 きゃっきゃきゃっきゃと騒いでいたかと思えば、次はしょんぼりとした空気を漂わせ始めたやちるを見て、白哉はますます状況が掴めなくなった。やちるの言う“ルッキー”が誰なのかもわからない。

「“ルッキー”とは、誰のことだ」
「何言ってるの、びゃっくん! びゃっくんの妹でしょ、ルッキーは!」
(……ルキアのことか)

 白哉はひとつ頷いた。しかしなぜ、ルキアが出てくるのだろうか。

「悲しそう、とは」
「昨日ね、びゃっくんがいないときにお屋敷に遊びに行ったの」

 この時点で、白哉は先を訊くのが嫌になった。

「そのときにたまたまルッキーと会ったんだよ。それから少しの間ね、お菓子を食べながらお話をしてたの」

 心の内で、白哉はルキアに礼を言った。無駄に屋敷内を徘徊されずに済んだようだと、少し空気に合わないことを思った。

「でね、話の中でびゃっくんが最近すっごく大変そうだって、ルッキーが言ったの」
「ルキアが?」

 思考がこちらに戻り、白哉は眉間へ皺を寄せる。
 確かに最近、四大貴族をふくむ上流貴族の間で少しややこしい問題が起きたために、白哉は慌ただしく動いていた。だが、まさかルキアに心配をかけていたとは思わなかった。

(いらぬ心配をかけてしまったか……)

 その類の話はあまりルキアの耳には入れたくなかったが、どうやら届いていたらしい。少々申し訳なく思うと同時に、今日にでも安心させてやらねばと白哉は考えを巡らせる。

「ルッキー、言ってたよ。びゃっくん、最近あんまりご飯食べてないって。お昼もきっと食べてないから体壊さないか心配だ、って」
「ルキアが……」
「だからね、あたしがお弁当作ってびゃっくんに食べさせたげるって言ったんだよ!」

 やちるは再び笑みを見せ、白哉から弁当箱を引ったくった。ぱかりと蓋を開けば、中に入っている不格好な卵焼きが一番に目に入る。

「ね! びゃっくん、食べて!」

 ご丁寧に箸まで用意され、机に座らされた。白哉の膝に、やちるがぴょこんと飛び乗る。

「あたしもね、びゃっくんが心配だよ。ご飯食べないと体によくないもん」
「草鹿……」
「あたし、剣ちゃんのこと大好きだけど、びゃっくんのことも大好きだよ!」

 にこにこと告げられた言葉に、白哉はほんの少し目元を緩めた。
 ルキアもやちるも、白哉のことが心配でたまらない。ただでさえ、白哉は男の割に華奢な体格をしている。食事くらいはしっかりとってもらわねば困るのだ。

「だが、まだ昼餉の時間には早いぞ」
「えー! あたし、いつもこれくらいの時間に食べるよ?」
「それでは朝餉ではないか」
「そうかなぁ? でも、びゃっくんは朝ご飯も食べてないんでしょ?」
「……」

 図星を指され、白哉は口を噤んだ。そんな白哉をよそに、やちるは箸で卵焼きを掴み、危なっかしい手つきで白哉の口元へと運ぶ。

「びゃっくん、あーん!」
「……」
「ほら、口開けて!」
「……自分で食す」

 やちるから箸を受け取り、白哉は吐息をついた。「ノリが悪いよ、びゃっくん!」と、やちるは「あーん」ができなかったことが不満らしいが、食べてもらえるとわかったからか、それ以上は何も言わなかった。
 白哉は素直に、二人の気遣いを嬉しく思っていた。だが、本当に食べても平気だろうか。何と言っても、この弁当を作ったのはやちるなのだ。果たして無事でいられるかどうか。

「びゃっくん、早く!」

 やちるに急かされ、白哉は仕方なく覚悟を決めた。ゆっくりと卵焼きを口に運ぶ。

「!」
「どう、びゃっくん?」
「……うまい」

 予想外の味に、白哉は目を丸くした。最悪の場合も想定していたが、予想に反して卵焼きは出しの味がよく染み、白哉の口にも合った。

「よかったぁ! じゃんじゃん食べてね!」
「いや、せっかくだ。昼まで取っておこう」

 箸を置き、白哉は弁当箱の蓋を閉める。

「これは兄が一人で作ったのか?」
「ううん、ルッキーも手伝ってくれたよ。あたしが一人で作るって言ったら、少しだけだから、って」

 なるほど、そういうことか。
 今日はルキアに感謝してばかりだと、白哉は薄く笑みを浮かべた。おそらく、さりげなくルキアが指示でも出していたのだろう。

「礼を言う、草鹿」
「うんッ!」

 屋敷に帰ったら、ルキアにも礼を言わなければ。そして久方ぶりに、ともに夕餉でもとろう。
 今日ぐらいは草鹿を呼んでやってもいいか、と白哉は花柄の弁当箱を机にしまった。




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桃色のお弁当

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