「ケッ! にしても、死神ってのもたいしたことねーよなァ!」

 実体化した斬魄刀たちが集まるアジト。そこで各々が思いを巡らせる中、風死が一人嘲笑った。

「死神ごときに屈服してたってんだから、笑えちまうぜ!」
「確かに、僕らの方が彼らよりも強いよね」
「私たちがいなくちゃ何にもできないのよねぇ」

 瑠璃色孔雀と灰猫が風死に同意し、嘲笑する。おそらく頭の中に浮かんでいるのは、自分たちの主の姿だろう。二人は笑みを深くした。

「それは貴様らの主が、その程度の死神だからではないのか」

 凛とした声がアジトに響き渡り、その言葉に何体かの斬魄刀は目を丸くした。
 言葉を発した氷輪丸は、なおも続ける。

「我が主は、仮にも我を屈服させた死神。きっと我が認めるほどの死神だったのだろう」

 記憶のない現在ではわからないことだが、氷輪丸は自らの主を思ってそっと瞼を伏せた。
 灰猫は不服そうに口を噤んだが、風死と瑠璃色孔雀は彼女のように黙ってはいない。

「ハッ、言ってくれるじゃねえか! 死神なんてどいつも一緒だろうが!」
「愚かなことに違いはないね」

 口を閉じたまま、氷輪丸はゆっくりと目を開いた。二人の刺すような視線にも噫することなく、まっすぐに見返す。
 一瞬の静寂の後、それを破ったのは風死でも瑠璃色孔雀でも、ましてや氷輪丸でもなかった。

「聞き捨てならんな」

 袖白雪とともに少し離れた位置で佇んでいた千本桜が口を開いた。全員が一斉に視線を向ける。

「どの死神も同じ、か。それでは俺の主とお前たちの主も、同格ということになる」
「あァ? そう言ってんだよ」
「面白いことを言う。俺とお前の主が同格だと? 笑わせるな」
「……ンだと?」
「それに主の格が同じなら、俺とお前も同格ということになってしまう」
「てめえ……!」

 千本桜の不遜な物言いに、風死は刀を構える。だが、千本桜は刀に手をかけようともしない。その態度がさらに風死を煽った。

「もういっぺん言ってみやがれ!  ブッ殺してやらあ!」
「ふっ、何度でも言ってやる。俺とお前の主が同格などありえぬ。……いや、あの男はどの死神とも格が違う」

 あの男、が誰を指すかは言うまでもない。しかしこの言葉には風死だけでなく、他の斬魄刀も黙ってはいなかった。

「ちょっと、私の主だってとっても素敵な人ですよ!」

 シャラン、と鈴を鳴らし、飛梅が声を上げた。

「あんなに素敵な人、他にはいません!」
「へぇ。あんなのがいいんだ、アンタ」

 飛梅の主である少女を思い浮かべ、灰猫は口角を上げる。

「あんなガキんちょ、どこがいいんだか」
「あなたの主よりは何倍もマシだと思いますけど」

 今度は飛梅が笑う番だった。だが灰猫も、「はい、そうですね」などと認める玉ではない。

「何ですって!」
「本当のことでしょう!」

 バチバチと二人の間に火花が散る。それを他の斬魄刀たちは、「ああ、また始まった」と、どこか遠い目で見つめていた。
 何やら話がズレてきている。

「ハッ、何だてめえら! 結局は自分の持ち主に心酔してんじゃねえか!」

 氷輪丸、千本桜、飛梅を順に睨みつけ、風死は三人にガシャン、と刀を向けた。

「何の真似ですか!」

 刀を向けられようとも千本桜と氷輪丸は微動だにしなかったが、飛梅は風死を睨み返す。それを隣で面白そうに、灰猫は眺めていた。

「何が主だ! その腑抜けた根性、俺が叩き直してやるぜ!」
「ちょ、ちょっとアンタたち……」

 先程まで黙っていた斬魄刀たちも、さすがに焦りの色を滲ませ始めた。雀蜂が今にも斬り合いの始まりそうな雰囲気に冷や汗を流す。

「さあ、どいつからだ!? さっさと刀抜かねえと殺しちまうぜ!」

 楽しそうに笑みを浮かべて刀を構える姿は、どこか十一番隊の三席や隊長を思い起こさせる。風死の気質は十一番隊に近いのだろうか。
 やる気満々の風死に対し、千本桜や氷輪丸はまったく動こうとしなかった。それどころか、霊圧すら解放する気配を見せない。すでに霊圧を放っている風死は、そんな二人の態度が気に入らなかった。

「チッ……その澄かした態度、ムカつくんだよ!」
「くだらんな」

 先に口を開いたのは千本桜だった。面頬で素顔を隠しているため、その表情を読み取ることはできない。

「何だと……?」
「相手にする時間が惜しい」

 平淡な口調ではあるが、どこか嘲笑うような色がふくまれていた。それに気づけぬほど、風死は鈍くなかった。

「……ッの野郎! まずはてめえからだ!」

 風死は地を蹴り上げ、一直線に千本桜へと斬りかかる。なおも刀を構えない千本桜に風死は叫んだ。

「余裕ぶっこいてられんのも今のうちだぜ!」

 二人の距離が一気に縮まり、風死は頭の上から大きく刀を振り下ろす。
 ――が、次の瞬間、風死は大きく目を見開いた。

「なっ……!」

 刀は空を斬り、地へと突き刺さっていた。眼前にいたはずの千本桜の姿はなく、首筋にひやりとした感触。それが刀だと気づくのに、わずかな時間を要した。

「これが格の違いだ」

 風死の背後に回っていた千本桜はすっと刀を引き、鞘に納めた。
 一瞬、このアジト内を襲った霊圧とは違う威圧感。
 風死だけでなく、他の斬魄刀たちも目を見開き息を呑んだ。冷や汗が背中を伝う。ずっと表情を崩さなかった氷輪丸でさえ、目を丸くしていた。

「て、めェ……」

 背後を振り返り、風死が悔しそうに奥歯を噛みしめる。今ので実力差を悟ったのだろう。
 もう一度刀を向けるような真似はしなかった。

「覚えとけっ!」

 千本桜と風死の視線が一瞬交わる。その面頬の奥で光る鋭い眼光に、風死は呑まれるような気がした。
 はっと我に返ったときには、すでに千本桜は背を向けて歩き出していた。
その後を袖白雪が続く。

「ちくしょうが……ッ!」

 千本桜の後ろ姿を、鬼のような形相で風死は睨み続ける。他の斬魄刀たちは、ふっと息を吐いた。

「命拾いしたね」

 瑠璃色孔雀が顎に伝う汗を拭いながら言う。風死は答えなかった。それは本人も痛いほどわかっているのだろう。
 本気になった千本桜とやり合えば、勝ち目はない。それは風死に限らず、ここにいる斬魄刀すべてに言えることだった。普段の傲岸不遜な態度に見合う力を、千本桜は持ち合わせていたのだ。それが一番、千本桜が主と似通った部分なのかもしれない。





 アジトを抜け、一人風に当たっていた千本桜は頭を冷やしていた。

(……やってしまった)

 小さくため息をつき、つい風死たちに突っかかってしまったことを悔いる。

(あの場に村正がいなかったからよかったものの……)

 今、斬魄刀の中で洗脳が解けているのは己だけなのだ。むやみやたらに主を庇うような真似をして怪しまれては、せっかくの計画が台なしになってしまう。それだけは、避けなければならない。

(だが、あれは……)

 千本桜は風死たちの言葉を思い出し、拳を握った。
 己の主を侮辱する者は、誰であろうと許さない。
 あの場で黙っていられるほど、千本桜の気は長くなかった。氷輪丸と飛梅までもが主を庇い立てしたことが唯一の救いだ。あれだと、自分一人が怪しまれることはないだろう。言葉もある程度は気をつけた。主を想って庇ったようには見えなかった……と、思う。
 そうして一人風に当たっていると、背後からよく知る霊圧を感じた。

「千本桜殿」
「袖白雪か」

 ゆるりと振り返る。袖白雪はゆっくりと千本桜の側へと歩み寄った。

「今日は冷えますね」
「お前がそばにいるときは大抵冷える」
「あら、それは失礼」

 そう言いつつも、袖白雪が千本桜から離れる気配はない。千本桜も特に気にする様子はなかった。

「……ずいぶんあの男を、朽木白哉を高く評価しているのですね」
「当然だ。あの男はこの俺を屈服させた死神。実力は認めている」

 主に対しても傲岸不遜な態度を貫き、千本桜は洗脳されたままを装う。ただ、袖白雪まで騙すことには少し胸が痛んだ。

「では、なぜここにいるのです?」
「……」
「なぜ、彼の手元から離れてきたのです?」
「……」

 その問いに、千本桜は答えなかった。袖白雪もそれ以上は問わなかった。

「……やはり冷えるな」

 しばらくの沈黙の後、千本桜が小さく呟いた。今度は袖白雪も千本桜のそばから離れようとする。

「……失礼します」
「構わない。ここにいろ」

 思ってもみなかった言葉に、袖白雪は千本桜を見上げた。やはり面頬のせいで、その表情は読み取れない。
 そう思っていると、千本桜はすっと面頬に手をかけた。ゆっくりと外される。

「千本桜殿……」

 面頬の下から露になる端正な顔立ち。久方ぶりに見た千本桜の素顔に、袖白雪はほんのわずかに顔を赤らめた。
 本の一握り、彼が認めた者の前だけでさらす、面頬の下の素顔。袖白雪が千本桜の素顔を見るのは、これが初めてではなかった。

「今は、この冷たい風が心地いい」

 思っていたよりも柔らかい声色でそう言われる。すっと袖白雪を見下ろした千本桜の表情も、存外優しいものだった。

「もう少し、ここにいても?」
「構わない」

 もうすぐ死神との全面対決が始まるだろう。そして己の主は、裏切り者の汚名を着てでも響河を倒すために動き出す。
 それまで少しの間、二人は冷たい風に身を任せていた。




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